※魔王ルートED後。「奇跡の足跡」の後日。


どうしてなんだ、
高城圭介は歯噛みした。
かつての知り合いだから、と
この協議に名乗りを上げたのは圭介だ。
魔界の門が開いたことにより世界中に悪魔が跋扈する
世界になって仕舞った。
あの一週間で、たった一週間で世界の常に在った筈の
常識は覆され、捕食する側から捕食される側に
人類は成って仕舞った。
せめての救いなのは悪魔を統率しているのが元人間であるという
点のみだ。
悪魔側から一方的に通告された通り人類に対して積極的な攻撃やアプローチは無い。
それでも衝突や諍いはあったが徐々に人間側も悪魔との生活圏を
遠ざけるように別れていった。

世界は魔王である北条羅刹と原因を作った災厄、北条直哉を
裏切り者としている、実際のところは彼らが悪魔を統率している
お蔭で人類は存続しているのだともいえたが、
仏教の観念からすれば多くの神と云われる者達は、
(この国の支柱となる存在ですら魔王に付いている)
魔王軍に組しているので日本ではその声は少ないが、
宗教的観点からも世界的に見て問題もあり、概ねが非難的であった。
何せ神話や伝説と云われた全てが実在し、有象無象の悪魔や神が
一同に現れたのだ。混乱はそう簡単には収まらなかった。
彼らを人類の敵としてあらゆる軍事力を以て潰そうとする考えの者、
そうでは無く、彼らを人類の駒として味方に付ければいいと考える者、
彼らを殺して天使に差し出し神に赦しを乞おうとするもの、
様々であったが、どちらにせよ、悪魔を統率する者と人類の
領土問題もあり、政府と国連を代表する対悪魔協議機関に
圭介は所属することとなった。

「最初に云っておくが、我々は如何なる話し合いや協議に
興味は無い、参加する気も無い、
降服したければ勝手にすればいいし、戦いたければ
勝手にしかければいい、我々は我々の力でそれを排除するだけだ」

北条直哉だ。
傲慢で不遜、美しい外見とは裏腹に蛇のような眼をした
災厄の男。
「では何故面会に応じた」
先日、魔王と成った北条羅刹を拉致する形で
強制的に話し合いの席へ着かせようとしたが
からくも失敗し、迎えに来た北条直哉、つまり魔王軍に
干渉せず、と最後通告とも云える言葉を残されて席を終えた。
人類の力の及ぶ領域の外に悪魔は存在している。
その圧倒的とも云える戦力差に人は慄き悲愴に暮れる。
「面会に応じたのは羅刹が気掛かりがあるというのでな、
高城圭介、お前だけだ、王に面会を許可する」
名指しで指定され、圭介は共に来た大人に頷き、
そして直哉の後へと続いた。

「僕は人類の代表として此処に来た」
王の間と呼ばれる其処は如何にも悪魔があつらえたような
場所である雰囲気がある。
その中心の大仰な椅子に座る少年とも青年ともつかない
『彼』は万魔の王であり、その人間離れした美しい容貌を
惜しみなく晒したまま、ジーンズにTシャツという
場違いにラフな服装で気怠げに煙草を吸っていた。
「久しぶり、元気だった?」
気さくな性質は魔王となっても変わらないらしい。
変わらない彼に少し安堵したものの、
それではきっと駄目なんだろうな、と胸の内で
ぼんやり思った。
「柚子はどうしてる?」
「預かりものをしてきたよ、手紙とあとダンボール二つ分ほど、
簡易食糧とご所望の煙草が入っている」
「ああ、サンキュ、」
遣り取りは普通だ。
普通すぎて拍子抜けするほど自然だった。
まるで普通の高校生の友達が久しぶりに友達と話す、
そんな感覚だ。
「北条君、君は・・・」
「うちの爺さんどうしてる?」
「・・・君のお祖父さんには会ったよ、少なからず動揺されている
みたいだったけれど家も周りのひとも何もかも普通だよ、
少なくとも僕が見た限りは普通だった。
政府の方針で元首都からは移して今は宇治に、」
「宇治の別邸か、あそこはまあいいとこだな、爺さんの療養には
ぴったりだ」
懐かしいよな、直哉、と傍らで圭介の存在など無いものとして
パソコンで何かの作業に打ちこんでいるらしい魔王の兄に言葉を振れば、
「予測できたことだ、問題は無いだろう」と言葉を返された。
事実魔王の兄の言葉通り、北条一門は政府の手厚い保護を監視と一緒に
受けている。北条の家そのものがこの国を支えた古くからの一族という
のもあって、下手に手を出せないのも一因にあった。
「皆元気か?」
「君の友人や知り合いはね、概ね平和的な環境にあるよ、
近況を綴った文書もある」
差し出せば羅刹は興味なさそうに一瞥してそれを傍らの直哉に渡した。
「北条君、君はどうしたいんだい?」
世界を、人間を、どうするつもりなのか、
どうしたいのか、
人の心を持ったまま万魔の王と成った唯一の人間、
殺したいと思う者もいれば、その身を捕え研究材料にしたいと
思う者もいる。
世界のあらゆる国家が、あらゆる機関がその存在に興味を示すのは
当然のことだった。

羅刹は煙草の煙をゆっくり吐き出し、
吐ききってから、綺麗な青い眼を圭介に向けた。
見た人間がどきりとするような視線だ。
芸能の家に生まれた所為もあるのか、彼は存在するだけで
人を惹きつける。立っているだけで、全てを惹きつける。
メディアにも(最もこれは酷く幼い頃と一番最近のものでも彼が
13の時の映像だ)何度か映ったことがあったが、
矢張り当時は話題にあがった。
良きにせよ悪しきにせよ、彼の存在にはカリスマ性があった。
その点では彼は魔王になるべくして成ったとも云える。
「どうもしねぇよ、別に、ただもう成っちまったもんは仕方ねぇし」
「では我々と話し合いを・・・」
羅刹はまっすぐに圭介を射抜く。
「仮に何かするつもりでも教えない」
「・・・っ、君は・・・!」
羅刹がどう思っているのか、わからない、
考えが読めない。魔王の兄の入れ知恵もあるのだろうか。
あの一週間の間、数日でも共に時間を過ごしたが
圭介にはわからなかった。
喧嘩早くて、暴力的、野蛮にも思えるのに、
酷く素直で疑わない。困っている相手には損得勘定抜きで手を差し出す
そんな彼の真っ直ぐさは見てとれた。
なのに彼は従兄である北条直哉の手を取った。
過程はどうであれ、彼は魔王に成ったのだ。
「何故、こうなってしまったんだ、今からでもやり直せる筈だ。
正しい道を模索できないのか」
「正しいって何だ?」
「それは、人として道徳的に正しいかどうかということで、
今の君の在り方は間違っている、力あるものが支配して何になる?」
「力無きもので平等を謳っても差別はあると思うけどな」
「・・・それは・・・」
羅刹は立ち上がり圭介に近付いた。
退きそうになったが、どうにか踏ん張る。
圭介も真っ直ぐに羅刹を見返した。

「俺は馬鹿だから何が良くて何が悪いとか
よくわかんねぇ、だから俺はそういうとき
好きか嫌いかで決める」
「そんなことで・・・」
「で、俺は思う、お前らのやり方や考え方はスマートじゃない」
スマートじゃない、と羅刹が云った。
背後で魔王の兄が、クク、と肩を慄わせた。
「俺は何かのインボーとか、サクリャクとかよくわかんねぇ、
でもお前達は必ずその手を使う、俺の力をそれに使おうとする
お前にそのつもりが無くても、お前と一緒に来た奴等や
大人は必ずそうする」
「俺はそういったものが嫌いだ」
怯みそうになりながらも圭介は反論した。
それはもう叫びに近かった。
「君の従兄である北条直哉がそうでないと云い切れるのか?」
「直哉はいいんだよ、俺の嫌がるような手は使わねぇし、
もしそんなことしたら、」
ずい、と羅刹が近づいてきた。
鼻先が触れるくらい近い距離だ。
息が止まるようなほどぞっとするような美しい笑みを浮かべて彼は云った。

「俺が殺してやるよ」

嗚呼、
ぐずぐずと膝が崩れる。
違うのだと悟った。
彼が目指すものと自分が望む未来とは交わりはしない。
決して交わりはしない、
彼がその力を持ちながら自分の望む存在であれば良かったのだと、
己はそれを彼に求めていたのだと悟った。
( 君の力が僕にあれば )
( 或いは君が僕の想うままの存在で居てくれれば )
( 僕を見てその手を取って呉れればどれほど )


「それでも僕は、君が世界を正してくれたらと思うよ」


呟きは部屋の端へと響いて消えた。


崩壊する自我


若干圭介→主人公。

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