番外05:夜中

夜の帳が下りる。
此処は宇宙なのだから昼も夜も無いが、地球時間では夜だ。
そういった暮らしを宇宙に出ても高杉の艦は守っているらしいので神威もいつの間にかその認識に慣れて仕舞った。
だから今は夜。
傍らに居る高杉は寝入っている。
否、正確には高杉は殆ど眠らない性質だ。
だから『情交で気を遣った』が正しい。意識を失ってブラックアウトしているだけだ。
高杉との激しい欲の混じった情交も神威は好んでいたが、こうして穏やかな時間を過ごすことも神威は好きだった。
常にある高杉への殺意と情欲の入り混じった破壊衝動とは全く真逆の感情だ。
高杉とのセックスはいつも神威を狂わせる。その心地良さはさることながら、繋がっている最中にこの男を殺したら、神威が少しでも力を籠めれば高杉の首は簡単に折れる・・・或いは、この男の四肢を折って、己の艦で誰の手の届かないところまで攫ってしまえば・・・そんな欲が綯い交ぜになる。いつもいつも狂いそうになる寸でのところで神威は踏み留まった。
そして高杉の身体に没頭するように、欲に溺れるのが常だ。
けれども、此処に別の感情がある。
こうして傍らで意識を失った男を腕に抱いている時に、或いは時々高杉から口付けられるその瞬間に、酷く尊いような、失えないような何かを神威は感じる。
( 他の誰にも、何にも感じたことがなかった感覚だ・・・ )
かつては知っていた気もするが忘れてしまった。
思い出せそうなのに思い出せない感覚・・・。
何故か高杉に対してだけはそういった感情が神威に発露する。
それがどういうことなのか神威にはわからない。

( 俺は晋助をどうしたいのか・・・ )
殺したいのか、欲望のままに捕えて意のままにその身体を犯して高杉をこそ狂わせたいのか、それとも世界に己だけだと、高杉の全ては神威だけであると知らしめたいのか・・・それとも別の何かなのか・・・。
( わからない・・・ )
わからないが、それでもこの男の全てを手にしたい。
手にしたうえでこの至高の男を己の腕で包んでやりたいとも思う。
( 今こうして抱いているように・・・ )
眠っている間だけ、正確には意識を失ったこの瞬間だけ、神威は高杉を想うままに抱き締めることが出来た。
最初は壊さないようにおずおずと、そして壊れないことがわかると高杉の匂いを感じて、神威は安堵する。
高杉が意識を失っていて、神威が起きている間の僅かな時間しかこれは出来ない。
高杉の夜の本質が此処にある。
この時間が神威は好きだった。
いつも、神威には高杉を抱き締めることは出来ない。
それは無意識に高杉を殺すことを恐れているからだ。いつか妹がペットの兎にそうしたように、己が無意識に高杉を殺して仕舞うのではないかと恐れている。
こんなところでこの男を死なすなど勿体無い。
勿体無い、もっと遊ぶのだ、この男は俺を退屈させない。
高杉を知ってからの神威は退屈とは無縁だ。
それだけで価値がある。
( それだけ・・・? )
( 本当に? )
それだけだろう?
他に己と高杉の間に何がある?
それだけに違いない。
だって他の感情など己が知るわけがない。

人の振りをした獣が神威なら、獣の振りをしているのが高杉だ。
真逆の二人。
種族も、生き方も、何もかも違う。
それなのに知って仕舞った、出遭って仕舞った。
( 俺はこれが欲しい )
それでいい。
それ以外の細かな理由など神威にはわからない。
その感情の在り処でさえ己は理解できない。
けれども彼を抱く神威の手は優しく、その眼は縋る様に切なく、寝入る男はそれに気付かないまま、夜は更ける。

「あんたがずっと眠っていてくれればいいのに・・・」

この穏やかな夜を、悪夢を見ない暗闇をこの男に与えてやりたい。
それこそがこの男の唯一の安寧だと神威は知っている。
情交が激しいのはこの男をこの暗闇に墜としたいからなのかもしれなかった。
そして己はこの男をそっと抱き締める。
とくとくと、ひっそり息づくこの男の鼓動が己の腕にあるのなら、それでいい。
此処には安堵と甘い真綿で包んだような夜がある。
叶うのなら其処でずっと眠っていて欲しいと、叶わぬことを願うのは無理も無かった。

「そうすれば、俺は・・・」

言葉は闇に溶け、そして僅かに身じろいだこの男の眠りを覚まさぬよう、今度こそ神威は口を噤み、そっと男の髪に口付ける。


真綿で包んだ夜の名を愛だとは知らなかった。
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