※大団円ルートED〜のお話。


天とも地ともつかない空間にそれは居た。創世を成すポラリスが座する天の頂が其処にある。
―戻すと決めたのは自分だ。尊はごくりと息を呑んだ。ポラリスと対峙し大地たちと世界を戻すと決めた。その為に今、尊は此処に居る。
「俺達はやれる」
尊を見つめる一人一人をゆっくりと見つめる。
一人、また一人、尊と十二人の仲間が皆で決めたことだ。
「やり遂げてみせる」
世界をこんなまま終わらせてはいけない。
皆続く筈だった現在が、未来がある筈だ。一度に沢山の人が無に呑まれて、或いはこの一週間の内で生き残った多くの人が命を落として何も残らない筈が無い。痛みや苦しみ、後悔、そして残された僅かな優しさや願い、何十億ものいのちの想いがきっと今此処にある。その全てで尊達はこんな結末を変えなければならない。
「次は間違わないよ」
ポラリスに向かって、尊は云い放った。
「俺達は間違わない、人間は過ちを正せるんだポラリス」
その日、最後の審判の時に、人は間に合った。
永久に失われる筈だった物を取り戻し、滅びを回避することが出来たのだ。

仲間達の顔を尊は一人一人見つめる。
此処は奇妙な空間だ。宙に浮いているようで、何処にも足場がなくて不安定なのに、尊は其処に留まり続けていられる。
アルコルももしかしたらこんな風だったのかもしれないと場違いなことを尊は考えて苦笑した。
そして周りをゆっくりと見回すようにして尊は微笑む。
消えるかもしれない。記憶だって無くなるかもしれない。この一週間は無かったことになって、世界は何もなかったように過去に戻る。存在が消えるかもしれないという恐怖は皆にある。けれども大丈夫だと尊は信じている。そう信じたい。
本当は身体に震えが奔って膝だって立っていればがくがくとしているかもしれない。けれども大丈夫だと尊には心の片隅で確信があった。
大丈夫、きっと大丈夫。同じ過ちを繰り返さない。
自分達がしっかりしていればちゃんと世界は存続する。
誰もこんな大きな悲しみに呑まれない。無にならない未来がある。
そう信じたからこそ、ポラリスに認められ時間を戻すことが確約されたのだ。
だから間違わない。間違ってはいけない。
尊はその奇妙な空間に佇みながら、また会おうと云う大地を見送り、維緒を見送り、皆と言葉を交わし、そして大和と目が合った。
「大和・・・」
大和は結界でポラリスの初撃を防いだ。彼がいなければ人類はとっくに終わっていただろう。
尊達はポラリスと対峙する術すら持たず世界は消えていたに違いないのだ。それは憂う者であるアルコルが遠い昔大和の祖先に対抗する術を教えたからに他ならない。これは奇妙な縁だ。アルコルが望み、峰津院が防ぎ、そして今此処で滅ぶ運命にあった尊達がポラリスの前に立ち運命を変えた。
実力主義を抱えた彼が、それを棄て尊に付いた。
それに驚きを覚えたのは尊の方だ。もし世界がまた間違った方向へ向かうのなら再び世界を変えると宣言する大和に尊は笑って仕舞う。寧ろそんな大和の激励が尊には嬉しかった。
「思えば君は私の予想を超えることばかりしたな」
「必死だったから・・・」
「君の中に人の可能性を見たのも確かだ、尊」
たける、と大和が云う。そう呼ばれる度に尊の心臓は跳ね上がった。
この一週間、大和とは出会ってたったの一週間だ。厳密に云えばそれほど親しかったわけでも無い。ただ偶然に力を手にした尊達がセプテントリオンを退け、そして大和はジプスの局長だった。それだけだ。
けれども、尊にとっても大和にとっても互いが初めて遭遇するタイプの人種であった。
何もかも鮮烈な相手、何もかも優れた相手、尊は大和にそう思われているなどと露ほどにも思っていなかったが大和にとっては尊はそうであった。尊だったからこそ、大和は尊の望むその先を知りたくなった。
例え世界が再びこの災厄に襲われようとも、例え自分の存在が消えて仕舞う可能性があっても、例え記憶が無くなるとしても、尊という可能性に大和は賭けたのだ。
何故、と大和はずっと己に問い続けていた。負けて死ぬのだと思っていた。負ければ終わりだ。敗戦の将に価値など無い。
けれども尊の出した答えは違う。あの栗木ロナウドでさえ最終的には尊を支持した。尊は尊が思っているよりもずっと価値のある男だと大和は思っている。何もかも世界の在り様も全て、此処に居て尊に協力したものすべての生き方でさえ尊は変えたのだ。
尊は相容れなかったものを纏めあげ、そして多くの未来を変えた。
それは奇跡だ。尊は違うと、偶然だと云うが、尊の存在こそが大和にとっての奇跡であった。
「お別れだ、大和」
大和は尊に頷く。
尊は大和を改めて見つめた。
まだ十七歳だというジプスの若き局長。生まれる時代を間違えたのかもしれないと思う事も多々あったが、恐らくこの結果は大和がいなければ出せなかった。アルコルが託し、大和が守り、全員で変えたのだ。
そこに到達できた。
そう思うと感無量になり、泣きそうになるのを堪えながら尊は大和を見た。
大和は一瞬、困ったように目を細め、それから、少しの間があって手を差し出した。
握手かと思い尊が手を差し出すと思いも寄らない強さで大和に引き寄せられる。
「・・・っと」
「尊、」

掠めるような一瞬、ほんの一瞬だ。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、唇に大和のものが触れた。
キスだ。
深くもない、子供染みた一瞬のキス。
尊が驚きに顔を上げた瞬間、大和の手が離れた。
何故、と問おうと尊が口を動かすけれど、時間は待ってくれない。
急速に大和と尊の距離が離れ、大和は最後に笑みを浮かべて空間に消えて仕舞った。


そして世界は戻る。
何もなかった時間軸に。あの災厄が無かった時間に。
「尊、どした?」
「ううん、何でも無い」
地下鉄のホームで、出会った新田維緒という少女に何故か懐かしさを覚える。
「小鳩尊くんだよね」
こばと、たけると正確に尊の名を云う少女は才色兼備で有名な学校のアイドルだ。
新田さんと呼ぶより維緒と呼ぶ方が自然な気がして、久しぶり、と尊は呟いた。
維緒が笑う、つられて大地も笑う。
当たり前の光景。当たり前の駅のホーム。
何だろう、何かとても大事な事があった気がする。
何だろう、今日の模試のことだろうか、違う、模試をしたのは随分前だった筈だ。
「この後・・・世界が・・・」
「尊?」
―セプテントリオンが現れて、ジプスに協力して、世界を・・・。
「夢かな・・・」
夢だ。酷くリアルな白昼夢。
だってこれが本当なら次の瞬間、世界は終わる。
だから夢、リアルだけれど夢の話。
在った事は何故だかはっきりと感触を思い出すくらいはっきりしている。
不自然なくらい、身体が覚えている。
けれども、思い出せない。
何か大事な事があった気がするのに、上手く思い出せない。
最後の最後に、誰かと何かを話したんだ。
少しだけ寂しさがあるようなそんな顔の誰かと話をした。
「早く来いよ、なんか食べようぜ」
大地と維緒に急かされるままに尊は階段駆け上がる。
電灯に照らされても尚暗い、地下鉄のホームを振り返ろうとして尊はやめた。
覚えている。覚えていない。
夢だった。夢じゃない。
誰かが居た。決定的に運命のようなものを変えた出会いがあった。
その筈なのに、わからない。
わからないのに何故だろう、切なくて、ただ切なくて、もう一度会いたいと思った。


01:災厄の後に
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