※主人公設定違いです。 幼い頃、全てが光輝いてみえた。 輝く美しいものは常に自分の周りにあり、そしてまたそれらも全て自分の為にあった。 自分の為の光だったのだ。だから或る時その光に手を伸ばして触れてみた。 その美しい光に触れたのだ。 触れた先から零れる様に微笑んだのは、紛れもなく彼であった。 「アベル・・・」 光の中で眩しく自分に微笑みかけるのはいつだって彼だった。 今はその笑顔すら眩しくて直視できない。 繰り返しだ。いつもの悪夢の繰り返し、夢の中でさえ生きた心地のしない絶望感に 苛まれる。光り輝く世界、優しく微笑む弟、その手を握り彼と共に生きた自分。 幸せそうに笑うのに、何故だかいつも顔は見えなかった。そして不意に彼の手が 離れた瞬間、世界が暗転する。真っ暗だ。真っ暗な世界で気付けば自分は必死に 何かの泥濘から抜け出そうとする。上手く立ち上がることさえできなくて 拭う様に手を擦ってみて気付く・・・泥濘は血だ。どろりとした血は己を真っ赤に 染め上げ、絶望感に駆られながら彼の姿を探すのにどうしても彼が見当たらない。 ( 守らなければ、俺の弟、光り輝くせかいの、大事な、いちばんたいせつな、) 不意に手に当たるぐにゃりとしたものの感触が酷く現実めいていて、 弟の手を探そうと血溜まりの中を這いまわりながら自分は漸く形あるものを掴む。 その感触に急激に意識が覚醒する。そしていつも其処で確信してしまう。 ( 何故、手を ) ( その手を離して仕舞ったのか ) 深い絶望と暗闇が己を包む。暗闇ならば見えなければいいのに、 それははっきりと己の目に見えた。 いやだ、やめろ、見たくない、嘘だ!そう叫ぶのに、 夢の中の自分はいつだってその塊を掴んでみせた。 ( ああ、これは彼の肉だ ) ( この血溜まりは彼の血なのだ ) ( では彼はどうして仕舞ったんだ、どうして・・・ ) 夢はいつも絶叫で終わる。 喉が枯れるほどの絶叫、神よ、何故こうしたのか、 何故このように人を創って仕舞ったのか、 愚かに、盲目に、愛する者すら殺して(殺させて)仕舞う種にして仕舞ったのか、 この苦しみを課して仕舞ったのか、業は深くそれ故己はこうして創世から時を渡り 続け今もこうして常に彼に、或いは彼の魂の欠片達に出会いながら罰を受けている。 「酷い罰だ・・・」 悔い改めよと傲慢な天使共が云う。何を悔いよというのか、 彼を殺して仕舞ったことを悔いよというのならばいくらでも悔いるだろう、 しかしそれは神に赦しを得たいわけではない。 もはや神に乞う気は無い、あの日、あの時罪を課せられた時から、 未来永劫生死を繰り返し、罪の記憶を背負ったまま彷徨うことを運命付けられた時から もはや己にとって神は不完全な代物でしかない。 神に与えられた物を享受し歓びを得た時代は疾うに終えた。 神はもう己にとって苦痛でしかない。 己から世界を光を奪い、そしてその魂すら遠くへ追いやったものに縋って何になろうか、 神の罰は己を許しはしない。 ならばもう、己はやるしかない。 やるしかない。 「神を殺す」 神殺しを成し遂げ真に人が人であるべき姿を保てる世界を創造する。 自分が神になるのではない、神無き世界で新たな人類の歴史を創造するのだ。 ( それにはどうしてもあれが必要だ ) 立ち上がり障子を開ければ庭が見渡せる。 庭に影がふたつ、まだ六つになったばかりの従弟とその実の兄だ。 無邪気な笑い声をあげる彼は実の兄に遊んで貰ってご機嫌のようだった。 光の中で眩しく笑うそれは、 「アベル・・・」 弟と同じ魂を持つ者、正確には神によって分断され、可能性という名の暴挙によって ばら撒かれたアベルの魂の欠片のひとつ、そのひとつにしか過ぎない者の従兄として 己は再び生まれた。いつもと同じ転生、全ての記憶を受け継いだまま、 ぼんやりと目の前の兄弟を眺める、兄の方は己と同じ歳だ。無論転生後の人生と云う 意味での年齢だが。その兄は無邪気な弟の面倒を辛抱強くみる。 飽いているだろうに、それでも弟の我儘を快くきいて、そしてあれの手を引く。 その姿を見た瞬間、全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りに駆られる。 ( あれは俺のものだ ) 己だけの光である筈だ。いつの時代どんなにみすぼらしい生まれ方をしても どれほど苦渋の生を受けたとしても、あれだけは己のものである筈だ。 「お前の末路はどれが相応しいか、あれと兄弟に生まれたことを恨むがいい」 醜い感情をおくびも出さず、悠然と哂ってみせた。 そう己はカイン、原罪を背負った男、そして今の名を直哉と云った。 01: カインと呼ばれた男 |
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