※3Z別設定です。


誰とでも寝るけれど、一度しか寝ない男。
それが高杉晋助だ。
男女問わず、文字通り誰とでも彼は一度だけ寝た。厳密に云えば彼なりに好みだとか、傾向があったのだろうけれど、傍目には高杉晋助は『誰とでも寝る男』そういうレッテルを貼られた男だ。けれども高杉自身それを気にした風でも無く、否定するわけでも無く、のらりくらりと煙草を燻らせるものだからなんとなくそういう男だと彼と寝たことが無い者でさえそういうものと認識した。
その例に洩れず、今晩の相手に高杉が選んだのは、喧嘩相手を殴っていた先で乱入してきた夜兎高で番を張っている神威という男だった。

「俺と寝ねぇ?」
高杉の誘いに、暫し神威はその人形のような蒼い目をぱちぱちと瞬きさせ、それから「うん、いいよ」と答えた。
−…唐突だ。喧嘩相手の最後の一人を沈めたところで煙草を取り出した高杉がポケットからライターを探しているらしかったが上手く見つからないのか、舌打ちしようとした寸前に神威が気付いて自分のライターで高杉の魅力的な口元に加えられた煙草に火を点けてやった。一服、高杉はゆっくり煙草の煙を吸い込み、煙を吐き出しながら、その魅力的な口からそんな誘い文句が漏れたのだ。
後はなし崩しである。
高杉が最近入り浸っているクラブの二階の一室で致した。
生々しいことをそのままに云うとセックスだ。神威のナニを高杉のケツにぶち込んだ。
「男は初めてか?」
その問いに神威は曖昧に頷きながらも高杉を押し倒し、云われるままに互いのモノに指を絡めて舐めて、イかせて、指を中に入れて、ヤったのだ。用済みになって投げ捨てられたゴムにはたぷたぷと吐き出した精が零れていたし、終わって高杉の耳や露わになった首筋に神威が口付ければ高杉も満更では無いのか余韻を楽しむように戯れに口付けたりした。神威はその時ほどの幸福を知らなかったし、また高杉もそうだと信じて疑わなかった。
最高の共寝だった。低い聲で息を洩らす高杉の喘ぎも、開かれた身体も堪らない。
朝、高杉との時間を惜しむように神威が口付ければ、再び返された口付けに神威は「じゃ、また」と云ってその部屋を出たのだ。

一度しか寝ない。
それが高杉のポリシーである。
神威が出て行ったあと高杉は煙草を燻らせ、それからのろのろと起き上がり、万斉に手を回してもらって簡易に取り付けたシャワーを浴びて遅めの登校を果たす。将来のことを問われれば耳が痛いが、高杉としてはこれはささやかな家への反抗であり、このまま放逐されるか、それともどうにもならないところまで追い詰められて家に戻されるか、未だ高校に通う身であるからこうしたことも目をつぶられているが卒業をして大学へともなるとまた面倒が増えるのだろうなと、考えれば考えるほどうんざりしながらもどうにかこうにか日々を怠惰に過ごしている。
「いっそのこと卒業しねぇってのも手だな」
教室に荷物を置くや否や、溜り場にしている用具倉庫で、また子が手ずから用意した昼食のサンドウィッチを摘まみながら呟けば傍らでギターを弄っていた万斉が肩を竦めた。
こういうことを言う時の高杉は大抵悪癖を発揮している時だ。
今日遅かったのも、その『悪癖』の所為だろうと万斉は察した。
自分のマンションや紹介したクラブの二階の空き部屋を使うことも万斉は許容している。高杉の家は非情に厄介だ。本来なら高杉はこんな場所に居るべき男では無い。名家の生まれで、その分高杉に対する締め付けも厳しい。複雑な家の事情もあって高杉は所謂不良になって仕舞ったわけだが、その気持ちがわからないでも無い万斉であるのでこうして高杉に自分のパーソナルスペースを譲って彼の遣り場の無い怒りや慟哭の慰めにと勤めていたが、問題は高杉の『悪癖』にあった。ただ不良になるのならいい。授業をさぼったり喧嘩をするのもいい。こう見えて高杉は頭のいい男である。その程度のことは大した問題にはなるまい。
しかし『悪癖』は頂けない。
最初に高杉に誘われた時は万斉でさえ、酷く動揺したものだ。結局寝たのだが、それきり高杉は万斉とは寝なかった。
時々、夜中に唐突に万斉のマンションに訪れる高杉に求められているような節を感じることもあったが、共に就寝することはあってもあれ以降高杉とは何も無い。
つまり高杉の中には『一度寝た相手とは寝ない』というなんらかのポリシーがあるらしかった。
「それで昨日は誰と?」
また子が飲み物を買ってくると倉庫を出たタイミングを見計らって万斉が問えば高杉は「神威」と一言答えを投げて寄越した。
神威だ。神威。
「・・・夜兎高の?」
「噫」
肯定の意味で頷く高杉に頭を抱えたくなったのは万斉である。
よりによって相手はよく喧嘩で鉢合わせる夜兎高で番を張っている神威ときたものだ。
それと寝たというのだから驚きである。夜兎高の神威といえばばりばり硬派の筋金入りの不良だ。父親は今でこそ教師だが、その裏では黒い繋がりがあるだとか、帰国子女であることから、向こうの犯罪組織がバックについているとか、将来は確実にヤのつく自由業だとか、どこまでが本当かわからないがそういう噂が付きまとう男だ。
それに何より高杉が神威のような男と寝たというのも以外である。
正直、高杉は容姿的に云うと、年上が好みらしい。女でも男でも。男なら尚の事、性的に男らしいタイプを好んだ。
好みで云えば夜兎高の神威の傍らに常に居る、阿伏兎と云ったか、ああいうタイプの方が好みだと思っていた。
だからこそ、あの人形めいた顔の、女と見紛うような酷く整った顔をした神威と寝たというのだから意外なのだ。
「めずらしい」
思わず万斉が正直な感想を口にすれば、高杉が目を細めた。その細め方が酷く色っぽいからいけない。
( 全くこの男は性質が悪いでござるな・・・ )
口には出さない感想も万斉は内心で付け加える。
「喧嘩してたらよぉ、あいつが楽しそうに乱入してくるもんだから、ついムラっとしてよぉ」
ムラっとしたらヤるのか、お前の貞操概念は何処にあるのか。
そんなもの遥か彼方に投げ捨てているのだから性質が悪い。
それでもそんな高杉を放り出せないのは万斉達の方なのだ。この男の危うさを危惧しながらも助けになりたいとも思っている。
不思議な魅力の男だ。
( しかも相手があの夜兎高の神威だと・・・ )
これはひょっとしてまずいことでは無いだろうか。
高杉の悪癖は確かに悪癖であるのだが、ただ、身近な相手は万斉と最初寝たくらいでそれ以降はしていないようだった。
身近な相手と寝て拗れるより、遠くの行きずりの相手の方が楽だと早い段階で高杉が悟った所為であるのだが、神威は果たして遠くの行きずりの相手と成り得るのだろうか?向こうに何の意図もなければ良いが、と万斉はぼんやり考える。
口を開こうとしたらまた子が帰ってきたので、この話はそれきりになった。


01:誰とでも寝る男
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