※桂→威高。「18:駄目な大人」続き。


蹌踉めく身体をどうにか起こして高杉が申し訳程度に身形を整えて宿を出たのは朝靄が立ち込める頃だ。
桂は高杉が身支度しているのを知っていたようだが敷布の上で背を向けたまま聲をかけて来なかったので、高杉はそのまま何も云わずに宿を出た。
「・・・っ、ヅラの癖にヤリやがって・・・、」
下着を着けているとはいえ、下肢が気持ち悪い。
高杉の中で精を漏らすようなことを桂は基本的にしない男だったが今回は珍しく箍が外れて仕舞ったらしく高杉の中に注いだ。
それをおざなりに掻き出して宿を出たものだから僅かに体内に残ったものが気持ち悪いのだ。
迎えの小型艇が来ている筈だ。風呂に入る時間も無かったから旗艦に戻ったらまず風呂だ、と考えながら高杉はぎしぎしと痛む身体を引き摺る様に歩いた。やたらと霧の深い明け方だ。人の少ない道を通っているとはいえ猫一匹いない。
「・・・ッ、」
痛みに首を摩ればそういえば桂に噛みつかれたのだということを思い出した。
血は出ていないがこれでは痣になっているだろう。
まったくツいていない。厄日だ。
久しぶりに気が向いて桂の下を訪ねれば何が気に入らないのか、桂に火を点けて仕舞った。
( 原因は、わからないでもねぇが・・・ )
原因はわかっている。神威だ。桂の前に一度だけ共に姿を見せた神威。
それが桂を刺激したのだろう。それもわかる。
わかるが今更どうしようも無いことだ。桂と高杉の関係は高杉に云わせれば最初から終わっている。
高杉と桂の間に何かがあったとすれば一番最初、攘夷時代あの汚い寺で寝たあの最初の一回だけだ。
その時、桂は高杉に口付けようとして躊躇した。迷いを見せた。高杉に己の感情を押し付けていいものかどうかと一瞬躊躇した。桂はそれをすっかり忘れているようだったが、それを察した高杉は桂とは口付けないと決めたのだ。身体は求める癖に口付けを躊躇する桂の弱気を高杉は責めない。今更だ。それにあの時桂のその想いを利用したのは高杉でもある。お互い様の筈だった。なのに今は口付けを拒めば首に噛みつかれて、高杉からすれば堪ったものでは無い。
そんなことをつらつら思いながら霧の中進めば目的地へと辿り着いた。
その先に見知った影を認めて高杉は片方しか無い眼を細める。
居る、とは聴いてなかった。
先程通信した時は少なくとも居なかった筈だ。
「神威・・・」
「仕事が早めに終わったんだ、だから迎えに来たんだけど・・・」
やばい、と咄嗟に思う。
何がやばいのかわからないが、高杉は本能的に神威と距離を取った。
「・・・ッ」
( 遅かった・・・! )
思いもしない速さで神威に捉まれる。まるで野生のような動きに一瞬高杉の抵抗が遅れた。
遅れたが最後神威に捩じ込むように腕を握られびくりとも動かせない。
「これ、何?」
神威が問うているのは首の痣のことだ。
「噛まれたんだよ、」
「ふぅん」
厭な、予感がする。
まずいなと思った時には神威の鼻先が首元の痣に埋められていた。
「ッ、痛、ってぇ」
ピリ、とした痛みが奔って神威に痣を噛まれたのだと知る。この痛みから恐らく血が出ているだろう。
けれども神威は高杉の腕を掴んだまま、尚も深く高杉の匂いを嗅いだ。
「何してやがる・・・いい加減に離せ・・・」
眼が合った瞬間、嫌な予感は確信へと変わった。
神威の眼が野生の獣のように細められる。
「俺はね、高杉、別に高杉が誰と寝てようが遊んでいようが何かの目論見であろうが、目の前に相手が居てアンタと褥で媾って無い限り相手を殺すことなんて無いし、その程度にはアンタを尊重しているつもりだ」
でも、と神威が高杉を掴む腕に力を籠めた。
「・・・ぐ、」
思わず高杉が呻く。みしみしと骨が軋み神経が鳴るような心地がして嫌な汗が身体中から噴き出る。
「これは駄目だよ、見逃せない。俺以外の男に痕を付けられて、俺以外の男の匂いを匂わせて、」
「勝手に来たのはてめぇだろうが、ッ」
地雷だ。地雷を踏んで仕舞った。
神威が度々高杉の地雷を踏むことはあったが高杉が神威の地雷を踏んだのはこれが初めてだろう。
神威の眼が獲物を狩る眼に変わっている。
「いつもは何も云わない、俺はそんな高杉が好いと思っているから、でも今日は駄目だ、俺はこれが許せない」
神威に引き摺られるように高杉が来た小型艇では無い船に押し込められる。
勿論、神威とて旗艦は大気圏の遥か上空だ。戦艦を地球に下ろすより小型艇で移動する方が目立たないし移動が楽だ。
高杉の小型艇には高杉を預かると通信を入れて問答無用で神威が高杉を己の小型艇へと押し込む。
そして狭い移動用の船内で神威は高杉の衣服を剥いだ。
「ちょっと、待て、てめぇまさか此処で、」
「黙れよ、」
此処でなんて冗談じゃない。衝立があっても前の席では神威の部下が船を運転しているのだ。思わず本気で抗いながら神威を止めようとするが神威はびくともしない。
高杉の抗議をいつに無い強引さで押し退けて神威は高杉の身体を乱暴に弄り、中に残った桂の吐き出した残滓を見咎めると火が点いたように高杉を神威自身で苛んだ。
( やっちまった・・・ )
今日は厄日だ。昨日から最悪だ。
常ならば風呂に入る余裕もあったから別段問題無かった筈だ。桂も淡泊な男であったし、然程情交という程でも無い交わりだった。桂と高杉の間にある情交はどちらかというと存在確認に近い。性的なことはすれど性的なことからは程遠い感覚だった。だから高杉は油断していた。常なら大丈夫だったのは神威の忍耐だ。神威は高杉の行動や生き方を尊重する。だからこの関係は成り立っている。けれども所詮これは野生の獣だ。
神威は野生なのだ。高杉とは種が異なる。人間の姿をしているから失念していた。
油断したのは高杉なのだ。
これは雄だ。
高杉が別の匂いを色濃く付けてくればマーキングをし直さなければ気が済まない。
高杉とて己が神威の所有物だとは思ってもいないし、神威自身も高杉をそうしたいと思ってはいてもそうしないだろう。
でも本能では違う。本能では神威は現在、高杉を己のものとしてマーキングしているのだ。
其処を高杉は刺激して仕舞った。他の雄の匂いを濃厚につけてくれば神威が目の色を変えると気付くべきだった。
現に神威は今我を失ったように、怒りと苦しみを綯い混ぜにした表情で高杉を揺さぶっている。
慣らしもしないのにすんなり入ったのは昨夜、桂を受け入れたからだがそれも神威には気に入らないことなのだろう。
乱暴に中のものを掻き出すように己のもので上書きしてくる。
「う、あっ、」
滅多に漏れない高杉の悲鳴があがる。
( 冗談じゃねぇ )
人が居る。いくら神威と高杉の関係が周知のものでもこれは厭だ。
高杉が抗えばいつもの神威なら止まる。止まる筈なのに今日は駄目だ。
神威の鎖が千切れて仕舞った。直ぐ様、高杉に付いた匂いや精を己のもので塗り替えることで神威の思考が埋まって仕舞っている。
これは雄だ。理性より本能の方が上回る獣。夜兎とはそういった種だと高杉は思い知らされる。
それに気付いても遅い。神威は律動を止めない。
「っ、う、クソ、」
強引に責められると苦しい。苦しいが此処まで強引な神威に圧倒される。
揺さぶられれば確かに痛みの中に快楽を拾う己が恨めしかった。
近頃では一番よく知っている互いの身体だ。暴走していても神威は高杉の好い処を激しく突いてくる。
突かれれば駄目だ。
駄目になる。
じりじりと競りあがってくる感覚に高杉の身体が収まらない。
「うあッ、アッ」
びくりと高杉が感じ入れば神威が容赦無く高杉の中で果てた。始終神威が無言なのも威圧的で堪らなかった。
神威が果てるには果てたがこの一度で終わる筈は無い。予想に違わず神威は高杉を背中から襲う様に脚を広げさせ再び押し入ってくる。
「っ、う、ッ」
( クソ、旗艦に戻るまではこれか、 )
文字通り神威は高杉を己の旗艦に連れ帰るまで犯した。
「はっ、あ、あッ」
「高、杉ッ、」
この数時間で、ごぷりと溢れるほど神威のものを吐き出されて正直意識が保てない。
けれども高杉はなけなしの自尊心でそれを保った。
神威の律動は未だ止まない。数えるのは途中で放棄したが未だ高杉の中を神威のものが抉っている。
何度も何度も擦られて痛みがあるというのにそれでも神威に突かれれば高杉の腰が慄えた。
いつもは神威は高杉の望むようにセックスをする。けれどもこれは最初に神威が高杉にしたような神威だけが気持ち良いセックスだ。それでも回数をこなして互いの経験値があるだけに最初の頃より格段に快楽を拾う。それが高杉には恨めしい。我を忘れるような激しい神威の責めについに高杉の方が根を上げた。無尽蔵の体力がある夜兎の若い肉体に勝てるわけが無い。
けれども船のエンジンが停止する音が聴こえて旗艦に着いたことを知る。これでやっとこの責め苦から解放されると思った高杉が甘かった。
「着いたって、」
「早く、抜け、、っ」
押し倒されて無理矢理押し入られて、神威に掴まれた腕は痣になっている。それでも痛めなかったのは神威がギリギリの理性を発揮したからか。神威を退けようとするが、ぴくりとも動かない夜兎の顔を見て高杉はその残った片目を見開いた。
「ってめぇ、っ」
中で神威のものが一層固くなったのだ。
その眼は野生のままだ。
「ごめん、好きなだけ殴ってもいいから、止められない」
ぐい、と腰を持ち上げられ神威に脚を抱えられるような体勢になる。自身を支えるものが無くてそのまま身体が重力に伴い沈む。
自重で深く神威を咥えこむことになり高杉の悲鳴が上がった。
「うあ、ああっ」
必死で神威の首に手を回す。するとそうして神威に縋る高杉を抱え、さも大事そうに神威が高杉に唇を寄せた。
けれども深く神威の切っ先が高杉の奥を刺激して頭が真っ白になる。もう駄目だ。意識を保っていられない。
船のハッチが開く。最悪だ。神威のものを咥え込まされたまま、こんな状況で、止めさせるべきなのに。
其処で高杉の意識が途切れた。
気付けば神威の部屋だ。見知った天井にそして未だ己の中から出て行かない底無しの夜兎の莫迦息子に嫌気がさす。
一度も抜いた気配が無いということはどういうことか・・・考えたくも無い。
神威がどうやって意識を失った高杉をこの部屋へ運んだかなど、事実関係を考えたら神威を殺してしまいそうだ。
( やっぱ、殺すか・・・ )
もう自棄になって全部清算したい気分だ。この餓鬼も桂も、畜生、厄日だ。
確かに高杉も悪いが全体的に間が悪いったら無い。畜生。
厄日だと思うのに眼の前で高杉を未だ揺らす怪物の顔を見ると高杉は言葉に詰まった。
「なんで、だろう・・・」
何でだろうと神威は困り果てたように云う。既に神威の理性は戻っている筈だ。なのに神威は高杉の指に己の指を絡め苦しそうに呟く。
「止まらない、止まらないんだ、アンタが違う匂いをさせてから俺の中はどうしようも無く荒れ狂ってる、それがどういうことなのか俺にはわからない」
何度考えてもわからないのだと、餓鬼は云う。
「わからない、わからないんだ高杉、これが何なのか俺にはわからない、知らない」
わからないと高杉を揺らす神威に意識を奪われそうになりながらも霞む片目の視界でその男を見遣る。
珊瑚色の美しい髪を揺らすクソ餓鬼。青い瞳を湛え白磁の肌を持つ獣。
必死に高杉を求めるそれ、それを視れば今すぐにでもこいつを抱き締めてやりたくなる。
( 噫・・・ )
揺らされながら想う。
お前のそれは嫉妬なのだと、己は云えない。
狂いそうな程の怒りと悔しさ、それでも尚絶えぬその情熱の名を高杉は知っていたが云えなかった。
激しく罰の様に獣に突かれながら酷い痛みと快楽に追い詰められながらも思わず口にして仕舞いそうになる己をどうにか叱咤して、高杉は唇を戦慄かせる。
「俺は、あんたをどうしたいんだろう、」
「くっ、アッ、アアッ」
突かれれば地獄の快楽がある。
痛みが快楽か快楽が痛みなのか最早わからない。
けれども己は決して口にすまい。
これが情だとは決して云うまい。それが遠い昔に高杉の内にあったものの一つだとは決して告げまい。
震える脚で神威を受け入れながら高杉は想う。
答えを与える代わりに互いの舌を絡め口付けながら、この愚かで狂おしい獣を想う。
教えて仕舞ったら最後この関係を認めて仕舞うようで、この行為の根底にあるものを晒してしまうようでそれだけは云えない。
云ったら最後、堕ちて仕舞う。
認めない。認められない。云ってはいけない。
堕ちて、仕舞う。

( 何処へ? )
何処へ堕ちるのか。
何処へ逝っても地獄だというのに、これ以上何処へ逝くのか。
それでも狂う、狂って逝く。
地獄のような媾いの快楽の底で、真実を見付けて仕舞う。
嫉妬というその荒れ狂う感情が何を意味するのか神威が理解してはいけない。
神威が理解したら最後、高杉は遂に認めなければならなくなる。
そうすれば俺は狂って仕舞うと想いながら高杉は神威に貫かれながらその獣の背を抱き締めた。


19:嫉妬という地獄の真意

お題「色狂い」

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