※魔王ルートED後。「ゲヘナの揺り籠」と少し続いています。


どれ程繰り返したのか、
飽くほど繰り返した時間に
命の価値がどれ程低いのかを悟ってしまった。
原初より無限に近い時を何度も死に何度も
同じまま生まれそれが罰なのだと天使共が云った。
かつてカインと呼ばれた己は
呪われた暗闇を未来永劫約束された罪人なのだと。
固執はアベルであり神である。
妄執にも似たこの酷い執着のままに
千年毎にアベルを仕立てあげ、何度も敗れ、
そしてまた次の千年、
魂を分割された哀れな弟はどこにでも居て
どこにも存在しないものに成り果てた。
だから今度もそのひとりであった筈なのだ。

「代わりの利く、ただの人形」
直哉はぼんやりとパソコンの画面から目を逸らし
目頭を指で擦った。
「だった筈なのだがな・・・」
煙草の灰はとっくに落ちて仕舞っている。
新たに煙草を取り出し火を点けゆっくりと燻らせた。
羅刹だ。
こうも直哉を変えてしまったのは羅刹だった。
馬鹿で生意気で見た目だけは美しい獣のような野蛮な現世の弟、
こうではなかった筈なのにいつの間にか
羅刹は直哉を変えてしまった。
こうなる筈ではなかった。
いつものように失敗すればそれでまた次へと向かう筈だった。
羅刹はその点では成功した例だ。
未だ神こそ討てていないものの魔王にまで成ったのは羅刹だけだった。
数多にある可能性の中で羅刹だけがその可能性を掴み取った。
そういった意味では幸運であったのかもしれない。
けれども羅刹はアベルであることを拒否し、
そして直哉に俺を見ろと、羅刹自身を見ろと云ったのだ。
思い通りになるように己が手を引っ張っていた筈なのに
いつだって手を差し伸べていたのは羅刹だったという
ことに気付かされたのはその時だった。
「何のことはない・・・」
求めていたアベルを捨て羅刹を選んだのは直哉だ。
あれほど求めていたアベルを捨てさせたのは羅刹だ。
「対象がアベルから羅刹に移っただけか、」
それがどれほど愚かしいことかをわかっていながら
この執着は最早直哉にもどうしようも出来ない。
それでも直哉がこうも精神的に健全でいられるのは
羅刹自身が健全だからである。
直哉の歪んだ部分を鼻で笑って吹き飛ばして仕舞うような
弟の強さに救われている。
反面羅刹を失ったらという恐怖もあった。
此処のところ直哉が羅刹を眼の届く範囲にしか置かないのは
その理由からだ。
( 何とも弱くなったものだ・・・ )
失って代わりのきかない唯一の存在を手にして仕舞った。
誰かを失う恐怖を知って仕舞った。
羅刹を失えば己が己であれるかもうそんな自信すら無い。
恐らくアベルを求め続けたように己は
何度も生を繰り返し何度も羅刹を捜すのだ。
「それを愛だとお前は云うんだな、」

傍らのソファで羅刹は眠っている。
その手は直哉が付けた傷痕ばかりで、やりすぎるな、と
回りに釘を刺されてもこれだけは止められなかった。
羅刹が己の物であるという証が欲しかった。
羅刹はそんな直哉を責めるでもなく、
酷くなってきたら適度に回復をさせて直哉のしたいようにさせている。
この所羅刹は眠ることが多くなった。
魔王の力の制御の影響である。
直に羅刹の身体に馴染めば元通りの状態になる筈だったが
こうしてこんこんと眠り続ける羅刹を見ると不安になるのも
事実だった。
( 傍に居る )
傍に居ると弟は云う。
どんな暗闇の中でも自分だけはその手を離さずに
傍に居るのだと。
この永劫に続く絶望の中で
お前だけがそう云ったのだ。
「羅刹、」
名を呼べば羅刹はうっすら目を開けた。
今日の眠りは浅かったらしい。
身体の調子が戻ってきている証拠だとも云えた。
「莫迦だな」
羅刹はその形の良い唇に綺麗な弧を描かせる。
その手が直哉の頬を包んだ。
「また下らねぇ心配でもしてたんだろ」
「そう思うか?」
「お前はいつもそうだからな」
「ほう」
揶揄するように笑えば
羅刹は起きようと身を起こした。
「もう少し寝ていろ、本調子にはまだ遠い」
「カホゴ過ぎんだよ、てめぇは」
俺はとりあえず俺のしたいことをする、
と羅刹は立ち上がる。
煙草を手にし心地良さそうに燻らせた後、
「ほら、行くだろ?直哉」
当然のように云う弟に
差し出されたその手に、
直哉は確りとその手を掴む、
離すまいと、
( 俺は、 )
( 今度こそ )
( 離さない )


暗闇だと、
永劫の闇だとお前は云った。
確かに闇なのだ。
深い永劫の闇を赦されることなく渡り歩く
罪人の男こそがカインである己だ。
だからこそ羅刹は云った。
いつか何処かへ辿り着けると、
その闇を照らす太陽を探してやるのだと、
そう云い放つ。
不意に直哉は眩しげに眼を細めた。

己の為に深い闇の道を取りその中で尚
凛と立つ弟を、
( 噫、 )
暗闇の中だと、この呪われた道の中に居るから
お前は気付かないのだ。
( お前が、 )
羅刹、お前こそがこの暗闇の中で唯一輝いているのだと。


太陽を見つけた男
menu /