直哉は変態である。
もう一度云う。直哉は大変変態である。
あれから直哉は味を占めたのか何なのか頻繁に司に触れてくる。
酷い時など移動中に変態行為をするのだ。こういうのセクハラって云うんじゃなかったかと司はうんざりしながら思う。
しかも手付きが巧みで流されまいとしても流されてしまうのだ。
いや、違うぞ、俺が流されやすいわけではない、断じて。
「で、これ何なの?」
眼の前にはずらっとイカガワシイ道具が山盛りだ。
魔界産の触手まであってうんざりする。
「これはどうだ?前のお前は結構好きだったぞ」
イボイボの着いたバイブを手に握られて堪ったものでは無い。
「んなわけあるか!」
「じゃ、コスプレ」
「てめぇで着ろ!」
「ソフトSM」
「死ね!死んでしまえ莫迦兄貴ぃ!!」
じたじたと抵抗する司を抱き締めて直哉はそれは楽しそうである。
護衛の悪魔からするとまたいつもの兄弟の乳繰り合いだと思っているだろうが、乳繰り合いじゃない!断じて!
「じゃ、何ならいいんだ?」
ぎゅうと直哉に抱き締められると弱い。
そう気付いたのは最近だ。
「・・・普通でいいです・・・」
せめて普通がいい。
どんなに逃げても直哉は司の心を読んだみたいに司の先回りするのでこの兄から逃げられないと悟ったのはごく最近のことだ。
抱き締められると胸が締め付けられるような心地になると気付いたのも最近。
「普通って?」
「普通だよ、ばか」
口付ける。
離れないように口を付ける。
世界は大変で司がしっかりしないといけなくて、直哉以外にもいっぱい色んな人に助けてもらって今がある。
司は何も知らない高校生で、挙句に記憶を失っていて、年齢で云うのなら一歳にも満たないような自分で、そんな自分が今此処に直哉と在る。
その奇跡に司は慄えた。
( でも俺は『司』じゃない )
直哉と居ると記憶をなくしたことを忘れてしまうくらい、直哉との生活に馴染んだ。
司にとって世界は最初からこうで、悪魔も天使も居て、そんな奇妙な感覚さえある。
けれども他の皆や直哉にとっては違う。
( あれが本当の『司』なんだ・・・ )
あの夢を思い出すと胸が苦しくなる。
消えて仕舞った司、直哉を一人にしない為に肉体だけ残した司。
それは今の司じゃない、前の司だ。十七年直哉と過ごした『司』。
直哉と司の在り方を思うと司の胸は痛む。
( 俺じゃない・・・ )
記憶が無くなって自分が本当に直哉の云う鷹司司なのかもわからないのに、だからこそ思う。
直哉は前の司の方がいいんだと思う。
直哉は、兄は、ずっと『司』が帰ってくるのを待っている。
帰せるものなら返してあげたい。
でも司にはその術が無い。
「でも俺は司じゃないし・・・覚えてないし・・・直哉は前の司の方がいいんだろう?」
直哉の腕の中で捻くれたように司が云えば、直哉は何でもない事のように司に云った。
「そんなことを心配したのか、莫迦だな、司」
以前の司じゃないと気にするのは司の論だ。
直哉からすればそれすらも同じ『司』である。
どれ程変わっても、魂は変わらぬ、同じもの。
ずっと同じ創世の時代から、直哉の『弟』だ。
その全てを直哉は憎むと同時に愛している。
そして今は愛が勝って仕舞った。
時折ふと、直哉は思う。
あの『司』が、儚かった司が、直哉の云うことには全て従った司が望んだのはこんな関係だったのかもしれない。
直哉を変えたくて『司』は今の司になったのかもしれない。
いつも憂いていた。直哉の生を。そして寂しそうに何処か遠い存在のように捉えていた。
けれども今の司は違う。
直哉が間違っていると云い、思い通りにはならぬと云い、自分の力で立とうとする強さを見せる。
( それでこそ人か、 )
それでいい。
( それがいい・・・ )
「お前がどうなろうと、お前がどう生きようと、お前は俺の弟だ」
「・・・直哉」
己を抱き締めながら常に無い優しい声音で云う直哉に不覚にも司は感動して仕舞った。
手にしているのはバイブだけど。
「そして・・・」
「そして?」

「俺は弟しか愛せない!」
あ、駄目だこいつ。
司はこの瞬間この兄を叩きなおそうと胸に誓った。
そして思う。
これはきっと『司』へのメッセージだ。

ねぇ、司。
俺は直哉をちゃんと好きになってみようと思う。
だってこの人はいつも真剣だ。
司に対して可哀想なほどに真剣で、頭が良くて何でもできるのに司の一挙一動に揺れて、だからこそ俺は想える。

「俺はお前の兄であるが、お前の唯一の男だ、お前が俺をどう思おうと少なくとも俺はお前に対して常に男で有りつづける、そのつもりだ」

そんな事を云ってのけるこの人が俺はきっと好きになってしまった。
司が、前の記憶があった時の司が直哉を心配したように。
俺も、結局のところ最初から直哉を選んでいた。
直哉を此処じゃない何処かへ連れていきたかった。
司もきっとそうだったんだろう。
直哉を助けたかったんだ。
この選択が何処に向かうのか俺にはわからない。
けれども今度こそちゃんと直哉と向き合って、人間として生きていきたい。
自分で決めてさ、一生懸命生きて、そしていつか幸せだって直哉に思わせたら俺の勝ちだ。

「俺もすきだよ、直哉が」

口付ける。
口付けは甘い。
わからないことだらけだ。けれども未来はこれから作っていく。
俺達ならきっと作っていけると信じてる。

「そういえばたしかお前は外でプレイも好きだった」
「いや、流石に俺でもわかるよ!俺が記憶ないと思って好き勝手云って、やらないからね、やらないからね!このド変態!」

ああ、でも、俺はそんな直哉が・・・。


08:お兄ちゃんが心配です。

読了有難う御座いました。

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