神威が先日の狙撃事件で負傷してから暫く、退院して自宅通院になった。
事件は結局警察官を狙った怨恨として片付けられ、高杉としては腑に落ちない。
腑に落ちないので結局グレーである神威を監視するに留まるのだが、未だ神威の腕から取れない包帯を見ると、もやっと、苛々しているような、納得がいかないような、けれども自分の所為で神威に怪我をさせた歯痒いような複雑な想いに駆られるので何とも言えない心地になる。
当の神威は最近では緩んできたのか高杉の前でも電話を取るようになっていた。

眼の前で話しているのは英語では無い。
恐らく中国語だ。わからないと思っているのか神威はベランダへ出ながらにこやかに何かを話している。
一度誰だと問うてみたら移民街で出来た友達と曖昧な答えを返されて仕舞った。
「てめぇ、俺が言葉わかんねぇと思ってんだろ」
中国語入門書を神威に見せれば神威はにこりと笑う。
それから次の瞬間全く違う言語で話し始めた。英語と日本語なら高杉にも何とかなったが神威の言葉は明らかにそれとは違う。
( ロシア語とか・・・か・・・俺に絶対わからねぇ言葉で・・・しかも早口・・・ )
にやにやとこちらを見ながら話す神威に腹が立つ。
そもそもやっぱりこいつの経歴は怪しすぎる。十七歳かどうかも怪しいものだ。
( こいつ絶対英語もわかってんだろコラ・・・ )
これだけ他の言語を流暢に話せて英語だけが話せないなど考えにくい。
実際神威は世界の主用な言語は話せたし、高杉の前でこそ英語が不自由だと装っているがマルチバイリンガルである。
( 何者なンだよ、この餓鬼 )
半年近く共に生活していても神威が何者なのかわからない。
わからないが絆されている。
電話を切って室内に戻ってきた神威に高杉は無駄なことを問うてみる。

「いい加減吐けよ、神威」
「何の事?」
「お前、なんかやべぇことに関わってンだろ」
「やばいコト?」
いけしゃあしゃあと片言で云ってくる様が何とも憎らしい。
だが高杉も学習した。
寝室のベッドの上で、脚を開き、胸元を肌蹴させて神威を誘う。

「俺に全部話したらHさせてやるっつったら?」

これに硬直したのは神威である。
ごく普通の会話を装いながら仕事の指示を部下に出して電話を切って戻って来ればこれだ。
眼の前であれ程欲した男が、胸元を肌蹴て脚を広げて挑発的な視線を投げてくる。
「・・・っ」
ぐらり、と揺れた。
( え?何?マジで?ゆったらヤらせてくれる?ゆわなくてもヤるけど、同意で?あの高杉が!? )
ぐだぐだである。しかも効果は覿面であった。
「どうだ?神威」
ほれほれと脚を開かれ誘われて仕舞ってはつい、ふらっと神威は高杉の上に圧し掛かりそうになる。
その瞬間だった。

ガシャーン!と大きな音が上の階から響いたのだ。
それで我に返ってあはは、とその場は神威が誤魔化したが、次の日高杉が出勤した後に、廊下で阿伏兎と会った際にのたまった。
「やー・・・アレは危なかったなー・・・組織のこと上から下までゲロっちゃうところだった・・・」
「お前俺が音立てなかったら確実に云ってたよね!?云ってたよね!?莫迦団長!」
あの時通常業務で下の階をいつものように阿伏兎が盗聴していたらとんでもないことになっているではないか、咄嗟に家中の皿を割って音を立てたのだ。
「アハハ、高杉って誘い上手だよネ、俺のツボわかってるって云うか・・・・・・次云われたらヤっちゃうかも俺・・・」
「言葉尻が本気だからやめてくれ団長・・・眼が笑ってねぇよ・・・」

はあ、と溜息が阿伏兎の口から漏れる。
いい加減この生活にも慣れたが一般人のフリは面倒だ。いい加減本職に戻りたい。
もういっそのこと高杉をスマキにして中国に持って帰ろうかとさえ思う。
攫うのは簡単だ。あとは薬漬けにでもして神威に与えればいい。
それで済む話だ。
それで済むと思いたい。
けれどもあの神威が手を出さない相手、あの神威が此処を離れない理由がなんとなくわかるような気がして阿伏兎の胸が痛む。
( どっちにしてもてめぇの恋なんざ、駄目じゃねぇか・・・ )
そう、駄目だ。
この二人の関係はヤったら終わりだ。
阿伏兎はそう思っている。
ヤってしまえばぬるま湯のようなこの関係が終わる。
神威はもうどうしたって高杉を手放せなくなるだろう。
一度でもすれば終わりだ。
一度でも高杉と神威が寝れば全ては終わる。
あれほど高杉を欲している神威が一度で高杉を手放す筈も無い。一般人のフリなんざしてても芯の芯まで殺しが染み着いたどうしようもねぇ生き方だ。今までの遊びのような軽い駆け引きでは無く、高杉と寝て高杉を手放せないと神威が理解すれば神威はあらゆる力を使い外側から高杉を追い詰めるだろう。
外堀から埋めて、ひっそりとわからないように高杉を追い詰め最終的に犯罪者の道を選ばざる得なくしてでも高杉を手にする。
神威は必ず高杉をこちら側に引き込むだろう。
( それがいいのか、悪いのか・・・俺にゃわかんねぇよ・・・ )

だからこのままでいい。
このままの方がきっと幸せだ。
ぬるま湯のまま、騙し合いのような真実を探る駆け引きの方が余程いい。
だから普通の振りをする。
今はまだ、このままでいる為に、けれども阿伏兎は思い描く、近い将来確実にそうなるであろう未来を。

犯罪者が誰かを陥れる計画を立てることを『絵を描く』と云う。
犯罪計画の業界用語だ。描くとするのなら神威は高杉にどんな絵を描くのだろうか、今更普通など神威にも阿伏兎にも不可能な話だ。
そんなどうしようもない暗がりに生きる者が、欲した者を手にする為に描く絵は・・・。
( 怖ぇな・・・だが・・・ )
見て見たい。
高杉が怒り、狂い、誰が犯人だとあらゆるものに裏切られ、最後には神威の手を取る様がありありと見える。
悍ましくも狂ったその情熱の、絵はさぞかし美しいのだろう。
「もう少し、此処にいるんだろ、団長」
云われた男はまだ真実に気付いていない。自分の想いにさえ、気付いてはいない。
「勿論だよ、阿伏兎、もう少し、俺は遊びたい」
遊びが本気になっちゃ洒落になんねぇよ、という言葉はどうにか飲み込んで、無邪気に高杉を強請る男の後に阿伏兎は続いた。


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