大和は華弥を部屋から出さない。
華弥は出ようと思えばいつでも出れたがそれを許容した。
大和の監禁はまるでぬるま湯のような世界だと華弥は思う。
二度目のセックスを誘ったのは華弥からだった。男が男に勃つのか正直理解できなかったが、実際やってみればそうでも無い。生理現象の反射のようなものだと漠然と思う。受け入れることに痛みがあろうと無かろうと華弥にとってはそれが新鮮だった。だから大和を誘った。慣れればそれほど悪いものでも無い。そんな大和との情事を思い出しながら華弥は云った。
「携帯返せよ」
食事を運んできた大和に煙草を灰皿に押し付けながら華弥が云う。
ご丁寧にも大和は華弥を誰にも会わせたくないのか、華弥が食べても食べなくても三食きっちり食事を自ら運んできた。
甲斐甲斐しいくらいのそれは傍からみれば大和が華弥の下僕にさえ見える。
「もう少しいい子にしていたらな」
「生意気」
「私は君の好みでは無い年下の男だからな」
嫌味のように言葉を足す大和に華弥は笑ってしまう。
そういう大和の子供染みた態度は腹が立つと云うより年相応で好ましく思えた。こういう時は純粋に年下として弄ってやりたくなる。
「煙草」
空の煙草の箱を大和に投げればストックのある棚を開けて大和が煙草を華弥に渡してくる。開けてと華弥が眼で訴えれば何も云わず大和は封を開き華弥に差出しそれから華弥の為に煙草の火を点けた。
華弥はそんな大和を観察するように、じ、と見つめる。
そして改めてこの軟禁状態とも云えるぬるま湯の中の監禁について考える。
華弥にしてみれば大和とのセックスは正直意外だった。
大和が華弥を繋ぎとめる為に殺すことは考えてもまさかこんな暴挙に出ると思わなかったのだ。
最初こそ腹が立ったが、この意外性が存外に華弥の探究心を刺激した。
勿論最初は無理矢理であったし堪らなく痛かった。
二度目を誘った時もあの痛みを思い出して華弥の身体が恐怖で慄えたくらいだ。
けれども、それ以上に華弥は大和が望む先を知りたくなった。
大和を捨てた華弥、それを追いかける大和、これはよくある構図だ。華弥も大和では無い他の誰かと幾度となく経験している。
けれども大和のそれは華弥の想像を少しだけ上回った。
同性に対してまさか強姦するとは流石の華弥にも想像できない。腕や足を取られるくらいは考えてもそれが性的なものに波及するなど想像できる筈も無い。
だからこそ華弥は大和を許した。肉体的欠損による害であったのなら華弥は大和と戦争しただろう。
けれども大和は違う。華弥の想像したどの答えとも違う答えを華弥に示した。
それが華弥の興味を引いたのだ。

「セックス、しようか」
誘うように華弥が大和を見れば大和は了承したのか、華弥が加えていた煙草を外し、それを二、三度吸ってから灰皿に揉み消した。
そして大和の影が華弥を覆う。
どうせ日がな一日することは無いのだ。携帯は大和に取り上げられ、部屋に軟禁状態で、望めばあらゆるものが手に入ったが、出ることは許されない。寝るかセックスか他にすることが無い華弥にとって退屈な空間だ。
そして結論から云うとセックスに於いて大和と華弥の相性は良かった。
既に身体の関係を持って四度、それから得られる痛みと快楽について華弥が出した答えはこれだった。この一つに尽きる。
大和が華弥に軽く口付ければ華弥は莫迦にしたような笑みを浮かべながらも大和を促した。
「もう一回してよ」
「華弥の望む通りに」
華弥は舌を絡ませ歯列を割って深く大和に口付ける。こうしていると互いの間を阻むものは何も無いのではないかという錯覚すら大和は覚える。
悪戯に大和を誘う男は大和にとって唯一の存在である。あの強姦から華弥は大和を拒絶すると思っていたが意外なことに華弥は大和を許した。
華弥に二度目を誘われた時に大和は大層驚いたものだ。まさか二度目があるなどと思ってもみなかった。大和とて華弥が大和の元を離れなければそんなことを考えもしなかっただろうが、こうして性的な関係を持った以上潜在的には華弥をそういう対象で見ていたのだろうとも思う。
華弥は大和にとって失えない物だ。
自分の手を離れることなど許せる筈も無い。逆に云えば華弥が手元にあれば大和は華弥に全てを捧げる心積もりである。その思いこそが華弥の心が離れる原因だとは華弥に溺れる大和には気付けない。
華弥に誘われるまま大和は華弥に溺れるしか無かった。
大和が華弥を味わっていた唇を外し、その細く白い華弥の喉を舐めれば「ん、ん」と華弥が色っぽい聲を上げる。
最初こそ聲をあげるのを嫌がったが今では華弥は聲を上げて大和を煽るのを楽しんでいる節があった。
「君は、魔性だな」
「魔性って言葉、普通使わねぇよ、」
「では何と云えば?」
「堪らないとかでいいんじゃないの?」
「堪らない、華弥が」
華弥が望むように大和が云えば、華弥はその綺麗な眼を細めた。
殆ど着ているとは云い難い華弥のガウンを大和は脱がし、華弥の肌を撫ぞるように隅々まで触れる。
大和は白い華弥の肌を隈なく探り、犯す。
優しく、けれども強く大和は華弥を支配する。
下着など華弥のこの生活では必要な筈も無く、大和は露わになっている華弥の下肢に触れた。
舌と指で、ゆっくりと与えられる感覚が華弥は嫌いでは無い。
「・・・っ・・・」
内腿に大和の唇が寄せられた辺りで華弥は身震いした。
大和はそんな華弥に気付いているのか、満足そうな笑みを浮かべ、華弥の中心に手を伸ばす。
「あっ・・・・・」
華弥は聲を堪えようと思ったが無理だった。大和が華弥のそれを突然口に含んだからだ。
自身を柔らかい大和の咥内に導かれ華弥は堪らず腰を浮かせる。すかさず大和が華弥の腰に手を入れる。
そして足を大股に広げさせられ大和に全てを曝け出すようなこの上ない屈辱的な体勢で大和に奉仕された。
「うあっ、あっ、ちょ、大和・・・」
「何だ華弥?」
今忙しいと云わんばかりに大和に舌で裏筋を追い上げられ華弥が背中を逸らした。触れられてもいないのに胸の突起も張りつめている。それを思うと恥ずかしい。恥ずかしさで身が焦げそうなのに、それ以上に大和の愛撫が華弥を刺激した。
じゅ、と中を吸われればもう駄目だ。筋を嬲るように煽られ、奥を弄られ、舌で追い上げられれば華弥の身体は簡単に根をあげる。
「あっ・・・くっ・・・!」
びくりと華弥の身体が慄え、呆気なく精が吐き出された。
大和は華弥の精を満足そうに口に含んで、飲み込まずに床に吐き出す。更に大和が舌と指で刺激を与えれば華弥は断続的に精を吐き出した。大和はそれを絶景と云わんばかりに見下ろす。
「いやらしいな、華弥」
「誰がそうさせてんの、」
「私のようだ、これから先も私だけだ」
堪らないと、大和は華弥の皮膚をなぞる。イったばかりの華弥の身体は慄えるばかりだ。
はあはあ、と吐息を洩らす華弥はその綺麗な眼から涙を零し、藍色にも見える髪をシーツに散らしている。
それが堪らなく扇情的で、大和は華弥が望むようにもう一度「堪らない」と口にした。
どうしたって人に慣れない誇り高き美しい獣、それが華弥だ。
その華弥が快楽に溺れて大和を強請る様は今この瞬間死んだとしても大和にとって得難い物である。
「く、あっ」
華弥の後ろに大和は指を入れた。もうこの行為も慣れたものだ。
「力を抜け、華弥」
「う、ッ、きつい、」
少し苦しいと呻く華弥の肌を宥めるように大和は触れ、此処数日で理解した華弥の感じる場所を大和が的確に突けば華弥は簡単に降参した。
「此処だろう?華弥」
「・・・・・・っ」
気持良いだろう、と意地悪に大和が囁けば華弥は悔しそうに唇を噛み、それから大和に口付ける。
この瞬間が大和には至高の物に思えた。あの華弥が快楽に屈し大和を求める様は最高に心地良い。
二度目以降、華弥の快楽を助長しようと大和は苦心したがその甲斐もあった。
華弥と大和の身体の相性は良い。男女ならまだしも、これほどとは大和も華弥も思っていなかった。
けれどもたまらなくこのセックスが互いに気持ち良い。
だからこそ大和は華弥を苛める。
華弥に欲しがられたい。大和こそが華弥にとって唯一だと云わせたい。例え房事の睦言であっても大和はそれが欲しかった。
この誰にも慣れない獣が大和を求めることは最高に気持ち良い。もっと欲しいと大和は華弥に云わせたい。
「お強請りはどうした?華弥」
「あっ、う、っ、アッ、うるせ、」
大和が指で中を抉れば華弥の萎えたものが固さを取り戻す。
「こんな風にされて喜ぶのか、変態」
淫乱、と耳元で囁けば華弥は一層啼いた。悔しさと快楽でその身体を震わせ大和を煽る。
指で弄る度に厭らしく揺れる腰と差し出されるように浮く胸が扇情的だ。
差し出された胸の突起を舌で突けば華弥はまた啼いた。女では無い筈のそれに大和はたまらなく興奮を覚える。
「お前も、変態だろうが、ッあっ、」
「まだ反論する余裕があったか、失礼した」
大和は指を抜き、一気に華弥の中に押し入ってくる。
十分に解れていない其処は悲鳴を上げたが大和は華弥が失神するのを許さなかった。
大和に口付けられ、喉を甘噛みされて華弥は大和に下から揺らされる。
「あっ、いっ、アッ、大和、」
痛みはある。どうしようもない、じんと刺すような痛みが華弥を襲う。
でもそれに堪らなく華弥は感じる。大和の凶器が華弥を刺すことが華弥には堪らない。
大和に与えられるのは痛みと快楽だ。どうしてもそれは痛みが先に来る。けれども華弥にとってそれで良かった。
それが幻想のものであっても華弥は構わない。この快楽で感じる情は幻想であり錯覚だ。この痛みこそが華弥の求める現実だ。
今でも冗談じゃないと思う。莫迦げている。男同士で、快楽と支配を競うようなセックスをしているのだ。どうかしている。とてもこれは正気の沙汰とは思えない。
けれどもこの痛みが、堪らなく好い。痛い筈なのに華弥は痛ければ痛いほどハイになっていた。
「華弥、私の華弥」
「アッ、うあッ!」
最高に気持ち良い。この痛みと快楽がごちゃまぜになった感覚に華弥は揺れた。
華弥の目の前の男は華弥の好みでは無い。年下で男で、顔は整っているが性格は妄執的で支配的な男だ。けれども華弥は涙でぼやける視界の中で大和に向けて手を伸ばした。
大和は思ったよりずっと優しい仕草で華弥を抱き寄せる。
しっかりとけれども細く洗練され締まっている大和の筋肉が華弥を包み込んだ。
そして揺らされる。華弥の奥まで行ったものが浅瀬へと引き抜かれまた強い力で押し入られる。
その強烈な痛みと快楽に華弥は大和の髪に指を絡ませ、息も絶え絶えに「もっと」と強請った。
「っ、や、もっと、強く、ッ!」
「そんなに欲しいか」
「あっ、いやだ、っ、うあッ、」
ずん、と一際深く大和に抉られ華弥が達した。痛みで達せる筈も無いのに華弥は大和から快楽を拾うのが上手かった。或いは大和が華弥の身体を華弥以上によく探究した所為かもしれない。
腹にまき散らされた華弥の精を大和は指で撫ぞり、それから華弥を抱えもう一度深く自身を穿った。
「・・・・・・ッ」
聲にならない華弥の悲鳴があがる。達したばかりだというのに大和はそれに構うことなく華弥を揺らした。
「もっと、と強請っただろう?華弥」
「あ、や、いやだっ、もっ、、アアッ、」
びくびくと慄える華弥を大和は愛しそうに腕の中に捕え、揺らす。
彼が自失するまでもう少し、そうすれば華弥は大和だけの物になる。
だからこそ大和はその絶頂に華弥を導くべく追い詰めた。
「いい子だ、そう厭らしく腰を振ってみせろ」
「あ、うっ、、ッ」
大和に詰られる度に華弥はぞくぞくする。腕を見れば鳥肌が立っているだろう。
この獣の交合のようなセックスは華弥を刺激した。
華弥が逃れようとしても大和がそれを許さない。
厭だと首を振る華弥を押さえつけ、あ、と思った時には大和の精が華弥の中に放たれていた。
熱い感覚が内部に広がって、抜いてと囁くように華弥が懇願すれば大和はいっそ優しいほどの甘い笑みを浮かべ、それからまた華弥を揺らした。簡単に許さないと云わんばかりの激しい動きに華弥は啼くしかない。
最初あった余裕も何もかも吹っ飛び、あとは大和に、もう許してほしい、厭だ、止めて欲しい、と懇願するに成り下がる。
そんな華弥を大和は見つめ、それでも逃がさないと云わんばかりに腰を押さえつけ、華弥が失神するまでそれを続けた。
「それがいいんだろう?華弥」
「あっ、う、あッ」
華弥が吐き出したものはもう殆ど透明で薄い。汗が滴り、堪らずにシーツに顔を押し付ければ大和が華弥の肩甲骨を噛む。その刺激と大和の激しい揺さぶりの果てに華弥は大和の熱を感じ、ああまたイク、と意識を手放した。


気付けば夕方らしい。
起きたのが何時が知れないが、華弥が窓を見る限りじきに夜のようだった。
ビルの最上階にいると、まるで世界に此処しか無いような気持ちにさせられる。
大和はシャワーを浴びてきたのか髪が少し濡れていた。
華弥はサイドボードに置かれていた水差しから水をグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
それから床に投げ出されたガウンを手に取ろうとしてそれが精で汚れていることに気付き、結局ソファにあった大和のコートを羽織った。
そしてソファに座り煙草を手に取る。
ライターを探そうといつもの場所を見るが見当たらず、少し首を動かせば、ライターを手にした大和が華弥の煙草に火を点けた。
「仕事?」
「溜まっているのでな」
「楽しい?」
「楽しくはない」
「辞めれば?」
「そうもいかない」
「つまんねぇ人生」
「そうでも無い」
噛みあっているのか噛みあっていないのか大和と華弥の会話はいつもこうだ。
「セックスは悪くないけど」
「それは光栄だ」
「俺、ジーンズ欲しい、新しいの」
「用意させる、明日でいいか?」
「今すぐ」
華弥がそう云えば、大和は携帯で誰かに連絡した。
あと一時間もしない内に手に入る全ての新しいジーンズが華弥の元へ運ばれるだろう。
此処には行動の自由は無いが我儘を云う自由は幾らでもあった。
「アイス食べたい」
「持って来させる」
何がいい?と問う大和に華弥は何でもいいと答え、ソファに沈み込んで天井に向かって煙を吐いた。
此処にあるのは、退屈とセックス、痛みと快楽、そして何でも云う事をきく男。
華弥は腹筋に力を入れ、座りなおした。
そして傍らで仕事をする大和に云う。

「ね、大和、俺飽きたらお前捨てるよ」
ぬるま湯の中で与えられるそれは幸福であったのか華弥にはわからなかった。


05:ぬるま湯の中で
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