幸福の一節


試験後、チャイムが鳴って皆立ち始め教室がまばらになった処で
立ち上がると見知った顔の相手が手を挙げた。


「どうも」
手を挙げたサーフは相変わらずきっちりとした服装で、
少し薄めのカラーのサングラスを着用していた。
ヒートは頭上にあった自分のサングラスを掛けサーフの元へ
歩みよる。
「2週間ぶり、かな」
サーフの云うとおり会話を交わすのは2週間ぶりのことだった。
試験前の準備やらバイトやらで会うことも無かったので、
思えばヒートにとっては2週間ぶりに友人と会話したことになる。
「これ」
サーフが差し出したのは2週間前に貸した神経伝達関連の
レポートの入ったディスクだ。参考までにとサーフが持っていった
ものだった。
「ああ、何時でもいいのに」
ヒートは受け取り鞄に仕舞ってからサーフと既に人気の無くなった
廊下を歩き出す。
「メシは?」
「今から」
サーフの返答にヒートは少し考えて大学の外にあるカフェで
食事をすることを提案した。サーフは何処でも、と云い、ヒート
の後を付いて来る。


久しぶりに逢ったサーフは相変わらずで、
注文したホットドッグを摘みながら近況を話した。
「カンニングが出たお陰でさ、再試験だって」
最悪、と呟くサーフは珈琲に砂糖をどばどば淹れる。
疲れているのかはてまた更なる味覚混化を起こしたのか
それとも気付いていないのか砂糖が大量に注がれる。
ヒートは苦笑しながらも自分のブラック珈琲を飲み干した。
「何これ、甘い」
後者、サーフは自覚していなかった。
ヒートは呆れながらも自分のホットドッグを口に含んだ。
2週間ぶりに顔を逢わせた友人の顔は相も変わらず端整で
ヒートは知らずに見入っていた。
「聴いてる?」
「え?ああ、云、聴いてる」
無論聴いていなかったがまさか顔に見とれて聴いていなかったとも
云えず適当な相槌を打つ。
「じゃ、自転車出してよ」
「は?」
何処をどうしてそんな話になったのか、
思わず聲を上げたヒートにサーフは口を尖らせながら答える。
「だから、紅茶買いに」


何でこうなるのか、エッジウッドパークを越えた更に奥の
紅茶専門店までサーフを乗せヒートは自転車を奔らせる。
サーフは元々大変な紅茶党であるらしく、茶葉には相当の
拘りがあるらしい。朗々と背後で紅茶の品種を語るサーフは
全く以って呆れるくらい紅茶莫迦だった。
そのなんとか紅茶店になんとか茶園のなんとかファーストフラッシュとか
云う珍しい茶葉が入ったとかで俺はこうして自転車でアッシーをさせられている。
「其処を右」
サーフが指差す路を右に入る。
「次の交差点を左」
ナビゲーションは容赦無く坂を漕がせる。
「到着」
キキ、とブレーキをかけるとサーフが降りる。
ヒートが自転車を止めている間にサーフはさっさと店内へ入っていった。
店内は流石に紅茶専門店で紅茶しか無い。
サーフは既に顔見知りなのか、店員に聲をかけただけで店員が奥から
小さな包みを持ってくる。
「有難う」
サーフは代金を払い。店員に手を挙げヒートに外に出るよう促した。


「で、ご所望のものは?」
サングラスをかけなおしてヒートが問うと
自転車の後部に立っているサーフが「滞りなく」と満足そうに云った。
「今度淹れるよ」
「そりゃどうも」
確かに一駅どころでは無い距離を奔らされたのだ。
そのぐらいは当然といえば当然である。
機嫌の良さそうな聲で会話するサーフを後ろに
ヒートは再び自転車のペダルを強く踏んだ。

「やっぱ大学の寮舎まで送るんだな・・・」
サーフはにやりと笑い。肩に置く手に力を篭めた。


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