※魔王ルートED後。


歩いていたらこれだ。
今日は久しぶりに気が向いたので一人で散歩と洒落こんでいた。
早朝の六本木を、まあ、空が赤いままだから早朝かどうかも
あんまり関係ないけど、優雅に散歩なんてカッコよくね?
というわけで人の気配がまるでしない、
けれども何処か獣めいた気配がする(しかし彼等の殆どは
羅刹に委縮してなのか、非礼と思っているのか
影が見えても頭を垂れるだけで羅刹が求めない限り出てこなかった)
そうしてかつては沢山の人が往来していた筈の六本木の廃墟を
羅刹は歩いていたわけだが、それが祟った。
直哉にも声をかけて来なかった。
昨日は珍しく完徹で何かの作業を篤郎としていたみたいだったし、
久しぶりに一人の時間を満喫してカイドーなんかとぶらぶら遊んでいた。
そんなこんなでついさっきカイドーと別れて、
適当にふらふらしていたらこれだ。

「久しぶりっつったらいいのかな?宍戸サンだっけ」
「伏見だ」
「ああ、それそれ」
ごめん俺物覚え悪くて、と云えば、
伏見三佐は、いや、と短く返事をして
銃を羅刹に向けた。
伏見が手を上げれば沢山の自衛隊の人に囲まれる。
「物騒だな」
「まだ足りないくらいではないかね?」
「そ、だな」
羅刹は息をする、
ただ呼吸をする、それだけだ。
少し透明になるような感じで吸いこめば、
瞬間旋風が起こって辺り一面に配下の悪魔が現れる、
そのうち一番大きな一体は本体こそ見えないものの
空間を切りとったような形で
禍々しい巨大な羽根を出現させて羅刹を護るように包み込んだ。
「話がしたい」
「話だけなら別にいーけど、俺なんもわかんねぇよ」
「かまわない、我々は君と話がしたい」
ふうん、と羅刹は頷いてから、片手を上げた。
「下がっていい」一言云えば、悪魔達は下がる。
依然羅刹を包む一体だけは離れ無いが、これは仕方無い、
ガードシステムみたいなものだ。(と直哉が云っていた)
それも少し面倒なので(何せ巨大だ)
大丈夫、と云ってから下がらせた。
「で、話って?」
「場所を替えたい」
「いいけど、車?」
乗るの久し振りだなーと羅刹はのんびり笑い、
そして車に乗り込んだ。

「北条羅刹君、17歳、芸能一門の北条家の跡取りであり、
ついこの間まで高校生だった、実家は能において人間国宝である祖父が一人と
幼少のころ同時期に引き取られた君の従兄弟であり兄とも云える北条直哉がいる、
君は高校一年の時こそ成績はトップクラスだったが、二年頃から不登校、早退を
繰り返し、ヤクザ紛いのもの達と喧嘩を繰り返し、補導歴は6回、いずれも
北条の力で有耶無耶にされている。」
「ま、そのぐらい調べてるか」
「我々は過去の君には詳しいがね、もっと知りたいのは現在の君だ。
訊きたいことは沢山あるがまずは何故君達が悪魔を使役できるか、ということだ」
「契約したからだろ、お前達もしてる奴はいるだろ」
「我々が把握しているのは翔門会があの改造COMP製作を北条直哉に依頼し、
一般人でも簡単に悪魔に勝てば契約出来その力を使役できたということだけだ、
こちらも解析を進めているが既に改造COMP自体がただのゲーム機に戻っている、
契約は意味を成さず、人間で唯一未だに悪魔を使役出来ているのは、
君とその兄の北条直哉、そして君の友人である木原篤郎、
あの一週間で知り合ったらしい、二階堂征志、望月麻里の確認できているのは
現在4名だ。他の君の友人達や暴徒の中に混じっていたそういった能力を
行使した人間にはもうその力は無い」
「へぇ、そういうもんなんだ」
それは知らなかった、と羅刹は呑気に答えた。
羅刹は山手線の外に設置された自衛隊の仮本部になっているらしいビルの一室で
この問答を受けている。相手は伏見の上司だかなんだかで政府のお偉いさんらしい男だった。
お菓子と煙草無いの?と云ったら、一応何かしら用意してくれたらしく
(ついでにオレンジジュースも出された。)ラムネとかスナック菓子とか、そういった駄菓子の類を
何処かで調達してきてくれた、それと一緒に誰かのマルボロ(開封済み)も渡される。
「君の従兄弟である北条直哉が全てを仕組んだのは知っている、事の仔細は知らないがね、
何故あんなことが出来たのか、一人の人間の思惑で人類はあの一週間で
食物連鎖の頂点から下ろされ、世界が崩壊した、たったひとりの
悪夢のような天才、最悪の災厄、君のお兄さんの所為でね」
「すげー、ロクでなしだな、あいつ、映画かなんかの悪役みてぇ」
「その上、君が何故か悪魔の頂点に君臨している、君の兄である北条直哉ではなく、
北条羅刹君、君がだ」
「ウン、そう俺魔王なんだって」
煙草に火を点け吸いあげる。
此処では誰も俺が17歳だからって咎めなかった。
そりゃそうだ。もう法律なんて関係ない。
羅刹は魔王で羅刹が世界の掟であるからだ。
「何故君なんだ?」
「なんでっていわれてもなー、」
えーと、説明しようとしても上手く説明できない、
なんしか自分がア・ベルで元を辿ればアベルでカイン云々って、
ああ、考えただけで混乱してきた。
「そういうことは俺じゃなくて直哉にきいてくれる?
電話繋いでやるから、俺あたまワリーからよくわかんないんだけど、」
考えるのが面倒になって羅刹が上を向いたところで
空間が揺れた。

「説明する必要は無いさ」
ぐにゃりと空間を切り取って(正しく切り取った)出てきたのは
今話題にあがっていた、世界最悪の悪夢と云われた直哉だ。
「直哉、」
「迎えに来た、」
帰るぞ、と羅刹の腕を掴み立ち上がらせようとしたところで
その場に居た全員が羅刹と直哉に銃を向けた。
「穏やかじゃねぇな」
直哉はフン、と鼻を鳴らす。如何にも馬鹿にしたような雰囲気だ。
「君にはまだ訊きたいことがある、北条直哉、君もだ」
我々の監視下に置く、と云われ流石に腹が立った。
「へぇ、」
羅刹の聲が底冷えするように低くなる。
昔から上から物を云われるのが嫌いだった。
押し付けられると反発したくなる、天の邪鬼である。
「我々には君を保護する用意がある」
「いらねぇよ、いつ保護してくれっつった?」
「君の家族や友人は我々の手の内にある」
「手ぇ出したら殺す、」
羅刹の眼が赤く光ったところで直哉が羅刹の眼を覆った。
「つまらんことで使うな、俺が云ってやる」
問題ない、大丈夫だ、と羅刹に囁いて直哉が肩を慄わす羅刹を腕に抱き込む。
羅刹のその眼を長い指で覆ったまま、直哉は口を開いた。

「我々魔王軍は貴様達に原則干渉はしない、
生き残りたくば精々ひっそりと身を隠すがいい、」
「何故だ、お前達とて人ではないか!」
「一緒にしないでもらおう、俺達とお前達では違う、
俺はお前達が生きようが滅ぼうがどうでもいい、
だが羅刹は優しいからな、それなりに守りたいと思う人間も
残っているだろう、貴様達は精々それらを守るがいい、
我々は我々から攻撃はしない、だが、今羅刹が云ったように、
もし羅刹や羅刹に組する者の家族や友人であった者達に危害を加えた場合、
報復は在る、自由を奪い、人並の生活を奪ってもやはり報復する」
「貴様!」
兵の一人が発砲する。
しかしそれは直哉と羅刹に届く前に消える。
「羅刹の云うように殺す、そうなれば羅刹も人類などどうでも
よくなるだろうから、貴様達が戦争ついでに天使と悪魔に滅ぼされるだけだ」
「っ」
直哉は悠然と哂ってみせた。
「お前達が保護という名目で閉じ込めている者を精々大事にするがいい
我々はいつでもその状態を覆せるし、いつでもお前達を滅ぼす用意がある」
「これは交渉ではない、通告だ」
わかったな、と直哉は笑みさえ浮かべて
羅刹の赤みがかった眼を掌で覆ったまま大切そうに抱き込んだ。
「話は終わりだ、今後王をこんなところへ連れ込まれても困る、
そしてこんな機会はもう二度と無い、」
「殺してもいいが、証人は必要だろう、命拾いしたな」
直哉は赤い目を向け、とん、と床を蹴った。
「待て・・・まだ話が・・・!」
再び空間がぐにゃりと揺れ、その中に羅刹と共に消える。
あ、と云う間にその姿は消えた。

あとは何も無い。
ただ空間を渡り元居た六本木の道路に降り立った。
「何故着いて行った?」
知らない人について行くなと云わなかったか?
直哉が咎めるように羅刹に云う。
昔から叱る時は直哉はこうしたもの云いになった。
羅刹の眼はもう普通の眼だ。
バベルの力の片鱗は見えない。
「知らない人じゃねぇよ、ほらあの伏見とかいう」
「だからと云って着いて行く莫迦がいるか」
煙草に火を点け呆れたように云う兄に、
羅刹は、だって、と言葉を付け加えた。
「話してみたかったんだよ、人と」
「ほう?」
「俺が魔王になっても篤郎やカイドー、マリ先生は普通に接して呉れてる」
でも、と羅刹が付け足した。
「でも他の奴はきっと違うんだろうって思ってた。
柚子達みたいに離れていった奴もいる、まあ柚子は俺が危ないから
返したんだけど、それにうちの爺さんだってどうしてるか、
ショックでボケ初めてんじゃねぇの、とか、いろいろ考えてた、」
「つまりは気掛かりであったわけか」
呆れた奴だな、と直哉は云う。
自分を置いていったものなど捨ておけばいいものを、と直哉は思うが
そうそう捨てられないのが羅刹という存在だ。
「だから他の奴と話してみようと思った、それだけ」
「感想は?」
揶揄するように直哉が云えば、羅刹は少しの沈黙の後、
振り返り顔をくしゃっとさせて笑った。
「大人って汚ぇよな、」
「人間とはそういうものだ」
「直哉は世界最悪の悪夢だってさ」
「褒め言葉として受け取ろう」
「云うと思った」
羅刹はぷ、と吹きだして、それから元気よく一歩を踏み出す。

「もう勝手に俺から離れるな」
「それ3歳児に云う言葉じゃね?」
「魔王になってからならまだ2月と経ってない」
「俺生後2ヶ月ってか?」
「俺が居る、」
珍しく真摯な聲で直哉が云う。
「全ての人類を世界を神を敵に回させたのは俺だが、お前には俺が居る」
「自称世界最高の兄貴で、他称世界最悪の悪夢の兄貴がな」
「そうだ、羅刹、俺はお前と歩いていく」

その言葉にどれほど励まされるか、
生まれたての魔王はふ、と大人びた笑みを浮かべ
兄の後に続く。
差し出された手を掴めば確りと握り返された。
そして漠然と目の前のこの男と、
描くその軌跡が未来へと無限に続けばいいと、
足取り軽く、羅刹はそんなことを願ってみた。


奇跡の足跡
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