華弥が大地の元からふらりと消えたのはその四日後のことだ。
案の定大地が電話してみるとワンコールで出たが「暫くしたら戻る」とそれだけだった。
彼は猫のように気紛れだ。
華弥の気紛れを知っているので大地は特に気にしない。あの強さがあれば世界を滅ぼすことはあっても死ぬことは無いに違いない。
だからそんな激変が華弥と大和の間に起こったとは大地は知らなかった。
知らなかったのだ。



「此処に居たか」
迎えに来た、と言い放つのは大和だ。
大地や維緒の居る志島のシマを離れて、華弥は知り合った男と共に居た。
目の前の男は本島と云う。下の名は忘れた。元外資系企業の役員で、インテリ層のすらりとした背の高い男だった。
華弥の傍らで椅子に座りノートパソコンで何かの作業をしている。
大和はその男を一瞥すると鼻を鳴らした。莫迦にするような仕草だ。
それに男が抗議の聲を上げ立ち上がる。
「失礼だな、君、だいたい迎えなど呼んだ覚えは・・・・・・うあっ」
男が大和の前に出ると同時に、押しつぶされるように本島が床に伏した。
「黙れクズ、私は華弥と話している、口を挟むな殺すぞ」
「やめてやれよ、そいつ結構使えるんだぜ」
「私には必要の無い駒なのでな、さて、戻る気になったか?」
「そう、だ・・・無礼だぞ・・・君・・・華弥くんに、っぐあっ・・・・・・!」
大和は床に伏す男の腕を足で潰した。何の感慨も無く大和は力を込めて足を振り下ろす。
自分で潰しておいて飛び散る血がさも不快だと云わんばかりに、大和は眉を潜めた。
「私の許可無く話すなと云ったろう、クズが、そんなことも理解できんのか」
「うああっ、」
悲鳴を上げる男をまるで汚物でも見るように大和は見下す。
華弥はそれを止めることもせず煙草に火を点けた。
「新勢力の樹立とジプスの崩壊を企んだらしいじゃないか、この男」
笑わせる、と大和は口端を僅かに歪めた。
「そうらしいね」
「君という玉を手にしたつもりなのだろうが、全く滑稽だ、そう思わないか、華弥」
はなび、と云う大和の眼には暗い炎がある。先日華弥が大和を捨てたことに余程立腹しているのだろうと知れた。
けれども華弥はその大和の眼を見てぞくりとする。射るような大和の憎悪が華弥には心地良い。
「俺は誰の物でも無い」
「いいや、私の物だ。この峰津院大和の唯一が君だ。志島は元気か?」
わざと煽るように云う大和に華弥が珍しく眉を動かした。
「大地達に手は出してないだろうな」
「志島ごときに何故私が手を下さなければならない、」
悠然とした仕草で大和が云う。わざとらしいその所作はまるで舞台の上の俳優のようだった。
「ああ、でもそれで君が私を見てくれるというのならそれも悪くないな」
大和は午后のお茶でもしようかと云わんばかりの微笑であるのに内容は空恐ろしかった。
華弥が戻らなければ大和は大地達を潰す心積もりなのだろうと知れた。華弥はそれに闘争心を刺激され大和を煽るように言葉を返す。
「戦争でもしようってか」
「君が望むのなら」
飽きるのは嫌だろう?そう微笑む大和に華弥が思わず一歩を踏み出す。
それがいけなかった。忽ち無数の悪魔が華弥を囲む。咄嗟に華弥も悪魔を呼ぼうとしたが悪魔に気を取られて懐に大和が来たことに気付けなかった。
「・・・・・・っ」
どっ、と鳩尾に衝撃を感じて華弥はよろける。華弥とて喧嘩慣れはしているが大和のそれはプロの動きだ。華弥が崩れ落ちる前に大和が壊れ物にでも触れるような優しい仕草で抱き留める。
「帰るぞ、華弥」
華弥が立ち上がろうにも衝撃が強くて胃液を吐きそうだ。くらくらする視界で傍らに伏す本島を見れば、血塗れで虫の息のようだった。先程大和が召喚した悪魔が群がっているからもう駄目だろう。心は痛まなかったが、面倒だ、と一瞬思いながら華弥は眼を閉じた。


気付けば室内だった。
移動した感覚が無かったので大和は華弥を連れて転移で移動したのだろう。
高い天井に上質の素材ばかりで囲まれた部屋は相変わらず豪奢で其処は大和が華弥の為だけに用意した王座だ。
ベッドに寝かせられていた華弥が上半身を起こせば傍らで仕事をしていたらしい大和が機嫌が良さそうな聲で「起きたか」と立ち上がった。
大和の言葉は酷く優しい筈であるのに其処には空虚で恐ろしい響きがある。
珍しく華弥は失敗したかな、と思う。
この手のタイプには華弥はあまり入れ込まないようにしていた。今まで付き合ってきた年上の女の中にも華弥を拘束したがる女は居た。華弥が何処で何をしているのか、誰と過ごしているのかを知りたがり、自分の仕事を蔑ろにしてまで華弥に入れ込む。そういう女が華弥は嫌いだった。
だから手酷く扱って捨てる。華弥は自分の人間関係のことで志島家の力を借りたことは無いが、大抵華弥のことを調べ上げると志島の影がちらつくのでしつこかった相手はそれで大人しくなるのが常だった。しかし此処は違う。大和と華弥が支配する世界であり、今此処には大和と華弥の二人しか居ない。
「もう一度云う、お前は私の物だな、華弥」
確認するように大和が云う。訊かなければいいのに、大和には華弥の意思というものが大事らしい。
華弥は大和の問いに周囲の者が見ればうっとりとするような微笑を浮かべて、「御免だ」と返した。
途端に、華弥の頬に張るような痛みが走る。
それで殴られたのだと知った。
大和に殴られたのはこれが初めてだ。殴られることに対して華弥は抵抗も嫌悪も無い。殴りたければ殴ればいい、一方的な暴力に華弥は慣れている。けれどもそれだけでは無かった。大和は最初の一発を殴った後、華弥の上に馬乗りになる。
「何だよ」
「君の綺麗な顔にこんなことをするつもりは無かった、済まない」
「殴っておいてよくも・・・・・・」
大和は華弥の腫れた頬を大事そうに包み込む。回復をしてくれる気は無いらしい。
「これは躾だ、そしてこれは仕置き」
大和が華弥に覆い被さる。口付けされていると華弥が意識したのは切れた口の中の血を撫ぞる大和の舌の感覚だった。
「・・・っ・・・」
切れているのだから痛い。頬もどんどん腫れてきているというのに大和は気にした風も無く華弥の咥内を堪能した。
抵抗しようにも心得ているのか華弥の身体はびくとも動かない。
大和の押さえ方は訓練された痛みのある拘束の仕方だ。
唇が離れた瞬間、華弥が大和の唇を噛めば血が流れた。大和はそれすらも気にした様子も無く、うっとりと整ったその顔に笑みを浮かべた。
「離せよ」
「御免だ」
先程華弥が大和に云ったように言葉を返される。
大和はゆっくりと華弥の上半身に指を這わせ、とんとんと指を動かしながらちょうど華弥の心臓の上で指を止めた。
「私は君を犯す」
「この野郎・・・・・・っ」
華弥が身動ぎしても遅い。
衣服を剥がれ、華弥が抵抗しようとして、大和がそれを上回る力で押さえつけ服を引き千切る。無理矢理強い力で華弥の腕を破った衣服で纏め、ジーンズのチャックを下し、あっと云う間に下着ごと下肢の衣服を剥いだ。
「・・・っ・・・うあっ」
そして間髪入れずに大和の指が華弥の中に入ってくる。何処かと云うと信じられない場所に、だ。
当然なんの用意も無しに排泄すべき場所へ大和は指を宛がっている。その痛みで華弥の喉が思わず引き攣った。
汚いとか、信じられないとか、あらゆる負の感情が華弥に渦巻いて爆発しそうになる。
大和は華弥を後ろに組み伏せ直して、更に華弥の中に埋めた指を深く抉った。
「殺す・・・・・・」
「君に殺されるのなら本望だ」
「てめぇの顔、潰してやる」
「如何様にも」
「頭おかしいんじゃねぇのお前、気持ち悪い、っ」
ぐ、と大和に中の指を増やされて、それでも先程より水音がすることから血が出たのだと分かった。
痛みで頭がおかしくなりそうだ。全身で華弥が拒絶しても大和は冷静に華弥を押さえ、拘束を緩める気配が無い。
せめて携帯があれば悪魔を喚んで大和を退けることは出来る。華弥は咄嗟に携帯を探すとベッドのサイドボードに置かれていた。
それに手を伸ばして身体を動かした瞬間、華弥の身体に激痛が走る。
「う、あ、あッ、」
大和が挿入したのだ。
酷い痛みが脳天まで駆けて、上手く息が出来ない。冷や汗とも油汗ともつかないような汗が全身から滴り落ちる。
苦しくて酷い圧迫感で、それでも華弥の中に大和が己の物をゆっくりと沈めて来ているのがわかる。
それでも携帯に手を伸ばす華弥を大和は上から見下ろし、そして今華弥を穿っている自身を深く沈めた。
瞬間、華弥はベッドに沈む。身体を縮こませて蹲るように呻き声をあげた。
華弥の携帯電話をサイドボードに置いたのは大和だ。こうなることがわかっていて敢えて置いた。
今、華弥は携帯にすら手が届かず大和に打ちのめされている。
「いい様だな、ッ、華弥、」
「う、あ、ッ」
苦しい、抜いて欲しい、何が何でも助けを乞いたくなる。
華弥は微かに「嫌だ」と聲を洩らした。大和はその聲さえ心地良いと思う。
例え華弥に向けられるのが憎悪であっても大和は満足なのだ。今こうして華弥を穿って、大和にも華弥にも痛みしか無いが、その痛みこそ華弥が峰津院大和の手にあることを証明しているようで心地良かった。
「何が嫌なんだ華弥」
「・・・・・・ッ」
大和に腰を掴まれ僅かでも動かされれば痛みで華弥が啼いた。
枕に伏した華弥の唇が震える。整った華弥の顔が歪み涙が溢れる。
「厭だ・・・ッ」
華弥は再度拒絶を大和に示す。しかし今この場でそれは聴き入れられることは無い。大和は今華弥の絶対者として君臨している。
こんな屈辱無い。この男と寝るなんて考えたことが無い。
華弥にしてみればたかが道が違った程度のことである。だから此処を出た。大和を捨てた。
けれども大和にとっては違ったらしい。大和は華弥を犯してでも自分の物にするつもりなのだ。
華弥はヘテロだ。もちろん大和もその筈である。なのに何がどうなっているのか、華弥は堪らずに唇を噛み締めた。
「やめろ、傷が付く」
背中越しに華弥を犯していた大和が華弥の行動に気付き、噛み締めていた唇を無理矢理大和の指でこじ開けられる。
これだけ人を傷付けておいて何様のつもりか、華弥は怒りと衝撃の入り混じった感情のまま咥内にある大和の指を血が出るほど噛んだ。大和は一瞬呻いたが何も云わない。程無くして華弥の歯が皮膚を破り大和の指から血が流れる。
華弥の口の中は大和の血で一杯だ。唾液と大和の血と挙句に下肢からも華弥の血が出ていて、どうやらこの男に犯されていて、何もかもぐちゃぐちゃだ。
血塗れの咥内が嫌で華弥は噛んでいた指を離せば大和の指の三本からだらだらと血が流れる。
華弥は唾液と血をシーツに吐き捨て、背後の大和を睨んだ。
「痛いな」
大和は痛みに顔を顰めながらも満足そうに血を払い、それから再び華弥の内部を犯す動きをする。
酷い痛みが走って、それから徐々に華弥の中を穿つ行為がエスカレートした。
その頃には痛みと吐き気と、怒りで華弥の気が狂いそうだ。
「うっ、あっ、あ、ッ」
厭だ、何もかもいやだ。女みたいな悲鳴をあげている自分も女みたいに華弥を扱う大和も嫌だ。
華弥の痛みを宥めるように大和が華弥の背中を噛む。肩甲骨や肩を歯型が付くほど大和は噛んだ。
それが痛いのに気持ち良い。それで痛みが引くわけでも無いのに、華弥は声が抑えられなかった。
「華弥、」
大和に囁かれると殺したくなる。こんな酷い仕打ちを受けるのならいっそ離別を告げた時に殺しておくべきだったとさえ思う。
けれども華弥の身体は自由にはならず、大和は華弥を犯す。
力で何もかもを蹂躙されて、抜いて欲しいと懇願する華弥に大和はいっそ美しい程の笑みを浮かべて中を暴いた。
「あっ、や、いやだッ、くあッ」
指で尻の穴を広げられ再び中に押し入られた時の絶望に呑まれるように、ただ涙を枕に押し付けるようにして華弥は悲鳴をあげた。
吐き出したのは大和だけだ。
この痛みの中、華弥が良くなる筈が無い。殆ど慣らしもせずに挿入されたのだ。酷い痛みだけが華弥を蹂躙して、痛みによる悲鳴だけが室内に響く。大和は少しだけ先程華弥が噛んだ血塗れた手と指で華弥の物に触れたが華弥のものは痛みで完全に萎えていた。性的興奮よりも痛みの方が勝るのだから当然である。けれども大和は華弥を犯し続け、見せしめだと云わんばかりに華弥の中に己のものを吐き出した。
三度ほどそれをされた後、華弥は意識を失った。

気付けば大和はいない。華弥はどうにか怠い身体を動かし、この広い部屋を見渡せば、ソファで大和が煙草を吸っていた。
この部屋に寝室は無い。ただ広い空間にベッドもリビングも、ダイニングも何もかもがあった。
身体を確認したが華弥の身体に傷は無い。頬の腫れも無いことから大和が治療したのだろう痛みも無かった。魔法様様である。治癒魔法がなければ数日は痛んだだろう。
ただ身体の傷は癒せても怠さや疲労、精神的消耗が回復するわけでは無いので動くのも億劫なほど華弥は辛かった。
けれどもどうにか華弥は身体を起こした。これは華弥のプライドである。大和にあれ程されたのだから正直まだ意識を失っていたかったが華弥はどうにか立ち上がり、傍らに置かれていたガウンを羽織った。ベッドを見ればシーツも何もかも新しいものに替えられている。
どのくらい意識を失っていたのかはわからないがサイドボードに置いてあった携帯が無いことから大和に奪われたのだろう。華弥には時間の確認のしようも無かった。
「気分はどうだ?」
「最悪」
掠れて喉が痛い。華弥の状態を確認して大和は後で医者を呼ぶと云った。
「寄越せよ」
「ああ」
煙草は華弥が吸っているのと同じ銘柄だ。何の変哲も無い、安っぽいパッケージのそれ。
何故大和がわざわざその銘柄にしたのか理由を訊くのも莫迦らしくて華弥は黙って大和を促した。
大和は華弥に一本取り出して華弥が加えたのを確認してから煙草の先端にライターで火を点ける。
それをゆっくり吸い込んで、華弥は息を吐く。二度三度それを繰り返してから犯された華弥よりも何処か疲れた顔をしている大和を見つめた。
「満足か?」
「仕置きだと云ったろう?」
「腹も立ったし、お前と戦争も考えた」
「ほう」
大和は書類から顔を上げて華弥を見る。
視線が交差したところで華弥は煙を大和に向けて吐き出す。
「俺、お前が嫌いだよ、大和」
「知っている」
「顔も性格も、全部」
「そうか」
「俺は俺の物だ」
「いいや、華弥は私の物だ」
「莫迦だろ」
呆れたように云う華弥に大和は僅かに笑みを漏らす。
「私が手放すとでも?」
「俺はお前を殺してでも出ていく」
「では矢張り戦争か?」
「でも、」
大和の言葉を遮り華弥は言葉を付け足した。灰は嫌味のように大和の手にした書類の上に落としてやる。
「まあ、退屈では無かったから少しは相手にしてやるよ」

大和は僅かに驚いた顔をし、そして書類に落ちた灰を払った。


04:歪んだ関係
prev / next / menu /