※「初恋」の続き。桂×高杉と神威×高杉。


珍しく苛立ちを覚えた。
何がと問われれば目の前の状況に、だ。
桂小太郎は今目の前の状況に大変遺憾ながら困惑していた。
此処最近は宇宙に居るのだと聴いていた男が地上に降りていると伝手を頼りに耳にして来て見れば目の前には見知らぬ男が居る。
否、見知らぬ訳では無いのだ。正確には見知った顔の少女に非常に良く似た少年が居る。
外見だけなら最初少女かと思った子供は矢張り男らしく、傘を持ち、顔や手足に包帯を巻いていた。
勿論今は室内にいるからしてそれらを取り払っているので顔もはっきり見える。だからこそ見知った少女を思い出したのだ。
人目の無い道を通るのかと思いきや、高杉の思い切った行動というのは相変わらずで、笠を深く被っているものの道の往来で出くわした時には驚いたものだ。その上背後には傘を射し外套を羽織った上に包帯で全身を覆った子供がぴたりと寄り添っている。
これで見つからないというのだから手配書というのは呆れたものである。
勿論これが吉原であるというのも最大の理由かもしれなかったが、ともかく、予期せぬ出逢いではあった。

「それで、何を企んでいる」
じ、と桂が見遣れば、高杉はそんな視線を物ともせずに酒を煽った。
訊けば吉原はこの高杉の後ろに居る少年の物なのだそうだ。銀時から吉原で一悶着あったとは微かに聴いたが恐らくそれに関することなのであろう。背後の子供があの少女に似ているということは即ち彼は夜兎という特殊な戦闘種族の天人である筈なのだ。
そしてその夜兎を連れて高杉が現れたというのだからこれは何かを企んでいるとしか思えない。
攘夷志士とはいえ桂は穏健派だ。見逃すわけにはいかない。
だからこそ高杉の後を着いて来てこの料亭に居るのだ。
「別に、飯食いに来ただけだ」
詰まらなさそうに高杉が云う。
「こいつに上手い飯食わせるって出ただけだからな」
実際、高杉には所用があったが其処まで桂に云ってやる義理は無い。そもそも桂と遭うのは毎月お互いが暇な時、決まった日に決まった宿に居れば相手をする、という暗黙の了解がある。いつの間にか決まったことであったが、その決まった日に連れ込み宿に居なければ今回は無しということだ。その時だけはお互いの話はしない。するのはセックスと昔話だけだ。最後に宿で会ったのはもう二月も前の話だ。怠性的な付き合いであったが結局お互い切れずに今もある。
銀時に云わせればこれも腐れ縁なのだろうと、高杉は自分以外の男に心を動かさない桂を見遣った。
「嘘だ」
「嘘じゃねぇよ、こいつを昨日からずっと待たせていただからその詫びってとこだ」
高杉は煙管の灰を落としながら気だるさを交えて云う。
本当に予定外の出逢いだったのだからつれないのは仕方の無いことだとしても、桂には後ろの少年が引っかかった。
珊瑚色の髪を三つ編みにした、碧い眼の美少年。姿こそ綺麗ではあったがその瞳の奥に底知れぬ狂気を湛えた子供だ。
その子供は先ほどから興味深そうににこやかな笑みを浮かべ、桂と高杉の遣り取りを黙って聴いている。
「よしんばそれが真実だとしても、だ、貴様わかっているのか?この時期に・・・お前春雨に出入りしているんだろう?」
「うるせぇよ、ヅラぁ、てめぇに指図される謂れはねぇな」
「警備だって最近は厳重なんだ、万一捕まれば・・・」
「捕まればなんだ?殺されるか?それこそ本望じゃねぇか」
あいつら道連れに地獄に逝ってやるという高杉に今度こそ桂が激昂した。
「てめぇはどうしたいんだ、桂よぉ、俺に死んで欲しいのか死んで欲しくねぇのか、」
「そういうことを云っているんじゃない、お前はいつまで・・・」
思わず高杉の胸倉を掴む。このままではまたいつもの堂々巡りだ。いつも、いつも、桂の言葉は高杉には伝わらない。
けれども今回は仲裁が入った。仲裁というより殺気だ。
「触んないでよ」
ぞわり、と肌が粟立つ。
あの子供だ。
後ろに黙って座っていた少年が一瞬で桂の腕を掴んだ。
払おうとしたが、強く掴んだ風でも無いのにびくともしない。
「高杉に触るな」
その底知れぬ狂気を宿した眼に、時間が止まったように感じる。
しばらく見ない間に高杉は一体何を飼ったのか。番犬のような子供は果たして本当に番犬なのか、明らかに危険だ。
危険だと脳が告げる。
桂が何かを云う前に襖が開いた。
高杉に用らしく、使いの者が何事かを囁いて高杉は少し席を外すと部屋を出て仕舞った。

後に残ったのは桂と夜兎の少年だ。
先ほどの気まずさもあって、桂は顔を顰めた。
対して少年の方は全く桂を気にした風でも無い。高杉が残した酒の入った盃を煽りながら機嫌が良さそうに窓の月を眺めた。
月に手を伸ばす様は無邪気な子供のそれだ。
「あんたさぁ、高杉の何?」
唐突に子供が口を開いた。先ほどは黙って聴いていたが良い子なのは高杉の前だけのようだ。
「・・・・・・貴様に話すことでは無い」
「銀髪の侍とも関係してるでショ」
鋭い、子供だと思う。野生の勘のようなものが恐ろしく利く相手だ。
「俺さぁ、高杉が欲しいんだよね」
まさかと思うけれども、と子供が言葉を紡ぐ。
「あんた、高杉の初めてのドーテイって奴?」
衝撃が奔る。あの高杉のことだから自分以外に色んな相手とも関係はあるのだろうと思っていたがまさかこんな子供とも関係しているのかと思うと怒りと眩暈が桂を襲った。
「答える義理は無い、」
そう桂が答えると、ふうん、と相手が喉を鳴らした。
「あんたも強そうだけど、あんまり興味が湧かないなぁ、高杉はいいよね、凄く美味しそうだ」
「それでお前は高杉の何なんだ?」
「俺?俺は地獄巡りの約束をしただけだよ」
無邪気に云う子供は楽しそうに地獄の話をする。
「高杉って面白いよね、俺の予想外のことばかりする、だから本当に欲しいんだけど、あんたたちがいつも邪魔するんだ」
過去なんて面倒臭いよねぇ、と笑う癖に子供の眼はちっとも笑ってはいない。
「厄介な相手を見つけたな、高杉は」
そう溜息を吐けば、そうでもねぇよ、と云う言葉と共に襖が開いた。
「余計なことを云うな、神威」
神威、と云われた子供は酷く嬉しそうに喉を鳴らす。
高杉は獰猛な肉食獣を猫のようにあやした。まるで猛獣使いだ。
高杉の手を見れば皿に料理が盛られている。
「後でもっと沢山来るが今はこれで我慢しろ」
そう云って、料理を神威と呼ばれた子供に渡した。
たちどころに減っていく皿の中身を見ながら桂は自分の盃を煽る。
呑まなければこの怒りをどうしていいのかわからない。

高杉を見ればそんな桂の心中はお見通しのようで機嫌が良さそうに刺身を摘んだ。
摘み方ですら高杉のそれは育ちの良さが滲み出ている。
思えば自分はそういった高杉の仕草も好きだった。
「そいつは何だ?」
神威を指差せば高杉は何でもないように拾ったとだけ答えた。
「春雨の第七師団であろう?」
神威という名には聞き覚えがある。勿論碌な噂では無いが、夜兎の中でもとびきり強いと云われる第七師団の団長の筈だ。
まさかこんな子供とは思わなかったがその男と手を組んだというのなら性質が悪い。
「流石に詳しいな、てめぇも俺のところにでも来れば教えてやる」
高杉はこれ以上の情報を桂に寄越す気は無いらしい。当然であったが当然の解答に桂は鼻を鳴らした。
神威を見れば既に、ごちそーさまでした、と手を合わせている。
夜兎が大飯喰らいなのは何処も同じらしかった。
「断る、お前とは道が違った」
「身体は違えられねぇくせに」
そう返されれば返す言葉も無い。
その言葉を聴いた途端、背後の神威から表情が消えているのも恐ろしかった。
「彼とは寝てるんだ」
へぇ、と言葉を漏らす神威からは殺気が漏れている上にそれは明らかに自分に向けられているので性質が悪い。
かくいう自分とていい気はしない。
何が悲しくてこの男に惚れているのか、未だにわからないが、子供の頃からずっと好きだったのだ。
高杉だけは諦められない。
神威の言葉からしてまだ高杉とは関係を持っていないということだけはわかりそれには安堵した。
だからと云って嫉妬が無くなるわけでもない。
いつまでも手に出来ない男、この男の心はいつもあの人のものだ。
それでいい。高杉はそうあるべきだ。
だからこそ赦せる。他の如何なるものと交わろうとそれが本物でないと自分に確信が持てるからだ。
けれども目の前の子供にだけは油断のならないものを感じる。
居た堪れなくなって桂は席を立った。
「いつもの処で待ってる」
いつもの処、いつもの日にち、いつも待つのは桂だ。
そして高杉は其処にふらりと訪れる。
捕らえることは出来ない。けれども高杉はやってくる。
それは過去故にだ。
あの過去を忘れられないからこそ高杉は桂のところへ戻ってくる。
それだけが寄る辺だった。

先生のようになりたかった。
先生に憧れていた。
けれども果たして先生のようになりたかったのはそれだけだろうか。
そんな純粋なものだけだったか。
僅かでも邪なものがありはしなかっただろうか。
外に出ればびゅうと風が吹く、風は長い、あの人を思わせる髪を揺らしていった。
残されたのはその邪を否定をできない自分だ。
去り際に聴いた遣り取りが耳に残る。
「俺は叶わないならあんたを殺すよ」
その言葉に高杉はこう返さなかったか。
「どうだか」
否定とも肯定とも取れないその言葉。
はぐらかすのが上手いずるい男の言葉、だからこそ神威は高杉に惹かれる。
自分が高杉に惹かれるのとは全く別の部分で、或いは同じような純粋さを持って惹かれている。
そして高杉は自らの地獄の為に最良の相手を見つけたのではないかと、そんな空恐ろしい想像が過ぎった。


厭な話。
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