その話が出たのは突然のことだった。
否、突然というか当然のことだったのだが、大和が局長に納まるジプスは未だに核に居る人間達はジプス局員が多い。外部の優秀な人間も最近は増えてきたが、矢張りそれ以上に局員が多かった。
となると、当然世界が実力主義に変わっても中枢の人間はそのままだ。つまり元々ジプスに入局できる人間はそれなりの霊力を必要とする。だからこそ峰津院は旧い血筋であり、日本の中枢に深く根を張る影の一族だった。その本家嫡男だという峰津院大和の影響力と力は計り知れず、そしてその旧い血には分家も存在する。本家筋には劣るもののそれなりの力を持つ者がジプス中枢に何人か居るのだ。その中の一人が今日、大和に子供が出来たと報告したことから事態は始まる。
「わかった、繁殖は必要な行為だからな、かまわん暫く休ませるといい、その間の欠員は補充しよう」
「有難う御座います大和様」
大和様と面と向かって云う男は峰津院の分家筋の男だ。今は戦略を担当している部署に居る。
同僚である医療班の女性とは既に世界がこうなる前から結婚はしていたらしい。
あれから七ヶ月も経ち漸く落ち着きを見せてきたから生活に目が行くようになったのだろう。そういう話を近頃はちらほら局内でも聴いた。
普通なら報告する必要は無かったが、大和は彼にとって本家筋であり、報告をしないわけにもいかなかったのだろう。
峰津院の分家の人間は皆大和の手足のように忠実だった。
「おめでとうございます」
大和に頭を下げて辞する男に稲葉が祝いの言葉を述べれば相手は恐縮したように笑みを浮かべた。
「勿体無いお言葉有難う御座います」
透様と名前を呼ばれ稲葉は居心地が悪そうに笑みを浮かべた。やめて欲しいといくら云っても透を呼ぶジプスの人達は透局長か、透様だった。ちなみにこの局長も厭だ。大和も局長と呼ばれることからややこしい上に現在の地位は稲葉が望んで得た地位ではない。力が全てのこの世界で稲葉は大和と同等、否それ以上の力を有してはいたが、別に望んでそうなったわけでは無いので居心地が悪いのだ。
せめて副局長などの肩書きに分けてくれれば良かったが、この提案も稲葉は大和と同列であるという大和の主張により却下された。
大和は年下の癖に生意気だと稲葉は時々思っている。
「稲葉をいじめるのはやめてくれ、困っている」
困る稲葉を見かねたのか揶揄うように大和が助け舟を出した。
「は、申し訳ありません、透様」
では、と辞す相手に何も云えないまま稲葉はそれを見送る羽目になる。
男が部屋を退出するのを見届けてから稲葉はパソコンを操作する大和に向き直った。
此処での稲葉の仕事はそれほど無い。あるとすれば悪魔の管理くらいだ。
多忙な大和と違いそれなりに時間はあった。
大和に云わせれば稲葉の管理する悪魔は並みの人間では制御できないのだから、それだけでも偉業ではあるらしかったのだがどうにも退屈である。
「大和もそのうち子供作るの?」
不意に稲葉は思ったことを口にしてみる。
思えば大和は峰津院家の直系であるし、実力主義の世界になった今家柄や地位、財産は関係なくなっても矢張り家系の存続は必要ではないかと思ったのだ。
大和は珍しく手を止め稲葉を見た。
考えてみれば稲葉も、もう十八だ。大学に行くことは出来ないが勉強やもっと先の将来のことを少しは考えなくてはいけないかもしれない。
大和は稲葉の疑問に少し間を置いてから答えた。
「そのうちな、誰かとは作るだろうな」
「ふうん、婚約者とかいないの?」
大和の家ならばありそうだったが、大和は首を振った。
「幼い頃は居たが、家柄ばかりが良くて力の無い相手だったのでな、ジプスを理由に断った」
「やっぱり居たんだ・・・・・・」
大和の話を聴いていると時々それ本当?と思うようなとんでも話がある。そういった話を聴くのは稲葉の楽しみでもあった。
稲葉の過ごしていた当たり前と大和の過ごしていた当たり前のギャップが面白いのかもしれない。
「霊力が高い女と、そうだな、迫か、菅野か、いずれかにそういう話も振るだろうな」
「ん?」
此処で稲葉は首を傾げる。
「どうした?」
「結婚するんでしょ?」
「婚姻は結ばないな」
どうも話がずれている気がする。
「どうして?」
「何故婚姻を?女など入れ物だろう、強い子が成せればそれでいい」
「好きな相手じゃないの?」
「好きな相手などいない、これまでも何度か契った」
「え?」
更に稲葉は凍る。え、あれ、何この子、この前まで十七歳だったよね、なにゆってんの?
という顔だ。大和は察したようでやや重い溜息を漏らした。
「念のため云っておくが流石にまだ子はいないぞ、できなかった」
「そう・・・・・・」
「誤解があるようだから云っておくが峰津院において婚姻し子を成すというのはあくまで強い血脈を守る為だ、好きな相手などと選べた試しはないし、それでも峰津院の為に身を捧げる女などいくらでもいる、幼い頃からそう教えられてきたし、十五の時には女を宛がわれた、そういうものだ」
成る程、別世界である。
稲葉にはそういう風にあるのが当たり前というのは上手く想像できない。
一般的な核家族の育ちでは無理も無い。それほど家族仲が良かったというわけでも無いが稲葉はごく普通の一般家庭で育ったのだ。
「迫か、菅野か、或いは医療班から報告されている霊力の高い女か、容姿の選択権くらいはある」
ああ、でも、と大和は言葉を続けた。
「迫にはお前がいいだろうな」
大真面目な大和の言葉に今度こそ稲葉は眩暈を覚えた。
「ど、どうして、、、」
「どもるな、どもるお前も珍しいが、迫はお前に好意を持っているだろう、だからちょうど良いのでは?」
なんでもないことのように大和はパソコンを弄りながら言葉を続ける。
重要と書かれた案件に返信しながらしている会話ではどう考えても無い。
「いや、好意ってそういうのじゃなくて・・・・・・」
考えてもみなかった、そもそも好意の意味が違うのではないかと思う。万一迫が稲葉に恋愛の意味で好意があったとしてもこれはちょっと予想外だった。
「好きな相手と番うならいいんだろう?」
「大和は好きな女性と結婚したいと思わないのかよ・・・・・・」
不意に大和の手が止まる。
そして、じ、と稲葉を見つめた。
「私は婚姻はしない、好きな女はいない、」
「少なくとも好意をもっている相手は?」
「それならいる」
「そういう人と一緒に居たり子供作ったら幸せなんじゃないの?」
霊力とか関係なく、と稲葉が言葉を足せば、大和は苦笑した。
好きかどうかなど考えたことは無かった。
セックスなどただの義務にしか過ぎない。
けれども今大和は初めて好きな相手と寝てみたいと思ったのだ。
「いや、それは難しいな」
「何?」
「なんでもない、こちらの話だ」
稲葉は男だ。大和も男である。
子供のことなど義務としか考えていなかったがこの時大和は初めて稲葉が女であればよかったのにと思った。
霊力も素質も、そして何より大和が好きな相手と云われて真っ先に思い浮かんだ相手だ。
考えてもみなかったが、稲葉が男であっても子は成せなくても契ることは出来るだろうかとその時初めて思案した。
稲葉を自分の元に繋ぎとめておけるのなら大和は何でもできるという自信はある。
男同士の遣り方も調べればわかるだろうが、否、気付いてしまったのだから大和はそのうち稲葉を抱くのかもしれない。
―抱くのだろう。稲葉と居ると奇妙な焦りを覚える。
閉じ込めて仕舞って、ずっと自分だけのものにしていたい。
叶うのなら今も仕事などさせずに居住区で、大和と稲葉しか入れないあの場所で眠っていて欲しいのだ。
けれども今はまだ駄目だ。逆に逃げられてしまうに違いない。
稲葉は相変わらず志島達とは連絡を取っているようだ。
捨ておいてもいいクズ達であったが稲葉が肩入れしている分、どう転ぶかなどわからない。
稲葉は油断できないのだ。
やっと手にしたのに逃げられては適わない。
稲葉を見れば目を白黒させていて、大和はそれがたまらなく可笑しかった。
その稲葉を抱くことを考える。
あの青い透明な目が慄え自分だけを見てくれるのならそれは酷く甘美な気がした。
退出しようとする稲葉を呼びとめ大和が云う。
「稲葉、そのうち迫と子を作れ、私も誰かと子を成す」
「へ?あ?」
稲葉が顔を真っ赤にするのがたまらない。
まるで子供のようだ。
自分より一つばかり年上で時に達観した部分もみせるというのに稲葉は大和の心を掴むのが上手い。
もう、と半ば怒りながら部屋を出て行く稲葉を見つめながら大和は想う。

「子を成せ、」
自分も子を成す、そして稲葉も子を成す。
自分の子が男なら稲葉の子はきっと女だ。そんな気がした。
そしたら今度はその子供を婚姻させればいい。
そして子ができれば今度こそ、血が混じって、その時こそ稲葉は自分だけのものになる気がした。
そんなことを考えながら大和は男と寝る方法について考える。


02:子供のはなし
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