爆発、そして停電が起こり、青山霊園に出現した悪魔を皮切りに
世界は一変した。
「何だ・・・これ・・・」
茫然とする、訳もわからず渡されたCOMPから悪魔が出てきて
気付いたら悪魔の跋扈する世界に成って仕舞った。
今まで物ひとつ寄越したことが無い直哉が寄越した
たったひとつのものは悪魔召喚プログラムだった。
直哉が作ったというそれはこの封鎖内の至るところにばら撒かれ
悪魔と人の生存競争が始まった。
「何なんだよ・・・一体・・・」
不死身の悪魔が現れて、唯一倒せるヤドリギを手に倒した。
皆、余命を変えようと必死だった。
生きる為に、必死に余命を変えて、
命ですら機械に表示される異常な世界の中で
放っておいて欲しいのに、もうそっとしておいて欲しいのに、
誰かが云った。

「ほら、世界が君を放っておかない」




「雪風」
名を呼ばれて、は、とする。
「大丈夫?」
柚子だ。
「噫、云、ちょっとぼーっとしてた」
水を差し出される。
補給してきたらしい。
「食糧もちょっと手に入ったよ」
「そっか」
公園に泊まってはいたが、日中に封鎖内の組の拠点に
立ち寄って残された食糧を漁ったりもしていた。
組の人間は見つからない、皆封鎖の外なのだろうか、
鍵をこじ開けられた様子も無いところから無人のようだった。
けれども誰もいないところも危ないということで要るものを取ったら
公園で寝るようにしている。
考えないように、なるだけ考えないようにしているのに
考えて仕舞う、誰もいない事務所、書類の一切も無い、
直哉はこのところ何か大きな仕事をしているようだった、
恐らく翔門会の仕事は組絡みなのだろう。
直哉が何のためにCOMPを造り、訳のわからないメールを送って
寄越したのか未だに雪風にはわからなかった。
或いは直哉は雪風を憎んでいたのかもしれない。
長男の跡取りの座を奪った直哉、表向きは兄のように振舞っても本当は
雪風が疎ましかったのかもしれない、
そうだ、そうだといい、
それなら今この状況にも納得がいく。
こうなることがわかっていて、直哉がCOMPを寄越した。
生き残って欲しいのか?そんなわけない、メールに書いてあることは嘘だ。
生き残って欲しかったら自分なら封鎖の外に留めておく、
どんな理由をつけても封鎖内に呼んだりしない。
なのにわざわざ呼び出して、COMPを寄越して、
直哉はつまり死ねと云っているのだ、COMPを寄越して、
死のゲームをさせてそして恐慌状態に陥って自分が死ぬのを待ってる。
そう思えれば楽だった。

自分が直哉を嫌いだったように、
直哉も自分を憎んでいたのだと思えばこの状況も受け入れられたのだ。
なら、簡単だ。
全部壊れればいい、壊れて無くなって仕舞えばいい、
元々そんなに好きじゃなかった、好きなものは此処に居る少しの友達だけ、
だから終わるなら終わればいい、それでいい。
「ハルさんどうしてるかなぁ」
「あ、噫、柚子の好きなバンドの・・・」
「云、大丈夫だといいんだけれど」
他愛の無い会話で誤魔化して、本当は立っているのもやっとだった。
皆平気な振りをして、自分を誤魔化して必死だった。
恐怖と戦った。このまま悪魔に食われてしまうんじゃないか、
人助けをしても暴徒に襲われるんじゃないか、
その時人を殺さずにいられるのか、誰も傷つけずにいられるのか、
圭介の云うことも最もだった。
でもそれを正しいと思いながらも、その正義も恐ろしかった。
極限の選択、生か死か、終わればいいと思うのに、死んでもいいと思うのに、
その方が楽だって皆、何処かで思ってるのに、
必死だった。
生きたいと望むのは本能だ。
誰だって死ぬのは怖い、生きていたい。
だから皆必死で余命を変えて、なんとか生き残って此処まで来た。
暴動も起こった、食料の略奪も、もう遠い景色では無い。
誰が信じられて、誰を疑えばいいのかさえもわからない。
皆必死だった。情報も分断されていて得られることは少ない、
人は追い詰められて初めて自分の守る少しだけのものに必死になる。
俺は全部を守るなんて云う人を信じない、守れるものは少ししかない、
自分の手で守れるものなんてたかが知れている。
でも少ししかないから皆必死になるのだ。
終わればいい、死んでもいいとそう思うのに、それでも柚子や篤郎を守りたかった。
大切なものだから失いたくない、失ったらもう二度と手に入らない。
「俺が守るよ」
守る、と云って不意に想った。
直哉は守るものがあるのだろうか?
失えないものが直哉にもあるのだろうか?

「進むしか無いんだ」

余命表示が最大であと三日しかない世界で、
あと三日後に世界が終ってもそれでもぎりぎりまで生きていたい、
抗いたい、だってそうだろう?直哉、
そうしないと、何故かひとりになる気がしたんだ、
他の誰でも無い、直哉が、
俺を憎んでいる筈の直哉が、
世界中で一人になる気がしたんだ。



世界中でひとり
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