※魔王ルートED後。


赤い月だ。
世界がこうなって仕舞っても月だけは金色だったり銀色だったり
元の色のまま変わらずに在ったけれど今日の月は赤かった。
ヒルズの中階に作られた庭園は妖精達がせっせと
花の種を撒いたのか一面の花畑で淡く光るその光景は幻想的だった。
気分が向いたので其処で月見でもしようかと煙草に
火を点けたところで兄と鉢合わせた。

「よお」
「さっき帰った」
「ふうん」羅刹は直哉を一瞥し、煙草を吸いこむ。
元々煙草が無いと落ち着かなかったが
学校へ行かなくてもよくなってからは益々本数が増えた。
身体の一部のように馴染んで仕舞った煙草は考えたいことを整理するのに
もちょうど良かった。
直哉が帰ってくるのは3日ぶりだ。
他の面子は入れ替わり立ち替わり戦線に立つので
篤郎などとはもう二週間以上会っていない。
日に日に強くなる羅刹の力の制御に直哉は立ちまわっていたらしい。
古い文献を調べては古の悪魔達の話を聴き、天使との戦争をしながらも
魔王の為にあらゆることをサポートした。
基本的に城に居ても現場の全てを見知っているかのように
振舞える直哉だが今回は事情が違った。
珍しく留守にした為、羅刹は突然一人になったような気がして
ただぼんやりと無為に時を過ごしている。

「王の加減が優れないようです」
帰るなりその報告を受けて直哉は羅刹の元へと向かう。
力は完全に制御した筈だ。
だが日増しに強くなるその力は神と渡り合うほどなのだから
ちょっとしたことで暴発する恐れもある。
羅刹自身に影響は無い、精神も肉体も元の羅刹のまま健全だ。
けれども一度暴走すると周りへの影響が計り知れない。
直哉とて無事でいられるかもわからない。
弱い悪魔なら近付くことすら不可能だ。
故にその力の暴発を制御する為に立ちまわっていた。
「寂しかったか」
揶揄するように云えば、莫迦かお前、と呆れた目線を向けられる。
「大人しいじゃないか」
「まあな。俺だってそんな時もある」
「問題は片付いた」
「ふうん」
羅刹は興味が無さそうに呟いた。
この弟にことの原理を説明してもわからないだろう、
直哉はフン、と鼻を鳴らし、
それから弟の細い腕を掴んだ。

「俺は寂しかったぞ」
口だけは軽い口調で云えば
羅刹が盛大に顔を顰めた。
顰めた癖に抱き締めればそのまま擦り寄ってくる。
まるで猫のようだ。
「お前と三日と離れてられん」
「ばっかじゃねぇの」
それでも羅刹は満足そうに喉を鳴らした。
猫が喉を鳴らすようなそんな仕草だ。
それが可笑しくて引き寄せて口付ければ羅刹が直哉の
首に腕を回す。

珍しく直哉が寂しいなどと云うので
羅刹は笑って仕舞った。
冗談でもそんなことを云わない兄だ。
それを冗談を装って云う様が酷く滑稽で、
直哉との距離が埋まる度に羅刹は気付く、
この兄は、直哉は存外寂しがりで、常に羅刹を腕の内に
置いておかないと安心出来ない性質なのだ。
依存と云えばそうだが、まるでそれは愛を知ったばかりの
子供のようでもあり、酷くくすぐったいような心地に駆られる。
引き寄せられて熱い舌を絡めればずくずくと膝から崩れそうになった。
たった3日だというのにいつの間にか直哉と一緒に在ることが
当たり前になって仕舞っていて、だから本当は少し寂しかった。
「甘えたがりだな」
「お前だけにな」
この不遜で、頭だけは酷くいい、冷徹な兄がこれほど
自分に甘えるのは心地いい。
そんな直哉だからこそ
何処までも甘やかしてやりたいとも思う。
だからこんな場所でセックスするのも
たまにはいいかな、と思った。
「リンリ感が崩れてる」
「倫理なんて言葉知ってたか」
「ばぁか、そんくらい知ってるよ」
押し倒されて足を絡めれば興に乗ってきたのか
直哉が口付けを激しくした。
熱い舌が、目が、つめたい指先が羅刹の存在を確かめようと
身体中を這う。
それだけで追い上げられて仕舞って直哉が熱の中心に触れようとした頃には
もうみっともない有様だった。
「っ、、ア、アア」
下着の中に指を入れられた瞬間出して仕舞う。
「速いな」と乾いた唇を舐めて直哉が哂った。
「うっせ、」
仕返しに直哉の股ぐらに触ればそこは既に熱く固い。
「お前も人のこと云えねーじゃん」
「その通りだ」
急くようにジーンズを剥いで、
指を中に入れて掻き回されて、
こんな花畑でみっともなく脚を開いて、
兄である男と求め合う。
「く、あ、、、アアアッ、、、!」
いつもよりずっと早い無理とも云える挿入に耐えながら
羅刹は生理的な涙で霞む視界を上に向けた。
赤い、

( 赤い月だ )

地獄をみたことは無い、
けれどもまるでそれは地獄の炎のようで、
直哉に揺さぶられる度に喘ぎとも悲鳴ともつかない淫らな聲をあげながら
ぼんやりと霞む視界で想う。
直哉の眼と同じ赤い月、
縋るように直哉の頬を包めば
直哉はうっすらその赤い熱を帯びた眼を細めた。
「俺が居る、俺が居るよ、直哉」
兄に縋られながら己も兄に縋っている。
兄の赤い眼には世界は地獄に見えているのだろうか、

「俺が一緒に行ってやる」
まるで地獄の淵に立っている気分だ。
でも、と羅刹は眼を閉じた。
それでもお前の闇と一緒に歩いてやる。
どんなに深い闇でもそれを照らす太陽を探して、
俺だけは繋いだ手を離さずに、
いつか何処かに辿りつけると信じて。

「ずっと一緒に歩いてやる」

その言葉に直哉は一瞬目を見開き、
そして羅刹を離さないとでも云うように強く強く掻き抱いた。
揺さ振られる律動はまるで揺り籠のように優しく
羅刹を覆う、それが愛しくて、愛しくて
深い闇に在る筈なのに幸せで、
涙が溢れた。


( 嗚呼、お前が居ればそれで )
( 満たされるんだ )



ゲヘナの揺り籠
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