沈黙がある。
目の前には沈黙が横たわっている。出来れば永遠に横たわって貰いたいと稲葉は願う。
しかし願いは虚しく、沈黙は大和によって破られた。
「どうだろう?」
「どうだろうじゃねぇよ!何で殴られたかお前ほんとにわかってんの!?」
「それは私が稲葉に薬を盛り、犯して・・・・・」
「そこまでわかってるなら結構!じゃなくて何でお前性懲りもなくゴムとか持ってきてんの?」
莫迦じゃねぇの!と云えば大和は大真面目に稲葉に適切な回答を示した。
「お前がこの間、避妊具が無かったと云ったから用意させた」
最もである。確かにそんなことを云った気がする。
だがそれは今後のことを踏まえてではない。当時の状況に対する苦言である。
「嫌な予感しかしないんだけどこの展開!てか用意って誰にさせたんだよ!」
「原田に」
「原田さん可哀想だろうが、やめてやれよ!どうせ大真面目に「コンドーム持って来い」とか云ったんだろ」
「流石稲葉だ」
褒めるところじゃないからねそこ!とツッコみつつ稲葉は原田なる人物を思い出していた。
大和がジプス局長になった当初から細かいスケジュールや物資の調整を行っている四十代前半の男性だ。
大和に忠実で、稲葉に対してもきちんとした態度で、大人としても頼りがいのある良い人である。そんな彼に「コンドーム持って来い」と指示する大和も大和であったが恐らくそんな上司の命令に言葉も挟まず悩んだ末に極薄0.02ミリを持ってきた原田さんのチョイスにも些か絶句した。これでイチゴ味なんかを持ってこられるよりはマシであったのかもしれない。ちなみにMサイズだ。Lとかじゃなくて良かった。
「それで・・・・・・」
眩暈を覚えながらも稲葉は問うた。
問うて仕舞う己を恨みたいが問わずにもいられない。
「お前はどうしたいの?」
大和は何がわかったのか短く頷いた。多分稲葉の云いたいことはひとつも伝わっていない。
「コンドームを使用した伽を所望する」
「死ねば?」
稲葉がそう返したのも無理は無かった。


再び沈黙。
稲葉は杏仁豆腐の最後の一口を口に入れた。手作りのそれはとても美味しい。ちなみに今口にしているのは大和の分だ。自分の分はとっくに食べ終わっている。
大和は向かいのソファに座りコンドームの箱を時折名残惜しそうに机の上で転がしている。その様は一見何かチェスでもするような優雅な手付きであったが奴の手元にあるのは「極薄0.02mm」と書かれたコンドームの箱だ。いっそこっちが死にたい。
「見たこと無いの?」
「ああ、在るのは知っていたが、子供を作らない為の夜伽など知らんのでな」
「だろうね」
大和の家は特殊だ。政府にすら干渉できるほどの強大な一族。
その直系の嫡男であるという彼は生まれた瞬間からに色んな義務と責任を背負っている。その義務のひとつが直系であるが故に系譜を絶やすことは許されないことだろう。ただの血脈では無いそれは作りたくなくても義務として子を残さなければいけない。そんな大和がコンドームの使い方など知る筈も無いのだ。
稲葉の価値観とはまるで違うそれ、不意に稲葉は大地を思い出した。大地はそういうことに対して興味深々だったので思い出したのだ。最も大地も実のところコンドームをいつも財布に携帯していても使い方まではどうなのか、稲葉は何処かに居るのであろう幼馴染に対して失礼なことを思った。事実であるので大地には反論のしようが無かったのも此処に記しておく。とにかく稲葉にとってはそういうことを知るのは当たり前であった。それなりに付き合いも心得ていたし、呑みに行ってからホテルというような大人の付き合い方を知りはしなかったが、学生らしい範疇ではそれなりに大人であった。
稲葉は今、このあまりにも無知な、恋愛など必要ない、知りもしないという目の前に居る十七歳を持て余している。
「今後も避妊するつもりが無いなら使う必要はないけれども」
無いけれども、と稲葉は大和へ云った。
大和はやけに神妙な顔をして稲葉を見つめている。
「必要なら教えるよ、それ、わかんないんでしょ」
あくまで男として、だ。年下の友人に対してのレクチャーであってこの間のような事態にはならない。今は薬を盛られていないし抵抗しようと思えばいつでも出来るのだ。だからレクチャーである。稲葉にとっての常識とマナーを教える不要な親切心であった。勿論その後の伽とやらは却下である。
「教えて欲しい、稲葉がどうしているのか知りたい」
「じゃ、脱いで」
そうと決まればさっさと終わらすに限る。
無駄に大きい窓のブラインドを下ろして稲葉は大和に脱げと促した。
全部脱ごうとするので、慌てて違う、と止めて「ちょっとずらすだけでいい」とも付け加えた。
「こうか?」
「うん、そう、んで、ちょっとしごいといて」
「扱く・・・」
「あー・・・此処グラビアとかも無いんだよね、俺AV持ってないし、」
「グラビア?AV?」
「ちょっと待て今の忘れろ、余計なことを覚えるな」
既に余計なことを教えている気もする稲葉であったが大和は素直だ。
そういうところが天然に見えて、意外に純粋で歳相応にも見えて可愛いと思ったのは内緒である。
「つまり、えーと、なんかやらしいこと考えて立たせればいいんだよ」
「勃起させればいいのか」
「そう」
ストレートに云われると萎える。だが真実その通りであるのでややげんなりしながらも稲葉は促した。
何故こんなことになったのか。自室で、天下の局長にコンドームの使い方をレクチャーしなければいけないのか。
挙句自分は少し前にこの男に合意無く犯されたのに何故許して仕舞っているのか、考えれば考えるほど深みに嵌る気がして稲葉は深い溜息を洩らした。ちなみに大和はその時生まれて初めて自分のものを自分の意思で扱くということを体験した。今まで宛がわれた夜伽の女達は皆それぞれの方法で手淫であったり口淫であったりで大和のものを立たせてから大和の精を体内で受けたのだ。だから大和が自分の意思でそれに触れたのは経験上ほぼ無いに等しかった。唯一あったのは大和が稲葉を犯したあの日、ただそれだけである。大和が自らのものを取り出し稲葉に挿入したその時だけであった。その時は稲葉の痴態に煽られてほとんど固くなっていたし無我夢中であったので記憶に鮮明では無い。だからどうしたものかと考えてから大和は結局あの日の稲葉を思い出して云われた通りに扱くことにした。
そんなことは露知らず、稲葉は稲葉で居た堪れない心地を味わっている。同じ部屋で一応は友人らしい男が自分のものを擦っているというのはどうにも居た堪れない。
稲葉は皿を片付けると言い訳をして席を立った。
できればその間に終わらせて欲しい。
「これでいいのか?」
皿を流しに置いて戻ると言い渡したことはやってくれたらしく、どうだ?と訊く大和に稲葉は、もう死にたいと思いながらもどうにか「それでいい」と返した。
大和のものを見れば確かに勃っている。この間これが自分の中に入ったかと思うと今すぐ窓を割って自殺したい気持ちになったが、それも堪えて稲葉はゴムの袋をぴりり、と裂いた。
「表と裏があるから、気をつけて、意図的に破らない限りだいたいは破れないから」
自分で嵌めるように云えば、わかった、と大和が頷いてコンドームを装着した。
此処までくれば後は嵌めるだけなのだから時間はかからない。器用な大和は簡単にやってのけた。
「出来たぞ」
やりとげた顔で云われて見れば、大和は確かに装着できたらしい。
「うん、そう後は使い終わったら外して捨てればいいから」
じゃあ、と稲葉がこの場を離れようとすると大和に腕を掴まれた。
想像したよりもずっと強い力で稲葉は大和に引っ張られる。
そして気付けばソファに組み敷かれる形となった。
稲葉はこの時ほど不用意に大きなソファを恨んだことは無い。
「何・・・・・・」
「使うんだろう?」
「いや、使わねーよ!聴いてた?俺の話!」
上に圧し掛かってくる大和をぐぐ、と押し退けながら稲葉は抗議する。
「教えてくれるんだろう」
当然のように云い放つ大和の頬を問答無用で稲葉は抓る。いひゃい、と整った顔を顰める大和に構うことなく稲葉は腹筋を使って組み敷かれている状態から抜け出した。色っぽい展開をした人が居たら済まないが稲葉だって立派な十八歳の男である。男の沽券に関わる、否、股間に関わるような事態は避けたい。
「確かにゴムの使い方は教えると云ったけれど、セックスはしない、無理!」
「何故?」
大和は稲葉に抓られた頬を押さえながら問う。
「何故じゃないだろ?俺この間嫌だったんだぞ、お前を許したわけじゃないけれどあの一回だけだ。もう無い」
「一度すれば二度も三度も同じだ」
「屁理屈捏ねるな、俺は嫌だよ」
「私も嫌だ」
嫌だ、じゃねーよ!何駄々を捏ねる子供のようになっているのか。目の前でズボンのチャックの隙間からナニ晒してお前ナニ云ってんの!?と稲葉は叫ぶ。
莫迦なの、死ぬの?と云いながらも再び大和は力で押してきた。
腕相撲で負けるようなぐぐ、とした圧力に焦って、稲葉はつい心にも無いことを云う。
だってこのままではまずい。何がまずいのかはわからなかったがまずいに決まっているのだ。
「おっ、」
「お?」
「俺が入れるのは?」
男相手に、大和相手に勃つ気がしないけど!と内心叫びながらもとんでもない発言をして仕舞う。
だってそうだ、掘られるくらいなら掘る方がいい。できるなら普通の、ノーマルな女の人がいいけれど、掘られるよりはましだ。
稲葉の発言に大和は盛大に顔を顰めた。
「は?」
は?じゃねぇよ、こっちはお前の行動に「は?」だよ、と云いたいのを堪えて大和の返事を待つ。頷いてくれればなんだかもう色々諦めて、大和の中に挿入は無理でも指くらいはいれてもいい気になっていた。
しかし大和は云ってのけた。流石天下の局長様、峰津院様、大和様である。
「私は男だぞ」
「俺も男だよ!!!!!!」
莫迦ー!と叫びながら稲葉は泣きたくなった。
「俺も男でお前も男でなんでHしないといけないんだよ、やらなくていいだろうが!」
「私はしたい」
「俺はしたくないよ!できればこんなこと永遠に知りたくないよ!」
「私は知りたい」
「いや、やらないからね!やらないからね!何云ってんのこの子!莫迦なの?」
「莫迦では無いぞ」
「知ってるよ、お前の頭の出来がすこぶる良いことは知ってるよ、でもお前やっぱ莫迦だろ、能力の使い処間違ってるだろ!」
「間違っては居ない」
「間違ってるよ!主にこの状況が!」
ぎゃあぎゃあと互いに譲らないこと小一時間、虚しくなってきておまけに喉が渇いた。
水取ってくるとだけ云って稲葉は冷蔵庫へ向かう。いっそこのまま悪魔を召喚して逃亡しようかとも思うがリビングに一人で居る大和を思うと放ってもおけなかった。結局グラスに大和の分の水も入れてリビングに戻る。
「薬は入ってないからな」
「その件は済まなかった」
あれは私が悪かった、と大和は謝る。悪いことは悪いと意外に大和は自分に否があれば謝る男だった。
水を飲んで喉を潤してからぽつり、と大和が云う。
「お前が・・・・・・」
「うん?」
云いにくそうに目を左右に動かしてから、大和は云った。
「お前が嫌だと云うから折角装着したのに、萎えて仕舞った」
心底残念そうに下肢を見遣る大和に、稲葉は笑いを抑えられない。
「ぷっ、もっ・・・・・・お前、もーなにそれ・・・っ」
あはは、と笑えば大和は何故笑われているのかわからないらしく「何がおかしい?」と大真面目に問う始末だ。
要するに稲葉から見れば大和は天然なのだ。
いつも命令することしか知らない、誰かを使うことに慣れているこの男は一見なんでもできるように見えるし実際出来ないことの方が少ないのだろう。だが大和は今、命令や力の強さの垣根を越えて稲葉と向かい合っている。
恋愛もまして恋も知らない男は友情とそれを履き違えているのかもしれないと稲葉は思う。
そして自分はこの男が嫌いでは無いのだ。
優秀なくせして、いっそ稲葉に合わせなければいいのに大和は懸命に稲葉に合わせようとする。
そうしたいのだと云う。実際のところ稲葉の生き方や常識は大和にとって不要なものである筈なのに大和は知りたがる。市井の者と、下々のものだと見下すくせに稲葉が教えたものを大事にするのだ。
「そもそも、さ、大和は何で俺としたいの?」
これは訊いてなかった。今まで一度もそのことを訊かなかった。
だからこそ尋ねてみたのだ。大和のこの不可解な行動を。
すると大和は一瞬、思巡して、それから意を決したように口を開いた。
莫迦みたいに整った容姿の男の口から洩れたのは意外な言葉だった。

「お前が・・・・お前が好きな相手とすれば幸せだと云うから」
不覚にも稲葉はこの時ぐらついた。きゅん、とした。正直、ぐっと来た。
しかし、我に返る。あれ、今こいつ変なこと云わなかったかと、我に返った。
「ちょっと待て、お前、俺のことが好きなのか?」
慌てて問うと大和は至極当然と云わんばかりに頷く。
「好きだ、稲葉といれば何処までも行ける気がする」
「は?え?ちょ・・・」
軽くパニックに陥っている稲葉に大和は止めを刺す。こういうところでは抜かりないのだからつくづく嫌な男だと思う。
「だから試みてみようと思った。快楽のセックスは知らないがお前とならいいかと思って、知りたいと思った」
「何を?」
思わず稲葉の聲が上擦る。先を訊いてはいけないのに、どうしても訊いて仕舞う。
大和は何を知りたいのか?と問えば意外なことに大和は思っていたよりもずっと透明で綺麗な言葉を返した。

「好きだということを」

しん、と静まった。
まるで世界に誰もいないんじゃないかと思うような沈黙。
この世界に大和と自分しかいないように思える静寂。
稲葉は頭がパンクしそうだった。キャパシティオーバーなそれは稲葉をショートさせる。
確かに結婚の話、子供の話でそういうことを話した気がする。
まさかこうなるとは思ってもみなかったが婚姻はしないと、好きな女はいないと云う大和に対して、好きな人と居れば幸せだと、そういうひとと子供を作れば幸せだと稲葉は云った。
大和は好きな女はいないと云った。
好意を持っている相手はいる、と云った。
それが稲葉だったとは思いもしなかった。
思いもしなかったのだ。

だからこそあの暴挙かと稲葉は納得した。
大和なりに試行錯誤したのだろう、恋も愛も知らないような男が、少なくとも好意を持っている相手に対してどうすればいいのか、セックスは義務で女は道具でしかない大和にとって、それは初めてのことだ。
大和に何を渡されても稲葉は特に必要無いと云ってきた。実際過分なものは必要なかったし、この最上階の住居でさえ自分には過ぎたものだと辞したが、大和が頑なに拒否した。なんでも欲しがれば或いはこうはならなかったのではないかと稲葉は思う。大和はあの時確かこう云わなかったか?稲葉は自分無しでも生きていけるが、最早己は稲葉なくしては生きて行けないのだと、そう云わなかったか。
「莫迦だな、俺も莫迦だけど」
本当に莫迦だと思う。こんなにも真っ直ぐな感情を向けられたのは初めてだ。
大和のことを自分が好きかどうかなんてわからない。ただ互いに好意はある。あの最初の強姦まがいのものを許したのは同情だ。けれどもこれは違う。同情では無い。正直嫌だ、男とセックスなんて鳥肌ものだ。
でもそう云われては仕方ない。折れるしかない。稲葉は大和が嫌いでは無い。抱きしめたいくらいの友愛は持っているつもりだ。世間知らずの、この弟のような男を、何でも出来るくせに、肝心なところで十七歳のアンバランスで我侭な局長を稲葉は許すしかないのだ。
「そんなにしたいの?」
「したい」
ふう、と稲葉は溜息を洩らす。
痛いし、本当は嫌悪するほどに嫌だ。
でも欲しがられて悪い気はしない。大和が稲葉の云うことだけを聴く様は嫌いでは無いのだ。
「いいよ」
もう、と呟けば強い力で大和に引き寄せられる。
「今回だけな」
「今はその言葉で良しとしよう」
「偉そうに」
「稲葉の前では私は無力だ」
まるで本当に恋愛をしていると錯覚しそうなとろける言葉も悪くない。
先ほど飲んだ水には矢張り薬でも入っていたのだろうかと稲葉は思う。
ふわふわと酩酊するような感じ、でもまあいいかと稲葉は思いながら大和に身を委ねることにした。

「・・・っ」
首元に舌を這わされれば流石にぞくりとする。
大和は今ソファで稲葉に跨っている状態だ。
我に返ると殴ってしまいそうなのでどうにか稲葉は感覚を追うことでそれを堪えた。
「稲葉はいい匂いだ」
「汗臭いよ」
せめてシャワーを浴びると云った稲葉を引き止めたのは大和だ。
我慢できなかったのか、いっそ幻滅してくれれば良かったが、いい匂いだと云われて仕舞えば諦めるしか無い。
探るように、以前もこれは思ったことだったが、大和は稲葉の身体を探るように触れる。
好い所を探すというよりは検分するような仕草だ。稲葉とてセックスの際に下手だとは云われたくないからなるべく相手に負担が少ないように、気持ち良くなれるような場所を探すことはあったが大和のように隅から隅までというような念入りさは無い。
「いつも、こんななのか?」
思わず訊いて仕舞う。
「何がだ?」
「いつもこんな遣り方してるのか?」
大和は稲葉の問いに一瞬、眼を瞬いてから「薬のことか?今のことか?」と問い返した。
「薬の件は終わった。今の話だよ」
何が悲しくて男が男に肌を晒しているのか、とも思うが、大和の整った顔が嬉しそうなのでもう何も云えない。
先ほどの好きだ、という言葉を思い返して稲葉は火照る顔を抑えるので精一杯だった。
「いつもは違う」
「違う?」
「そういうことは相手が事前に準備するものだ」
「じゃあ、相手が慣らしてきて、入れて終わりってこと?」
「そうだな」
それはセックスじゃない。性交という名の交尾であっても稲葉の知っているセックスでは無かった。
大和は真実、子を成す為だけの義務的なセックスしか知らないのだ。
「だから、」と大和は付け足した。
「稲葉が辛いといけないだろから、探している」
それは有り難い。いきなり入れられたらきっと死んでしまう。わからないなりにも不器用に稲葉を良くしようとしているのが伺えて稲葉は内心身悶えた。恥ずかしさで多分死ねるレベルだと思う。
「恥ずかしいんだけど」
「我慢しろ」
我慢しろと云われればもう言葉も無い。
受け入れた以上、稲葉は我慢するしかないのだ。痛みも火照りも、耳まで真っ赤になったこの顔も。
「・・・っく」
「此処はいいか?」
平らな胸の突起を弄られれば駄目だ。
身体の芯が熱を持っているのがわかる。
大和は少し考えてから胸に舌を這わせ、嬲ったあと、更に下肢に指を這わせた。
一瞬下肢も舐められるかと焦ったが流石にその考えは大和にはまだ無いらしい、それに少し安心した。
フェラなどされたら自制できるか稲葉にもわからない。
「ん、んんっ」
この間のように薬に浮かされているのでは無い。わけがわからない内に終わるのでも無い。
きっと痛いのだろうとも思う。
大和の指が稲葉自身を撫ぜ、そして閉ざされた通常は受け入れる為にあるのでは無い場所に指が伸びた時に稲葉はそう思った。
ぷつり、と大和の長い指が稲葉の中に入ってくるのを感じて息を洩らす。
勿論良い意味では無く、悪い意味で、だ。こんなの苦しいだけだ。ちっとも良くない。けれども稲葉は堪えた。何故堪えられたのかもよくわからない。好きだと云う事を知りたいのだと大和が云わなければきっと堪えられなかったに違いない。
或いは稲葉もこの行為の意味が知りたかったのかもしれなかった。
じっくり指を入れられてどのくらい経っただろうと稲葉は思う。
大和は根気よく稲葉を慣らした。
くるしい、と稲葉が洩らせばあやす様に口付けを落とす。
そういうところだけは男らしくて、紳士的だ。
「稲葉、」
いなは、と呼ばれる、必死で、抜いて欲しい、楽にして欲しい、嫌だ、と云うのを堪える為に稲葉の腕が大和の顔を引き寄せた。
大和は稲葉の混乱を理解したのか、黙って口にキスをする。滑るような舌をじっとりと絡ませ痺れる様な甘さが身体に奔った時に大和自身が中に押し入ってきた。
「、、、っ、っぅ、」
こんなの好いわけない、凄く痛い。
慣らしたと云えども、これは大変な作業だ。
苦しくて異物を押し出したくて力を入れるが、大和に腰を掴まれてはそれも出来ない。
前回は薬に浮かされていたのもあって怒涛のように終わったが、正気の今、非常に苦しい行為だとわかる。
霞む眼で大和を見れば着衣が僅かに乱れて、思ったより、筋肉がついている、とか引き締まっているとか、どうでもいい事に気が付いた。
口付けの合間に、掠れる聲で「少し動くぞ」と云われて静止する前に大和が乱暴に揺さぶってきた。
「っ、うあっ、、あっ、あっ、、、ッ!」
堪らず聲が洩れる。先ほどまで立っていた稲葉の芯も痛みで既に萎えている。
それに気付いたのか大和は稲葉のものに指を絡めた。
突然の刺激に稲葉が喘ぐ。
はあ、はあ、と互いの息が洩れ、まるでスポーツをしているような感覚だ。
汗が滴り、背中を反らせ、下肢を突かれて、酷い格好で、それでも少しでも良くしようと大和が稲葉を刺激する様が、莫迦だと思いながらも有り難かったり、早く止めて欲しかったり、終わって欲しいと思うことの方が多かったと思う。
「っう」
低く、大和が呻いた。
息を詰める様に今の今まで、何も云わなかった癖に大和が呻いた。
その予想外に低い、色っぽい響きに少し固さを取り戻していた稲葉のものが急に固くなり、一瞬の動きのあとにスパークした。
「あっ、うあっあああッ!」
堪らず稲葉が腹に吐き出せば、大和が顔を顰めて、それから数度動いてから大和も達した。

「痛い・・・」
「私も痛かった」
「やっぱり止めればよかった・・・」
「止めたく無い」
「痛いってゆってるじゃん」
大和に水を差し出され稲葉はぼやく。うっかり許して仕舞ったが後悔先に立たずとはこのことである。自分も達せただけまだマシであるがこんなの入れるより入れられる方が痛いに決まっている。アナルは訓練すればよくなるなんてことを訊きもしたが、それは女の話であって筋肉の堅い男には矢張り無理なのかもしれないと稲葉は思った。ちなみに何故稲葉がこんなマニアックな話を知っているのかは夏に家庭教師だった彼女が酷く積極的であった所為である。
「ゴムはしただろう?」
「ローションとか無いし、やっぱり男が男とするのは無理があるだろ」
ってゆうかもうしないし、と半ば自棄に稲葉が呟く。
大和はと云えばそんな稲葉を尻目にグラスの水を一気に飲み干した。
その傍らにはぐちょぐちょになって役目を終えたコンドームが捨てられている。


05:使い方指南
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