合コンってなんだろう? 合コンって夢なんだろう? 合コンって大人の階段的なもの! そう、合コンである。 新入生歓迎会と称した集まりから尊にはコンパと称した飲み会の誘いが多くあった。 最初大和は渋い顔をしたものだが、尊が行くと云うと着いてくる。ほぼ小姑であったが、市井の生活に触れるのも悪くないとかなんとか適当な理由を付けて大和は必ず尊に着いてきた。その姿勢を崩すつもりは無いらしく、必然的に大和は尊とセットの扱いになっている。 故に尊に付いたあだ名は一年生にして『合コン王』であったが、実際は尊を呼ぶと必然的に大和が付いてくる。大和の王様っぷりは皆、承知であったが尊が居れば大和は必ず着いてくる。学内一の特別な存在、顔は云わずもがな一級品だ。等身でさえ打ちのめされる男が数多くいるあの『峰津院大和』がまさかの合コンの席に座るのである。好きな女の子に告白してみて「ごめんなさい私、峰津院君が好きなの」と云われて仕舞えば二の句も告げることが出来ず打ちのめされる奇跡の男・・・つまりだ。イコール合コンに大和が居ると女子の食いつきが良いという究極の図式が成立する男子陣の作戦であった。 ちなみに大和が他の支局への視察や大阪本局へ戻る時は何故だか合コンの誘いは上手く調整されていて無かった。仮にあったとしても何故だか大和に反対され、尊が頷くに至る。どうしても外せない場合は迫が同行した。ちなみに迫はその為、合コンのメンツからは『姐さん』と呼ばれている。未成年には絶対にお酒を許さない姐さんなのだ。既に尊のスケジュールが大和に管理されつつあったがそういった細かいことを気にしないのが尊であった。人生って楽しい。 最初こそ女子もその合コンに於いて戦場の如く大和の携帯をゲットしようと躍起になったものだが、頑なな大和の態度にそのうちもういるだけでいいの的な高嶺の花の存在に落ち着くに至る。中には大和狙いでない女子も居るのでそのお零れに預かれる男子としては異論は無い。なんといっても大和は男子から見れば完全に尊以外をシャットダウンしている男だ。これほど安全牌も無かった。故に尊は合コンに於いて非常に有り難がられる存在なのである。 だから尊が「俺、今月金無いんだよね」と云えば「払うから!」と他の男子陣に云われるほど尊は有用な人材であった。 大和は大和で合コンでは一切飲み食いをしない。確かに普段から食べるものは違うが尊が薦めたものだけは食した。けれども人前では絶対にそれをしない。ただ水を飲むだけだ。どんなに汚い店だろうと大和は尊の隣に座ったが、それだけははっきりしていた。手袋まできっちり嵌めているので潔癖症であるという噂まで流れる始末だ。尊はその噂の真偽を一度大和に確認したことがあったが別に潔癖なわけでは無いらしい。ただ単に霊的な力の調整からの習慣だと云われて仕舞えば頷くしかなかった。大和は尊の前ではよく手袋を外しているので尊はそんなものかと思ったものだが、実際は大和は少し潔癖症の気がある。尊や近しい者以外に肌を晒すことは無い。それは大和以外の人間は知ることの無い事実である。 尊はいつものように先輩に勧められるままに社会勉強として最初の一杯だけはビールを注文する。最近やっと喉で飲むというのがわかってきたところだ。 「かんぱーい!」 次々に乾杯!と皆が声を上げる。わいわいと皆が運ばれてくる料理や近況を話す中で沈黙を守るのは携帯で端末を操作する大和だけであった。 尊は乾杯だけ先輩に付き合わされ飲むこともあったが、どの先輩も大和にだけはお酒や食事を勧めることは無い。大和もそれには決して付き合わない。既に何度かの合コンで皆それを理解したのか大和のそれは黙殺されていた。 「小鳩くん、今日何時まで居るのー?」 聲をかけてきたのは先々週の合コンで知り合った二つ年上の丹羽女子だ。 「えっと、どうしようかな、決めてないですけど」 「えーじゃあ、カラオケ行こうよ、峰津院君も来るでしょ?」 何度も云うが尊と大和はセットである。大和だけを誘おうとしても大和は相手にもしない上に会話すら速攻でシャットダウンされる。尊が仲介してやっと大和との会話が成立するのだ。ちなみにこれはなんとかならないかと周りに云われたが、あのセプテントリオンと戦っている時でさえ大和はそうだったのでこれが大和の通常運転である。大和だから仕方無いのである。 携帯番号をゲットするどころか会話することさえ高嶺の花な大和であった。 「えー、うーん、カラオケかぁ、二次会・・・」 ちらりと尊が大和を見れば、大和は首を振った。 「済まないが、今日の二次会は遠慮する、仕事があるので」 手短に大和が切って仕舞えばそれまでだ。 大和が仕事をしているというのは周知の事実だ。皆ベンチャー企業だと思っているがベンチャーはベンチャーでも大変アドベンチャーな企業である。何せ政府所属の極秘機関な上、職務内容が日本の未来を霊的な力で守る仕事なのだ。真実を云っても到底信じては貰えないだろう。 「峰津院君、写メとかいぃかナぁ?」 キタ。と尊は思った。 毎回居るのだ。わかっては居ても望みを棄てられない女子が。 大和の携帯番号は無理でもせめて写メくらいという望みを託す女子が何人か居るのだ。 ちなみに尊だけが大和の連絡先を知っているので、女子にしつこく聞かれたりすることもあったが、流石にプライベートなことなので丁重にお断りしている。以前、手癖の悪い子が尊の携帯を勝手に操作して大和の番号を盗んだことがあったが即座に切り捨てられた上に、次の瞬間には大和の番号が変わっていたのだから、本当に権力って恐ろしいと尊は思ったものである。 「済まないが断る」 やっぱり大和は断った。思考する時間すら無い見事なまでの拒否である。 「何か食べるー?」 これもキタ。と尊は思った。甲斐甲斐しさを装って大和の隣に座ろう作戦だ。 大和は常に端の席を取るので必然的に尊がその隣になる。だから大和の隣になろうとすれば尊と大和の間に入るか、お誕生日席になる。これも以前あったことだがある女の子が尊を押しのけて大和の隣に座ろうとした瞬間大和が立ち、尊を連れて帰ったことがあるので合コンに於いて尊と大和の間を離すなという鉄則があった。ちなみに尊はこの事実を知らない。 その教訓もあって誕生日席に甲斐甲斐しさを全面に押し出した女子が座った。手には皿を持っていて、尊の皿にもサラダを盛りわけてくれる。尊的にはこういう女性らしさは大和狙いというのがわかっていても嬉しいものであり、可愛いなぁ、と思うのだが大和は違った。 「断る」 女性に渡されようとした皿を嫌悪すら含ませて大和が断りを入れた。 『済まないが』というあたりはまだ良いのだ。その言葉さえ無くなればこれは大和の機嫌が悪いということである。 そもそもいつも仕草だけで察してくれる部下や侍従に囲まれている大和だ。云わなければならないということさえ面倒なのだろう。 云わずに察せよというのが大和の常であるのだが、流石にそれを察しろというのは庶民には酷な話である。そして察せられる人間は絶対に大和には聲をかけない。尊は慣れているというか大和と波長が合うのか、大和を不機嫌にさせたようなことは無い。大和は尊との話にはどんなくだらないことでも興味を見せたし、聴く姿勢を見せた。・・・目の前の女性には見せないが・・・。 「えーじゃあ普段何食べてんのぉ?」 不機嫌になる大和に、尊がフォローを入れた。 「いや、うん、別に何でも食べるよ大和!お昼とか凄いし!」 「何か食べたいものでもあるのか?尊」 大和が携帯電話のタッチパネルを操作しながら尊に問うた。 「いやそういう意味じゃなくて、お前が何でも食べるって話!たこ焼きとか!」 「あれは美味いな、そういえば先日新しいたこ焼きを作らせてみたのだが、今度用意させよう」 「うん、有難う、って・・・ちがくてさ!」 尊的には大和は庶民的なものも食べますよアピールであったのだが、駄目である。大和は尊との会話以外成立させる気が無い。見てくれが非常に良いだけに女子の視線が痛かった。尊も別段容姿が悪いわけでは無い。少なくともそれなりにイケている部類だという自信はある。けれども悲しいかな、大和の美貌を前にそんな烏滸がましいことは口に出来ない。 目の前にはこんなチェーンの居酒屋には不釣り合いの美形だ。さらさらとした大和の灰色がかった銀糸の髪は綺麗であったし、目の色も透明で綺麗だ。まるで人形のような美貌に等身も高い。おまけに尊がいつも見上げる形になるほど大和はモデル体型である。また病的なほどの白い肌も大和の美貌を際立たせているに違いなかった。つまり大和は別次元の存在なのである。一般人ならひれ伏すレベルの美形だ。 「たこ焼きかぁ!メニューにあったよぉ?峰津院君食べる?」 「不要だ、仕事の邪魔なので席を移動してくれ」 矢張り大和の返事は早かった。 或る意味ばっさり斬るという意味合いでは大和は女子の千人斬りを達成できそうである。 女の子は一瞬、ショックを受けたような顔をして何かを云おうとして結局大和の前から元居た席に戻った。申し訳ないけれど大和にその気が無いのだから、こればかりは仕方が無い。下手に優しくするよりも返ってこういう態度の方が期待を持たせない分いいのかもしれないとも思う。 尊は隣に座る大和の袖を引っ張った。 「どうした?」 「いや、二次会行かないの?」 「カラオケだろう・・・あれは好かない」 二次会もカラオケでなければ大和は仕事が切迫していない限り尊が参加すれば付き合った。けれども一度カラオケに付き合ってから二度とカラオケと称するものには付き合わないのでカラオケは大和には合わなかったらしい。 カラオケと云われると大和は苦い顔をした。 「じゃ、帰る?」 「尊次第だな」 いつも大和は尊に選択肢を丸投げする。カラオケ以外なら付き合うと暗に大和は云っているわけだが、先程の女子の視線も痛くて結局その日は帰ることにした。 先輩達に手を振って、尊は大和と歩き出す。 大和が車をいつも手配しているので、電車のことも気にしなくていいのは有り難かった。 車はいつものように絶妙のタイミングで大和と尊を拾う。 動き出した車の中で始終無言の尊に、大和は問うた。 「行きたかったか?」 「カラオケ?ううーん、まあ行きたい気分だったけどいいよ、そのうち大地達と行くし」 「そうか、時間はあるか?」 「時間?うん、別に大丈夫だけど・・・」 「明日は午後に二教科だったな」 言わずもがな、大和は尊の為だけに大学へ通っているのだ。だからこそ受ける授業も同じだった。 バイト先も同じなので互いのスケジュールは把握済である。よくよく考えれば尊の生活は常に大和と一緒であったが、そういう細かいことを気にしないのが尊である。そしてそこにある意図にも気付かないのが尊であった。時々大地に「お前ってたまに抜けてるよな」と云われるのだが、事実その通りである。大和はそんな尊の抜けている部分に付け込んでいるわけだったが同時に尊のそういう付け込まれやすさを危惧してもいた。故に合コンがどれほど馬鹿げていようとも大和は露払いに余念が無い。尊に寄ってくる虫はすべて排除する心積もりであった。自分という存在が尊と居ることで尊の価値を隠せるのなら矢面に立ってクズを排除するのも厭わないのが峰津院大和である。 「なら少し付き合え」 大和が運転手に合図をすると心得たように、リムジンが動き出す。 これも大和と出かけるようになってから知ったことだが良い車はエンジン音がしない。 静寂を感じながら、広いリムジンの中で大和は矢張りノートパソコンで業務連絡の報告書をチェックしていた。 「直ぐに着く、疲れたなら寝転んでいて構わないぞ」 優しく大和に云われれば尊も悪い気はしない。 甘やかされているとはわかっていても大和と過ごすその居心地の良さに尊は慣れてしまった。 大和は言葉は少ない。傲慢に感じる発言も多くある。 けれども大和と過ごすのが尊は好きだった。 時折、尊はあの口付けのことを思い出すが、再会してからその話題は一度も無い。もしかしたら大和はそれを覚えていないのではないかと尊は思い始めていた。冷静に考えれば大和が尊に会いに来た段階でそんな筈は無いのだが、尊にそこまで考えが及ぶ筈も無い。大和との間にあるのは友情の好意だと思っているからだ。其処に他のものがあると尊が気付く筈も無かった。 「ホテル?」 車が止まったのはホテルだ。 表では無く別の入口に、支配人らしき男性が直立不動で立っていた。 尊と大和が下りれば既に連絡があったのか、部屋に案内される。尊が手にしている通学用鞄を恭しく運ばれて返って申し訳無い気持ちになる。ふかふかの絨毯の上を歩いて長い廊下の先のドアを開け放たれた。どうやら目的地らしい。 「此処?」 「カラオケがしたいと云っただろう?」 案内されたのは最上階のペントハウスである。 最新機種の全てが網羅されて巨大なスクリーンに投影された時には流石に尊は慄いた。 「うん・・・やっぱりいいや・・・」 げんなりしながら尊が云う。尊が望んでいたのはこんな結婚式の会場で歌うような感じでは無くもっとこじんまりとしたものだ。 あとやっぱり他に歌う人が欲しい。それを大和に云えばプロを呼ばれそうだったので、尊はただ有難うと御礼を云うに留まった。 大和はと云えば、給仕の人間が運んできた先程居酒屋で食べたものとは比べ物にならないような食事を口にしながらワインを飲んでいる。 「飲めないんじゃなかったの?」 幾らか値段を訊くのも怖かったが大和が口にする物なのだから物凄いお酒なのだろう。 飲むか?と大和に問われてとりあえず尊は頷いた。何事も勉強である。渡されたグラスに大和がワインを注いでくれる。それを有り難く頂きながら、尊は大和を見た。 「あんなところで飲み食いができるか」 大和を見ればうんざりした顔で云われて尊はつい吹き出した。普段大和は絶対に人前でそんなことを云わない癖に尊の前ではこれだ。 「それなら付き合わなきゃいいのに」 尊は座り心地の良いソファに身体を沈ませながらテレビのリモコンを弄る。 何局か回してみて、結局旅番組に落ち着いた。バラエティをホテルの最上階のペントハウスで観る気にはなれない。 「尊が行くところには何処でも行くさ」 「いつもそうなんだから、俺以外に友達作ればいいのに」 「何故?ゴミは所詮ゴミだ」 「またそういう事を云う・・・あ、これいいな」 テレビを観れば船の旅だった。豪華客船で行くヨーロッパ。悪くない。 「船で出かけたいのか?」 「うん、こういうのっていいよね、海外行ってみたいなぁ」 急に大和が黙った。 尊は不審に思って背後の大和に振り返る。大和はスーツのジャケットを脱いでネクタイを緩めていつもよりずっとラフな格好だ。 そんな大和がグラスを傾けて何かを考え込むようにしている。 「大和?」 「いや、済まない、尊。尊の行くところには何処でも行くと云ったが、撤回する」 「うん?どうしたの?」 大和は少し言い淀んでから、意を決したように言葉を足した。 「私は峰津院だからな、国外へ行くことは出来ない」 あ、と尊はその時気付いた。 大和はそうだ。何でも手に出来る。文字通り何でもだ。大和の手に入らない物はきっと無いんじゃないかと思うほど大和にはあらゆるものを手に入れるだけの力がある。有名な学者を招くことも出来れば、海外の有名なシェフだって呼び寄せることができる。世界中のあらゆるものが手に入る代わりに、大和は、峰津院家の当主は出られないのだ。 「結界の誓約でな、私は日本を出ることは出来無い。尊を何処へでも連れていってやりたいが・・・手配なら出来るぞ、夏休みにでも行ってくるといい」 そう大和に云われて尊は思わず立ち上がった。そうでは無い。そう望んだわけでは無い。ただいいな、と思っただけだ。例えば大和とこの平和な今に出掛けられれば、何処か遠くに行ければ、大和が忙しいとわかっているけれど、そういうことが出来ればきっと楽しいだろうなと思っただけだ。大和は出られない。こうして世界を戻して仕舞った今、結界は機能していていつ来るかもしれない滅びの為に備えなければいけない。本当はそうならないことが一番だ。そうならないようにしたい。けれども確約が出来ない以上、峰津院はそれに備えなければいけない。ずっと昔からそうだった。ずっと昔からそうして大和達の一族は過ごしてきた。それを思うと尊はどうしようもない気持ちに駆られる。そうだ。尊が大和を変えた。大和が実力主義の世界を作っていれば今頃大和は何処へでも行けたのだろう。けれども世界を戻して仕舞った。他でも無い尊が新世界を創造するのでは無く、何も無かった時間に戻して仕舞った。大和を結界の中へ再び閉じ込めて仕舞った。そう思うと何も云えなくなる。大和はきっと尊に謝って欲しいわけでは無い。心底、行ってやりたいが無理だと、それを尊に詫びているのだ。そんな大和に尊は胸を鷲掴みにされたような心地になる。 「違うって、ただいいなって思っただけで行こうなんて思ってないし、ごめん、俺考えなしで・・・」 「気にすることは無い、尊の望みは何でも叶えてやりたい、私の勝手なのだから」 「もう、だから違うって、俺は大和と行ければって、ああ、もうだから・・・!」 不意にコマーシャルが流れる。陳腐な曲に、軽快な謳い文句で。 「熱海、そう、熱海とかいいよね!温泉あって!」 熱海と繰り返し歌うそれに思わず尊は聲をあげる。 「温泉は好きか?」 「いいよね、温泉!卓球とか!」 「卓球?」 「庶民は温泉で卓球をするものなんだよ」 「成程、そうか、覚えておこう」 「このワイン美味しい・・・!」 取り繕うように尊は言葉を足して、大和の隣に座った。 オードブルの他にフルーツの盛り合わせもあって、目にも綺麗なそれは大和によく似合う。 場違いだ。尊には場違いだったけれども尊も大和もその時間を楽しんだ。大和には尊が教える市井の生活や感性が、尊には大和が教えるそういった優雅なものや、大和の深い思慮が。 二人で過ごす時間が居心地が良いと思っているのは確かなのだ。 「今日は遅い、泊まるといい」 「いいの?」 「私は少し仕事を片付ける、眠くなったらシャワーを浴びて寝るといい」 好きな部屋で寝ろと云われて尊は初めて此処に何部屋も眠る場所があるのだと気付いた。 「ホテルに何部屋もって・・・二人しかいないのにどうしろって云うんだよ・・・」 シャワーを浴びて一足先にベッドに入ったのは尊だ。大和に聲をかければまだ仕事があるらしく、居心地の良いホテルも楽しむというよりは本当に眠るだけのようで勿体無かった。 おやすみ、と尊が大和に云えば優しくおやすみ、と言葉を返される。 尊はベッドに潜りながら大和に名前を呼ばれることとその居心地の良さについて改めて考えなおした。 あの一週間を互いに越えた仲だ。まして尊と大和以外は皆それが現実にあったと認識してはいない。史はそれが現実にあったこととして因果関係を考証しようとしているようだったが、それでも尊や大和のようにはっきりと覚えてはいない。 世界が変わった事実を認識できるのは互いだけだった。 そして大和は尊に会いに来た。流されるままに尊は大和と過ごしている。未だに何故あの時大和が尊に口付けたのか訊けないまま中途半端に尊は大和と過ごしている。 居心地が良くて、大和の優しさが、その傲慢さが尊をやきもきさせることはあっても、それでも大和はブレないし揺らがない。大和が尊に述べる言葉は真摯で、どれも優しいものばかりで、それが尊をどうしようもない気持ちにさせた。 うつらうつら、尊は取り留めも無いことを考える。 アルコールの所為もあって、意識はあっても身体は殆ど眠っていた。 ふと、気配を感じる。 部屋を暗くしていたから今が何時なのか尊にはわからない。けれどもきっと夜中の筈だ。 誰か、きっと大和だろう。 大和はそっと尊の頬を撫ぜ、尊がその心地良さにうっとりしていると不意に唇に熱を感じた。 一瞬で離れたそれはキスだ。 大和は尊が眠っていると思っている。 けれども尊は意識の上では僅かに起きていた。 そして起こったことに動揺する。 ( キスだ ) ( またキス ) 大和からのキス。 夢だとはもう片付けられないキス。 ( なんで大和、キスなんて ) 大和のキスはいつも唐突で一瞬だ。 どきりとする。何か云いたかったけれど頭が重くて尊の口は動かなかった。 ただ、その熱が離れた時、尊は寂しさを感じた。 掴まえたいと思った。 大和のその手を、掴んで、その手を握り締めて眠れたらきっと幸せだろうと思った。 けれどももう駄目だ。頭が重くて、尊は大和の手を探す前にすとん、と眠りに落ちた。 05:夢うつつ 眠りの淵に |
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