※威高前提の桂高。連作短編「10:厭な話」の続きっぽいです。 気紛れに宿に顔を出した高杉の姿に桂は驚きを隠せない。 「どうしたァ?待ってたのは手前だろうに」 そんな桂の様子に呆れたように高杉が聲を漏らした。 久しぶりに聴くその低い聲は桂の耳に馴染む。懐かしい聲だ。 そうして漸く桂はこれが夢では無く現実として目の前にこの男が居るのだと実感した。 「酒でも飲むか?」 桂の言葉に高杉は無言で頷き、刀を脇に置いてから桂が差し出した猪口を受け取り中の酒を一気に煽る。 「来るとは思ってなかった・・・」 蝋燭の明かりが揺れ、年代物の壁に互いの影が揺らめく。 桂も高杉も電気はあまり好きでは無い。必要であれば使うが普段の自分の生活の中では古い道具を好んだ。 この宿もそうした桂の好みで使っている。未だにこうした古い道具を置いている宿は少ない。 「てめぇが決めたんだろうが、来ちゃ悪いか?」 そう、決めたのは桂だ。毎月、決まった日にこの宿で待つと高杉に告げた。 桂も高杉も追われる身だ。自由に過ごせる場所も時間も少ない。それでも互いが来れる時に訪れて会うことが出来れば一夜を共にするのが互いの暗黙の了解となっていた。 そして今日は珍しく高杉が桂の下を訪れたのだ。 闇に紛れてふらりとやって来る様はまるで猫のようだと桂は想う。 目の前の高杉は忙しいのか少し窶れた様だ。 「春雨とはまだ組んでいるのか・・・」 桂の問いは暗に以前春雨内であった悶着のことを指しているのだろう。 もう片付いたことだ。情報が少し遅い。阿呆提督は死に、新しい提督が就任した。 「それがどうした?」 何でも無いことのように酒を煽る高杉に桂は苛立つ。 待っていたのは桂の方なのだから高杉がこうして此処に顔を出したことを喜ぶべきだ。 喜ぶべきなのだが内心は些か複雑だった。 以前、一瞬だけ会ったあの子供。珊瑚色の髪の子供のことが桂の頭から離れない。 第七師団の団長であるという夜兎の男だ。 高杉に執心していた様子のあの子供。 それだけで桂はあの神威という子供が高杉に対して己が抱く感情と同じものを抱いているのだと悟った。 相手は天人だ。有り得ない。あの高杉があんなものを傍に置く筈が無い。 あったとしてもそれは彼の世界を破壊すると云う目的の為だと頭でわかっていても桂にはどうしてもそれが割り切れなかった。 割り切れないのなら高杉と逢うのを止めればいい。何度も銀時にも云われていることだったがそれも己には出来ない。 桂が逢わないと云えば高杉は二度と来ない。此処に来ることは無いだろう。そうした方がいいとわかっているのに今更、ずるずると関係を続けたまま、終わりを口にする勇気も己には無いのだ。 ( 無様な、ことよ・・・ ) 無様だ。惨めで遣り切れない。 それでも高杉を此処で待って仕舞う己が憎らしい。 そして高杉はもうあの子供と寝たのではないかという邪推をして仕舞う自分自身も厭だった。 「気に入らねぇならやめりゃいい」 暗に逢うのを止めろという高杉が憎い。 桂の想いを知っていて云うのだ。 酒を煽りながらも残った片目で己を射抜くこの男が桂はずっと好きだ。 ―初恋だった。 恐らく今もずっと桂は高杉に恋している。 何故こんな男をと思うが、子供の時分から好きだったものは替えようが無い。こればかりは桂にもどうしようも無かった。 己のこの様に異常ではないかと悩みもしたが、それでも桂にはどうしようも無かった。高杉だけが桂は愛しい。 「よくもそんなことを・・・」 己の気持ちを知っていて挑発するようなことを云う高杉が憎い。憎いがそれもまた桂は愛している。 高杉が求めているのはあの人だ。いつもあの人だけ。 それはいっそ信仰に近かった。高杉は幼い頃から先生しか見ていなかった。 だからこそ桂は高杉への想いが自分に返されなくても良かった。 けれどもあの夜兎は別だ。あの青い眼を見た時から桂は酷く苦々しい心地になって居た堪れない。 あの何もかも見透かすような空の蒼を湛えた目、ともすれば高杉を己の前から奪って仕舞うのではないかという予感。 そう、厭な予感なのだ。 だから桂は常ならば訊きもしないことを高杉に問うてしまう。 今この時間だけでもこの男と過ごせることを良しとすべきなのにどうしても口にせずにはいられなかった。 「・・・あの子供とは寝たのか」 子供とは神威のことだ。高杉はそれを察したのか、く、と笑みを浮かべそれから酒を手酌で注いだ。 徳利が二本簡単に空いて仕舞う。 ゆらゆらと蝋燭が高杉の影を一際大きく壁に映した。 「・・・寝たと云ったら?」 咄嗟に高杉を押し倒したのは桂だ。 怒りと、色んな感情が綯い交ぜになって頭が真っ白になる。 高杉は誰の物でも無い。強いて云うのならあの人のものだ。高杉を好きなのは桂であって高杉が桂を好いているわけでは無い。 それもわかっている。それでもカっとなる。 「それで、この身体で誑し込みでもしたか、ッ」 ぐい、と高杉の下履きを無理矢理剥いで指を入れる。 渇いた其処に咄嗟に己の猪口に残っていた酒をかけて痛みに顔を顰める高杉を無理矢理力で押さえこんだ。 「痛ぇよ、ヅラァ、ッ」 ひひひ、と狂ったような哂い聲を漏らすこの男が憎らしい。 桂は碌に慣らしもせずに己の切っ先を高杉に埋めた。 悲鳴があがる、畳を高杉の爪が掻き毟るが桂の激情は収まらない。 「高、杉ッ」 何度も何度も擦りあげて生々しい肉のぶつかる音を部屋に響かせて、眼の前の男を追い詰める。 追い詰めれば苦しそうに高杉の息が漏れた。 思わず桂が高杉に口付けをしようとして逸らされる。 それが悔しくて桂はその首に噛みついた。 ( 違う、こんなことを、したいわけでは無い ) 優しく、して遣りたいのだ。 桂は狂おしい激情の中にある己の本音に泣きたくなった。 高杉を激情のままに揺らしながら、息が詰まりそうに高杉が喘ぐが、本当に息が詰まりそうなのは桂の方だ。 この関係に、この時間に。 「どうして、こんな風になって仕舞った・・・」 「痛っ、知る、か、よ莫迦」 苦しげに聲を漏らす高杉を見て桂は居た堪れない気持ちになる。 そうではない、こうしたいわけでは無い。 優しくしたい。この男を苦しめたいわけでは無い。 苦しかった。泣きたい程辛いことばかりだった。 戦場で皆が死んで逝く中で、絶望に叫んだ高杉の悲鳴が忘れられない。 何故こんな場所にこの男を連れてきて仕舞ったのか、選んだのは高杉であったがそれでも桂は僅かながらに後悔した。 高杉を巻き込むべきではなかった。この男をこんな場所に立たせるべきでは無かった。ずっと嫌な予感があった。 そして桂の嫌な予感は的中した。戦争の末にこの男は壊れてしまった。 何もかもを失って全てを破壊することでしか己を維持できなくなってしまった。 多くを失い皆傷ついた。けれども高杉はその地獄の一等深い場所で今も獣のように咆哮を上げている。 高杉も、そして桂も未だに己の中で攘夷戦争は続いていて、あの時から時間は止まったまま、過去に生きている。 銀時や坂本のように、前を向いて胸を張って生きることを未だに選択できない。 それでも、己とこの幼馴染の関係は、最初はこうでは無かった筈だ。 ( 幸せに、したかったんだ・・・ ) 幸せにしたかった。 お前にだけは陽の当たる場所で昔の様に笑っていて欲しかった。 望んだのはただそれだけだったのに。 「望んだのは、てめぇで、決めたのもてめぇだろうが、」 悔しげに唇を噛む桂に揺らされながら高杉は痛みを遣り過ごす為に息を深く吐いた。 そう、この関係を望んだのは桂だ。 高杉は桂の好意を肯定も否定もしなかった。いつも桂が高杉に対してやきもきするのはその所為だ。 それがどれ程卑怯なのかも高杉はわかっていた。受け入れられないのなら否定してやれば良かった。けれども高杉は桂の想いを否定しなかった。そして肯定もしないまま、桂と身体の関係を持った。でないと、あの時代ああでもしないと、あの痛みが無ければ高杉はきっと立っていられなかった。滅茶苦茶にされたい気分だった。だから間違えた。間違えたのは二人共なのだ。 これは高杉の甘えなのだ。桂にこの関係の責任の全てを押し付けている。 清算するのならすればいいと思いながらも何処かで桂がそれも出来ないのもわかっている。 先生に似せたその髪に触れたくて高杉は桂を見限らない。 ( どうしようも、ねぇだろ・・・ ) 今更だ。何もかも今更。 桂は高杉にこうして憤慨するが、高杉の気持ちなどわからない。わかりもしない。わかるものか。 高杉の身にもなってみろ。子供の頃からそういったわけのわからない感情を桂に向けられて自分は友人だと思っていただけに、桂の思い人が己だったというのは子供心にも衝撃的だった。考えたことも無かったのだ。僅かながらに裏切られたような、置き去りにされたような感覚。未だに少し憤慨しているのかもしれない。それだけなら多分桂も高杉も此処まで間違えなかった。けれども時代がそれを許さなかった。先生が死に、攘夷戦争に身を投じ、高杉と袂を分かったとはいえ未だに桂は攘夷志士だ。未だに世界を許せない。 許せないからこそ社会に爪弾きにされようとも、テロリストと汚名を着せられようとも、こうしてひっそりと息を潜め何かの機会を伺っている身に互いに堕ちて仕舞った。 ( 俺達は既にどうしようもねぇじゃねぇか、小太郎・・・ ) 既に二人の関係は修復不可能だ。 あまりにも遠くまで流されて仕舞った。 子供の頃描いた極普通の莫迦げた夢は多くの同胞と共に皆消え去り、こうして桂と高杉は取り残されて仕舞った。 ( 何もかんももう遣り直せねぇよ ) 遣り直すつもりも無い。遣り直させるものか。 己は必ず世界に復讐してみせる。 昏い炎が高杉の胸に灯る。 その炎を知っていながらも桂は高杉のすることを止められないのだろう。 「わかっている、わかってるさ、晋助、この関係を止められないのは俺だ。悪いのは皆俺でいい。俺が貴様を好きなんだ。今更、生き方を変えろとも復讐を、止めろとも云えない、云ったところで貴様は聴くまい、よッ」 苦しそうに桂が息を吐く。そして高杉の脚を抱え直し激しく揺さぶった。 いつもは高杉を気遣う様に抱く桂なだけに、その様に高杉は喉を鳴らす。 「俺も、てめぇも、銀時も、もう皆道が違った、」 暗に何もかもこの関係も最初から終わっているのだと云われた気がして桂は苦痛に顔を歪めながら更に高杉を揺さぶる。 その激しさに眩暈がする。息も出来ない。死んで仕舞いたいほどに苦しい。 「ならば、どうしよ、と云うのか・・・、」 道が違った、何もかも桂と高杉を繋ぐのは遠い過去だ。 高杉に付くことも止めることも最早桂には出来無い。 それでもこの男を愛している。 いつも不安がある。この関係に。 この男はいつ来るのか、次はあるのか。 生きているのか、生きているのなら次があって欲しい。 次があればまだこの男を繋ぎ留めていられると思えるから。 けれども苦しい。 叶わぬ恋をしているのだとわかっているからこそ苦しい。 いっそのこと無くなって欲しいとさえ思うのに高杉に別れを告げることも出来ない。 決断できないまま、惰性的に関係を続けて仕舞った。 駄目なのは互いなのだ。 この関係をいつまでも清算できない。 袂を分かったくせに、身体は切れない。 狂おしい、狂おしい。 この男を愛している。 この男だけを欲している。 だから終れない。 終れないのならいっそ、 「貴様を、殺して仕舞いたい」 悲鳴のように漏れた桂の言葉に高杉は笑みを浮かべ心地良さそうに啼いた。 18:駄目な大人 |
お題「連れ込み宿」 |
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