あれから華弥は大人しい。
大和は華弥を見つめながら端末を操作した。
今度は部屋にも監視カメラを置いている。縛っても良かったが、華弥の奔放さも大和は愛している。
その華弥を縛るのは華を手折るようで胸が痛んだ。だからこそ監視とセキュリティこそ強化したが華弥を以前と同じように部屋で自由にさせている。モニタ越しの華弥はシャワーを浴びて出てきたようだった。
局員が運んできた珈琲を飲みながら大和は華弥と自分の関係性について考える。
華弥を自分の物にしたいのは大和だ。何度言葉で自分の物だと縛っても結局華弥は自由で、大和の手には負えない。
けれども大和は華弥を愛している。大和にとっての唯一が華弥であり、壊してでもその存在が欲しいと思うのも華弥だけであった。
すらりとした身体に、整った顔立ち、鑑賞に値する双眸、それだけでは無い。華弥は中身も優秀だ。類稀な霊力に、回転の速い頭、的確な判断力、その全てが大和を魅了した。ポラリスを倒したのも華弥が居なければ成せなかったとさえ今は思っている。
だからこそ大和には華弥が必要であった。この世で唯一大和の全て。
その華弥の本質は気紛れで傲慢で暴力的だ。出来るが故の退屈、強者故の孤独が華弥にはある。
大和はそれを理解できるつもりだった。けれども華弥は大和を拒絶する。
その癖、怒りに震えても大和を殺しもしないのだ。
「難しいな、君は」
だからこそ大和には可能な限り理性的に華弥に愛を囁くしか無かった。

一方の華弥は退屈を極めようとしていた。
矢張り大和は華弥を閉じ込める。以前より強固になったそれに華弥は苦笑した。
此処には何でもある。望めば大和は何でも華弥に与えるだろう。
華弥から見ればそれは大和の傲慢だ。華弥も傲慢であったが大和の論理こそ傲慢極まりない。
最初から大和は全てを持っている。大和にとってそうでなくとも、華弥から見ればそうだ。
大和は峰津院という家に生まれ、生まれこそ確かに選べ無いが、生まれた時から峰津院の義務と責任を負っている。
その代わり大和は全てを持っていた。最高の環境で本人が望んだわけでは無いかもしれないが周りから与えられたあらゆる物がある。だからこそ大和は市井の者をクズだと云う。大和は持って生まれた最初から与えられた物があまりにも多く、それを持たない者、知ろうともしない者をクズと云う。華弥にはそれが大和の傲慢であるように見えた。
生まれながらにして強者である大和と生まれながらにして何も持たなかった華弥とではあまりに違いすぎる。
その傲慢な男の愛とやらが華弥に向いていることを華弥は嫌悪していた。
正確に云えば華弥は大和が嫌いなのだ。
力ある者が世界の頂点に立つのは当たり前だというその思想に共感はできても最初から持っていた大和の傲慢が華弥を刺激する。
華弥は基本的に人を信用しない。利用することはあっても大地達近しい人間以外信じてはいない。
何故大和の手を取ったのか、と華弥は自問自答する。
大和は年上でも女でも無い。男で年下だ。この時点で華弥が大和を選択するという選択肢は消えている。消えている筈なのに何故大和を取ったのか。顔も何もかも全部好みでは無い。その筈だ。身体の相性が最高でも華弥は大和を嫌悪している筈なのだ。なのにこれほどまでに大和に惹かれていることを華弥は認めたくない。
認めるわけにはいかない。
「俺はお前が嫌いだよ、大和」
聴こえていればいいと思いながら華弥はソファに身を投げ出し、華弥の好むものばかりが用意された豪勢な食事が盛られた皿を机の上から落とした。
「知っているさ」
そう大和が呟いたことを華弥は知らない。新しく大和が室内に設置したカメラは音声も拾えるのだから当然であったが、大和は微笑みながら割れた皿を片付ける手配をした。
それから華弥にとって無為な一週間と二日が過ぎて、変化が訪れたのは昼のことだ。
大和とのセックスはある。ほぼ毎日あるそれは最初のように怒りで縛りつけるものでは無く華弥をヨくする為のものだ。
確かに大和とのセックスは今までのどの相手よりも心地良かったが、だからといってそれに溺れる華弥でも無い。それまでだった。
華弥が飽きないようにと大和はあらゆるものを用意したが、そのどれもが華弥には退屈だ。
いっそ大和の云うように最終戦争でも始めればいいのかもしれないと華弥が物騒なことを思い始めた矢先にこん、と一度だけ音がした。窓を叩くような音だ。
気の所為かと思えばどうも違うらしい。二十分程経ってから再び音がしたが、大和が駆け付けて来ないところを見ると通常では聞き取れない音らしかった。
勿論この華弥が軟禁された部屋には幾重にも結界が貼られている筈なので並みの悪魔であったら干渉できない筈である。
けれども華弥はそれに確信があった。
大地だ。三十六時間以上華弥の携帯の使用形跡が無いともう一つの華弥の携帯が鳴る。その携帯を大地に持たせたのは華弥だ。強力な悪魔を何体もストックさせていたからこれを破るのも容易いだろう。大和に気付かれずに行動に移すのにこれだけ時間を要したのだと知れた。華弥の携帯は今驚くことに華弥の手元にある。勿論封印されていて悪魔はおろかメールも通話も出来ないただの無機質な物であったので時計程度の役割しか果たしていなかったが、「気に入ってるから返せ」と華弥が云えば大和はそれを寄越した。
ならば此処に居る用は無い。カメラの死角に現れた悪魔の手らしきものを華弥は掴みその場から消え失せた。



「これも何度目かな」
追いかけっこのループ。華弥が逃げて大和が追いかけるその繰り返し。
大和は今、男の頭を踏みつけながら華弥に問うた。
「忘れた」
「君のそういうところが愛しくて憎らしい」
「殺すのは可哀想だからやめてやれよ」
「君にそう云われるほどの価値がこのクズにあるのか?」
「ゴミはゴミだけれど悪くはなかった、お前より」
そう華弥が煽れば大和は地面から槍のようなものを出して華弥の新しい男の足を貫いた。
悲鳴を上げる男の口を喉ごと潰そうかとも思ったが聞きたいことがあったので止める。
「耳障りだ、少し黙れ、クズ」
入口に居た男達も皆殺しにした。今度の華弥の相手はこの辺りで一番強いと云われた男のグループだ。大和はクズと呼んだ男の目線に屈む、男は唇を戦慄かせながらも殺す、と大和に繰り返し出来もしないことを吐いた。その暴言に大和は美しいと云える種類の微笑を浮かべ、「其処で座って見ていろ」と華弥に命を下した。それに華弥が従う義理は無かったが大和が連れて来たジプス局員に促されるままに椅子に座り、煙草を取り出す。華弥の隣に立つ局員が丁寧な仕草でそれに火を点けた。
大和はそれを確認してから優雅に男に問う。
「さて、君は華弥を抱いたな」
「ぐ、あ、知るか、」
「抱いたな」
大和が相手の片目を潰す。室内に男の絶叫が響き渡るがそれを気にした風も無く大和は男の顎を掴み問うた。骨が砕けそうなほど男の顔は軋んでいる。
もがこうと男は手を動かすがそれが邪魔だったので大和はナイフでその手を床に突き刺した。
「抱きましたぁ、っ、」
血を吐きながら云う男を見据え、大和は淡々と尋問する。
「どう抱いた?何度?どんな状況で抱いたのか細かく云ってみろ」
大和は何ヶ所も男の身体にナイフを突き刺し、男が答える度に一つづつ抜いた。
「そうか、誘ったのは華弥からか、華弥は良かったか?クズ」
ひゅう、と男が息を洩らす。出血が酷く大和の足元にまで血溜りが広がる。
「良かったか答える前に絶命して仕舞った、勿論、五回も君と交わったのだからイイに決まっているな」
立ち上がった大和は華弥に向き直った。
その向き合った華弥の眼に熱が籠っていることに気付く。
「そうやって私を煽って楽しいか華弥」
「楽しいよ、大和」
お前もやってみるか?と華弥が問えば大和が聲を上げて哂う。
「何度同じことを繰り返せば気が済む、いい加減私の手を煩わせるな」
「退屈だから」
「退屈で男を誘うか、この淫乱。騎乗位で何度も腰を振ったそうじゃないか、まるで盛りのついた猫だな」
「お仕置き?」
悪戯に笑みを浮かべる華弥の煙草を奪い大和はそれを吸う。
そして一度華弥の頬を打った後、その煙草を血溜りに捨て、華弥を連れて転移した。
「来い、華弥、望み通り仕置きしてやる」

「ほら腰を振れ」
「いっ、痛ぅ、く、」
華弥を縛り、先程大和が殺した男と同じ方法で華弥を抱く。
華弥は大和に云われるままに大和の上に乗り腰を振って見せた。
何度目か、もう数えるのも莫迦らしい『お仕置き』だ。
「私に仕置きされたくて逃げるのか、それとも男漁りでも覚えたか?」
淫乱、と罵れば華弥の中がきゅう、と仕舞った。
酷く腹が立つ、この華弥が大和にとっての唯一至高の存在が大和の手を逃れゴミにその肉体を与えるのが許せない。
例え戯れだとしてもそれは許せるものでは無い。華弥が大人しく大和の元にいればこうして手酷く犯すことも無かった筈だ、否、犯すことすら無いかもしれないというのに華弥は大和が連れ戻し、仕置きを終え、優しく手厚く世話をし始めると最初の内はぬるま湯に浸かるように大人しいくせにそのうち逃亡する。
「動いてみせろ、好きなんだろう?これが」
ぐ、と大和が突き上げれば華弥が啼いた。
「あっ、う、あっアアっ、」
びゅく、と音を立てて華弥が達する。崩れ落ちそうになるのを支えながら大和は下から華弥を突き上げた。
後ろで手を縛っているので華弥は大和に揺らされるしか無い。苦しそうな聲をあげながら必死に大和に縋ろうとして華弥は大和の肩を噛んだ。
「・・・・・・ッ」
大和の左肩に痛みが奔る。華弥が強く噛んだので血が出ているのだろう。
「っ、あっ、大和、」
泣きながら悲鳴を洩らす華弥は美しい。大和を捕えて止まない。
大和が華弥を捕えている筈なのに心はまるで逆だ。
それが口惜しい。大和にとって絶対の存在である華弥は大和の物にならない。
何度これを繰り返しても華弥は大和の手をすり抜ける。
「くそ、」感情の制御がきかない。華弥を前にすると大和の中のあらゆるプライドも理性も崩壊する。
何もかも華弥にしか意識が向かない。こんなにも欲しい、これほどの存在を手にできたのに、華弥が自分のものにならないこの苦痛。どれほど空しくても、それが華弥の意に添わなくても華弥が大和の手にあればそれでいい。
けれどもそれではだめだ。頭では大和もわかっている。
こうして華弥を追い詰めて捕えて犯して、その償いのように華弥に尽くす。
そして華弥は逃亡を繰り返す。何度も何度もこの繰り返し。
大和は衝動のままに激しく華弥を揺らした。
「あ、あああッ、いあッ、ッ!」
華弥の気持ち良さなど考えない乱暴な動きだ。けれども華弥は快感を拾っているらしく、痛みと快楽の中で絶頂を迎えた。
それに絞られるように大和も吐精する。
「・・・・・・っ、華弥、」
中に搾り取られるように大和が出せば華弥は荒い息を洩らしながら倒れこむようにシーツに沈んだ。
大和は埋めた自身を抜き、意識を飛ばした華弥の戒めを解いてやり、そっと涙が残る頬に触れた。
そして意識の無い華弥に恭しく口付ける。
華弥を横たえる為に大和が身体を動かせば華弥が噛んだ肩が痛んだ。
治癒すればすぐ治るであろうそれを、大和は治そうと思わない。
残ればいいとさえ思う。華弥が大和を求めた証としてずっとあればいいと願わずにはいられなかった。

「愚か者は私か、」
手にしたい、手にできない、ずっとずっとその繰り返し。
いつかそれに疲れたら、終わるのか、或いは華弥が終わらせてくれるのか、歪んだこの関係をどうすれば正せるのか大和にはわからなかった。
手元には華弥の煙草だ。安っぽいそのパッケージに手を伸ばし、大和は煙を燻らせた。


07:
追いかけっこ
のループ
prev / next / menu /