あれから撫子は閉じ込められている。
必死で抵抗した。必死で逃げようとした。けれども全て無駄だった。
全てが徒労だと撫子が思い知った時、撫子は自身の自由を手放した。
毎日では無かったが大和は手が空くと撫子の部屋に訪れ、撫子を犯す。
相変わらず部屋には何も無い。撫子が傷つくものの一切は徹底的に排除され、撫子に残された死ぬ方法は舌を噛むくらいであったが、それも霊的な行動制限を大和に受けてからは叶わなくなった。撫子が死を選ぼうとすると強制的に身体の自由が効かなくなる。撫子の身体であってもそれはまるで撫子の身体では無いように動かなくなった。
逐一監視カメラでモニタされ、撫子に異変があれば直ぐ様、大和の忠実な部下が駆け付ける。
だからこそ撫子はこの監禁に甘んじているしかなかった。
ただセックスと大和の支配欲の為に生かされている力無き自身が悔しかった。
撫子は上質の素材で包まれたそれを投げる。
勿論、目の前の大和にだ。
撫子が投げた枕を簡単に受け止め、大和は微笑んだ。
「可愛い反抗だな」
大和は機嫌を取ると云わんばかりの仕草で、手にした菓子を撫子のベッド脇に置かれたサイドテーブルに置いた。
そして手にした枕を再び丁寧に元あった位置へ置く。
「何か欲しいものはあるか?」
「此処から出せ」
「それは出来ない」
「何故」
「君を奪われるから」
いつもの問いにいつもの答え。
誰に奪われると云うのか、奪っているのは大和だというのに、撫子はこうしてもう二ヶ月も大和に監禁されている。
毎日会うのは食事を運んでくる大和に忠実な部下だけで、会話すらしてもらえず、窓も何も無い部屋でただ撫子は生かされている。
「せめて誰かと話がしたい」
「外の様子が知りたいか?」
「真琴さんは」
「あれは律儀だからな、仕事に忠実だ」
「誰かと話をさせて」
「私が居るだろう、撫子」
なでしこ、と大和に呼ばれて、撫子は目を伏せた。
撫子の扱いはまるで女だ。
否、撫子は真実、大和の『女』なのだ。
女ならばよかったと大和は最中に何度も云う。
撫子に己のものを放ちながら何度も云うのだ。
子を成せるわけでは無い、この行為に支配以外の意味は無いと撫子は思っている。
大和を受け入れることに撫子は慣れた。けれども屈辱がある。
撫子の全てを塞いで奪う大和の遣り方は撫子に絶望を突きつけた。
それでも身体は確かに快感を拾い、その都度大和が好きだと思い知る。それがどれほどの苦痛か。
世界を変えて、撫子は閉じ込められて、守るべき友を失い、家族もいない、撫子に残されたのは無力な自分と浅ましい恋情だけだった。その事実に撫子は耐えられない。それでもその恋情を捨てきれない自分の浅ましさに撫子は押しつぶされそうだった。
大和は撫子の髪を撫ぜた。
「触れるな」
「何の話をしようか?撫子」
己の手を跳ね除ける撫子に微笑みながら大和は云う。
大和にとって撫子は宝だ。秘するべき唯一の宝である。
目の前の青年は聡明で美しかった。大和は撫子の芯の強さも気に入っている。
撫子でなければ大和はこうはしなかった。これほど厳重な警備も、閉じ込めもしなかった。
大和にとって撫子は運命であり唯一の理想であった。撫子は知らないが、これは変えられない事実としてある。
大和からすれば撫子という青年は得難い価値があった。女であればどうにでもできた。子を成して産ませればいい。そうすれば撫子は大和のものだ。本人がどう思おうと、子という証がある以上それは大和のものなのだ。
けれども撫子は男であり、子は成せない。手元にあればこんな不埒もしなかったが、撫子は大和の手を取らなかった。大和の手を取りさえすれば大和と撫子の関係は以前と変わらずただただ穏やかなものであったのだろうとも思う。大和は撫子を大切にしただろう。けれども撫子は大和を選ばなかった。それが大和と撫子の関係を決定的に壊してしまった。
撫子を失うわけにはいかない。大和にとって僅かな期間であったにもかかわらず、撫子という一つ年上の青年との出会いは大和を変えた。それが大和の全てになった。世界を変えて撫子が隣にあれば大和は自身を揺るぎ無いものとして保てる。それには撫子がどうしても必要だった。
だからこそ力で支配したのだ。

峰津院大和は撫子を愛している。
誰も愛したことの無い男が、誰にも興味を示さなかった男が、たった一つを見つけてしまった。
まして大和は強者だ。この世界に於いて、強いものが支配するという世界において唯一の強者に君臨した。
その男が撫子欲した。
結果がどうなろうと、それを手にして仕舞った。
そして今更手放すことも出来ない。
全てが遅すぎたのだと、大和は思う。
何もかも、最初から間違って仕舞った。
撫子は唯一自由になる心を決して大和へ寄越しはしないだろう。
けれどもそれでもよかった。撫子が居れば大和はそれで良かったのだ。

ぐい、と大和に身体を暴かれ撫子は呻いた。
「お前はみんな殺した」
「それがどうした」
大和は皆殺して仕舞った。
大地も維緒も、皆、みんな、死んでしまった。
せめて遺体をと撫子は訴えたがそれも許されなかった。
「許せない」
「許さなくて結構、それが君の生きる糧になるなら」
違う、と撫子は云いたい。
けれども大和に内部を突き上げられて呻くに終わった。
「・・・・・・っあ、」
許せないのは自分だ。
惨めに生き残り、大和の慰み者のように扱われ、死ぬこともできず、そして愚かな恋情すら捨てきれず、こうして大和を受け入れて喜ぶ身体に吐き気がする。
見たくない、聴きたくない、目を閉じ、耳を塞ぎ、世界から消えて仕舞いたい。
撫子はシーツに顔を押し付けた。これ以上見たくないと云わんばかりに押し付けた。
そんな撫子を見下ろしながら大和は黙々と行為をする。
彼の細くなった足を掴みより奥まで交われるように自身を突き立てれば撫子は呻いた。
「っ、っく、ぅ、」
撫子の堪える様が堪らなく大和を煽る。
苦しめたいわけでは無い。出来るなら好くしてやりたい、けれどもそれでは撫子は壊れて仕舞うだろう。
だからこそ大和は撫子を手酷く扱った。
高みに向けて動いていると、連絡が入る。
けたたましく鳴る携帯に大和は手を伸ばし、通話ボタンを押した。
「何だ?」
基本的に大和が撫子の部屋に居る時に連絡は無い。そうするように手配している。けれども連絡があるということは緊急事態に他ならなかった。仔細を聴けば確かに大和の手が必要な事案である。大和は身体を忙しなく動かしながら、撫子を見た。
撫子は大和が早く出ていけばいいと思っているのだろう、大和と視線が合うと悔しそうに唇を噛む。
大和はそれを見てどうするか決めた。

「後にしろ、私は今忙しい」
多少の被害はあっても大和が後処理をすればいいだけだ。
それで死者が出ようとどうでもいいことだ。クズがクズの後始末を出来ずに死ぬだけで大和には関係のないこと。
今目の前に大和の欲するものがある。
それは愛のような、或いは憎悪のような、果たしてこれはどちらだろうと思いながら大和は撫子を貪った。
「さて、続きだ、撫子」


04:愛か憎悪か
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