時こそ今は


しんしんと降る雪と辺りを彩るイルミネーションで
もうそんな季節かと、コートの釦を上まで閉め、
マフラーをしてから歩み始めた。
足元からじくじくと冷たさが染みこむ。
ヒートは白い息を吐きながら下宿へと雪を踏んだ。

「クリスマスねぇ」
試験も終わり、皆休暇で浮かれている。
普通の学生ならば今ごろ両手をあげて休暇を謳歌
するところだがヒート達のような所謂エリート陣の
人間には違った。一週間あるかないかの休暇である。
無論休暇には違いなかった。エリート陣の人間も
帰省したり旅行に行ったり、様々な学会絡みやゼミのパーティーに
出席したりと大忙しだ。俺も例外では無かった。
帰省にはお金がかかる、その為、田舎の母にカードと小さな
心ばかりのプレゼントを一緒に送った。
明日は医大絡みのパーティーでなんとか知人にフォーマルな
礼服を融通して貰い出席することになっている。
クリスマスの前後は勿論ボランティアで
通っている小児科でサンタクロースの格好をするのだった。
目の前の暖かそうなカフェではカップルが中睦まじくデートを
している。見ればあたり皆そうだ。
カップル・・・というものにも縁遠い貧乏学生の自分には
遥か彼方だった。
それでいて連想されるのがあの少し気難しい美しい友人の
男であるのだからたまらない。
サーフに最後に会ったのは10日も前だった。
歩いているだけで10人中10人が振り返る彫刻のような
美貌の友人である。休暇についてを訊きそびれていた。
今更ながらに後悔する。せめて少ない友人といえる彼に
クリスマスぐらい何かしてやりたいと思うのだ。


「どうも」
今正に頭の中で考えていたからだろうか、
サーフが目の前にいるような気がする。
夢だろうか、とぼんやり思ったが違った。
「サーフ!」
黒いダッフルコートにギンガムチェックのマフラーが
妙に彼に可愛く馴染んでいてそれを眺めて仕舞った。
それで気付くのが遅れたが現実にサーフは目の前に居たのだ。
何故、と問う前にサーフが笑いながら答える。
「紅茶の買出しだよ、ほら例のお店の」
包みを見せられて思い当たる。以前アッシーさせられて
行った店だ。サーフは飽くことなくまた紅茶を嗜んでいるらしい。
「時間ある?」
ヒートは時計を確認する。バイトの時間まではあともう少しあった。
先ほどぼんやり見ていたカフェをサーフが指差した。


カチャカチャと音を立てサーフが珈琲をかき混ぜる。
ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレもどきを
サーフは美味しそうに口に運んだ。
サーフが隣りに居るだけでヒートは先ほどまで
頭にあった「カップル」の二文字が消えていた。
何のことはない、この友人がいれば今のところ満足だった。
「お前はどうなんだ?」
ヒートが軽くミートパイを口に頬張りながら
自分のクリスマスの予定を云う。
サーフはスケジュールを記した紙を取り出し
読み上げた。
「明日がダヴェンポートとサリバン教授絡みの夜会で
明後日がニクソン・コラルドのパーティー、時間差で
心理学学会のもある。クリスマス当日は他3つほど
野暮用がね」
うんざりした口調の男は最近17になったばかりだ。
「全部大物じゃねぇか」
ヒートは不機嫌そうにミートパイを全部口にほおりこみ
珈琲を啜る。
「付き合いだよ、別に好きで行くわけじゃない、君こそ
多忙じゃないか」
珍しく拗ねた物言いのサーフに気付くことなく
ヒートは頭を掻いた。
「お前ほどじゃねぇよ、後はガキのボランティアだ」
小児科のボランティアを欠かさず行くヒートは子供達の
人気者だった。ヒート自身も子供好きが高じて悪い気はしない。
「ふぅん」
その後少し互いの近況と雑談と軽い情報交換をし
立ち上がる。サーフは寮に戻りヒートは直でバイトへと
向かう。
「良いクリスマスを」
物云いたそうに少し澱んでからサーフがヒートに
手を降った。ヒートはその時、クリスマスにせめて少し
逢えないかと誘わなかったことを後悔した。


サーフは何も云わない。
気の迷いだとキスをしたこともあれから触れてこなかった。
ヒートは無意識に唇に指をあてた。
雪の似合う友人を想いそのまま冬を踏みしめながら
イルミネーションに消えた。


「お久しぶりで」
にこやかに聲がかかる。
サーフはもう何度目かの挨拶にうんざりしながらも
笑顔で相手と握手を交わした。
「シェフィールド君、君の論文を見たよ、中々面白かった」
今度うちの研究室へ遊びに来て欲しい、という台詞まで
一緒だからたまらない。
老人ばかりのパーティーで自分は浮いた花だった。
サーフは相手が求めているのが頭脳ばかりで無いという
ことをしっかり見極めてから華やかなパーティーで
彼らの偶像通りの役を演じた。
「君が望めば何だって」
目の前の男は年の初めにあった男だ。
大手IT企業の代表だった。
性的な何かを要求せず、サーフの思うままに行動させる
人間とサーフは付き合った。
実際サーフの容姿だけで彼等は両手を広げてもてはやし
その頭脳に感嘆し、そしてそれを何か高価な稀少の美術品で
あるかのように扱った。
サーフはそんな何人かの「有力な知人」を相手に
微笑んだ。少しばかり生活に苦労をする友人を
思い出しながら。
「クリスマスは退屈ですね」
と語らった。


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