稲葉は一瞬躊躇したが、やるなら早い方がいいと、ざ、とシャワーで身体を流して、それから自身に触れた。
最初はゆっくりと、優しい手付きで擦り、自身を追い上げる。
徐々に興奮してきて身体の熱があがる。生理的欲求に素直になる。
思い出すのは色々なことだ。初めてした彼女や大喧嘩した彼女、夏に付き合っていた家庭教師の彼女、そして・・・。
「大和・・・っ」
何故か思い出すのは大和だ。思い出したくないのに、大和とのことが思い出される。
あれほどに熱く求められ、乞われればどうしようもなく煽られる。
掠れた聲で、いなは、と呼ばれたのを思い出せば、稲葉のそれは一気に昇り詰めた。
「っく、」
びゅ、と勢いよく稲葉が達して、それでもまだある余韻に息を整えて不意に背後から冷たい空気を感じて閉め忘れていたかと稲葉が振り返る。
そして振り返って稲葉は凍った。
背後に居た人間に文字通り、ぴしっと音を立てて真っ白になった。
「大和・・・・・・」
「お帰り、稲葉、取り込み中のようだったな」
気にせず是非続けてくれ、と言葉を足され、稲葉は混乱する頭で必死で言い訳を考えた。
いつから?何処から?何でお前此処に居るの、と矢次に口にしそうになるのを堪えながらどうにか言葉を零す。
「ち、ちが・・・これはっ・・・」
「私の名を呼んでくれたことは嬉しいが、できれば一声かけて貰えればいくらでも協力したが」
「や、だからこれは違くて・・・!」
「まさか私の名を呼んでもらえるとは思わなかった」
聴かれていた、嫌な予感がしたが聴かれていた。さあ、と稲葉の顔面が青ざめたり赤くなったりしながら稲葉は必死に否定の言葉を探す。
久しぶりに聴いた大和の聲は何処か押さえ気味で、けれども機嫌が良さそうだった。
相変わらず綺麗な顔で尊大な態度で、なのに目だけは優しくてそれがどうにも稲葉を揺さぶる。
「いや、ちがうからね、これ間違いだからね!青少年の過ち的な・・・」
「青少年の過ち結構、何しろ稲葉も『俺』も十代の若者だ」
ずず、と稲葉は腰を引く、じりじりと背後の壁に逃げようとする。
その稲葉を大和が捕らえ、気付けばその整った顔が間近にあった。
「それで、迷いは晴れたか?稲葉」
優しく、甘く、囁かれて、いなは、と云われて、稲葉はぐずぐずと足が崩れ落ちそうになる。
ああ、駄目だ、そう思うのに、その目から目を離せない。
「相変わらず不思議で綺麗な青い目だな」
「うるさいよ、大和」
口付けたのは稲葉からだった。

恥ずかしい、とは思う。今でも正気に戻れば、死にたくなるような恥ずかしいことを稲葉は大和にしている。その上此処は浴室で稲葉は裸だ。けれども大和はいつものコートを来たまま、きっちり全身着込んでいる。それが更に恥ずかしくて、稲葉は小声で、ネクタイ外せよ、とだけ大和に云った。それがこれからすることに対して稲葉ができる精一杯の虚勢であった。
大和から見ればこれはもう僥倖である。棚からぼた餅的な展開である。此処一ヶ月も稲葉は大和を避け続け、稲葉の空気を少しでも感じたくてこうして時折時間を見つけては稲葉の部屋へ来ていたが部屋に入ってみれば明らかに誰かが居るような気配だ。勿論、此処に許可無く入れるのは大和以外では稲葉しか有り得ない。僅かな驚きと共にその気配を辿ってみれば稲葉が入浴中であった。少し近くに寄ろうと浴室に近寄ればドアの隙間から自分の名を呼んでどうやら達したらしい稲葉に遭遇したのだ。大和にとってこの後の全ての予定がどうでもよくなった瞬間であった。
待った甲斐があった、と大和は思った。稲葉が大和に対して揺れているのは分かっていた。だからこそ稲葉をこれ以上刺激せず好きにさせた。後は稲葉がどう出るかの問題だけで、万一このまま戻らないようなら戦争を起こしてでも戻したであろうし、戻るのならそれは稲葉が覚悟を決めた時だ。いなは、と稲葉を呼ぶ時の切なそうな顔がいつも大和の頭にあった。美しい透明な青い瞳を持つ市井から現れたとは思えない非凡な才能を持つ宝石のような彼に至上の価値を見出してからずっと、大和には稲葉しかいない。
その稲葉に求められれば大和が応じないわけが無い。ネクタイを外せ、と稲葉に云われて恐らく生まれて初めて、或いは彼に初めて薬を盛って彼がその薬入りの水を飲んだ時に感じたような少しもどかしいくらいの焦りさえ覚えながら、濡れるのも気にせずに大和はコートを脱ぎ捨てネクタイを外し、シャツのボタンを緩めた。
絡みつくように交わる互いの舌と舌が熱い。
たっぷりと舌を絡めて互いの歯列を割って、持て余した熱を分け合うようにすればどちらともなく密着する形になる。
大和の身体をシャワーが濡らし、服が重たくなるのも気にならなかった。少し熱っぽい浮かされたような頭と僅かに掠れた己の聲に大和は自嘲気味に哂った。自分が有頂天になっているのだという自覚を持ちながら稲葉に悪戯っぽく口端を歪めてみせたのだ。
「私で抜いたのか?稲葉」
揶揄するように意地悪な問いをすれば、途端に稲葉は不敵な笑みを浮かべた。
大和はそれでこそ稲葉だと思う。これが稲葉という男である。その稲葉は挑発的に大和を煽って見せた。
「お前こそ俺で何回抜いたんだよ」
逆に質問され、大和は今度こそ、最高とも云えるような微笑を浮かべた。
「秘密だ」
後はもう全て熱に飲まれるようだった。

「・・・っ・・・う、」
じゅくり、口付けながらと壁に押し当てられ、時間も惜しいと云わんばかりに、互いを求め合って、まるで何かが爆発したような感覚で、後で我に返ったら絶対羞恥で死ねると稲葉は思いながらも大和に手を伸ばした。
大和の力は強い、単純に体力だけで稲葉を押さえ込もうと思えば簡単なのだ。どだい育った境遇が違いすぎる。稲葉は人よりできる程度にしか知識も力も磨かなかったが大和は違う、最高であることを求められ常に実践してきた、例え稲葉より一つ年下であっても積んだ経験が違うのだ。その大和に思いも寄らない力で稲葉は壁に押し付けられ気付けば下肢に指を絡められている。ぞくぞくと鳥肌が立つような感覚がして、あっという間に追い詰められそうになる。けれどもそれでは癪だ。まるで稲葉だけが気持ち良いみたいで納得がいかない。どうせするのだ。ならば大和も追い詰めてやろうと稲葉は反撃した。
大和の腰にあるベルトを外しスラックスのチャックを下ろす。稲葉の意図に気付いたのか大和は少し楽しそうに目を細めた。大和は稲葉が触れ易いように少し身体をずらし、稲葉が下着から大和のものを取り出す。そして互いを擦るようにすれば一気に昇りつめた。
「・・・はっ、っ」
ぶるり、と慄えて先ほど稲葉は一人で到達したから二度目の到達を果たせば大和も短く呻いて、溜まっていたのか簡単に達した。
「一月も触れて無かったのか」
「そんな暇無かったし、色々整理したこともあったし」
主にお前のこととか、と稲葉が言葉を足せば思ったよりもずっと落ち着いた聲で「整理できたか?」と大和に問われた。
「整理っていうかよくわかんないよ、結局」
「そうか」
指を絡める。長い指。いつの間に手袋を外したのか、服も手袋もシャワーがまだ流れたままの浴室でびしょ濡れになっている。
「でも、わかったことはある」
「稲葉?」
いなは、と呼ばれる度に胸が苦しくなる。
どうしても大和の傍に居たくなる。それだけは事実なのだ。
「セックスをしよう、大和」
多分、やったら答えが出る気がした。
二人濡れたまま、浴室でしてもよかったが、流石に風邪を引きそうだ。
大和はと云えばこの後の予定をキャンセルするようで携帯電話で指示を出している。稲葉は濡れた身体を簡単に拭いて寝室に向かった。予想はしていたが寝室も綺麗にされている。
「いつ帰ってもいいように手入れはさせていた」
「家出息子がいつ帰ってもいいように掃除させるあたり大和ってお母さんみたいだよな」
その稲葉の返答が予想外だったのか大和は一瞬呆気にとられたような顔をして、それから声をあげて笑った。
「家出息子か、ふふ、俺は稲葉の母か、それはいい」
「似たようなものだろ」
「息子と番う母か、多少閉塞的ではあるが、まあ歴史的になかったわけでもない、だが私は男なのだからせめて父がいいものだ」
「父親と寝る息子か、そういうシチュエーションは考えたことも無かった、やっぱり大和でいいよ、」
「ふふ、そうだな、俺も稲葉がいい」
ベッドに座ると一気に眠りへの誘惑が稲葉を襲ったが、其処はどうにか堪えた。この機会を逃せば答えなど出せそうに無いと稲葉が思ったからだ。
「此処一月ずっと雑魚寝だったからベッドって有り難いよ」
「いつでも戻れば良かったのに、稲葉は強情だからな」
雑魚寝と聴いて大和は眉を顰めた。稲葉が何処で寝ていたのかを想像して、その境遇よりも自分のいない場所で生活していたことの方が癪にさわる。大和は他人の価値を量るとその後はあまり興味を示さない。示したのは稲葉が初めてである。文字通り大和にとって稲葉は何もかもが初めての人間だった。
「では、事が終われば好きなだけ寝るがいい、稲葉」
舌を絡ませ、足も絡ませて、全く十七歳と十八になる男ふたりで何をしているのかと稲葉は笑いたくなったが、それ以上に煽られた。今までのセックスを思い返すと最初は薬を盛られわけがわからないまま終わり、二度目はコンドームをつけるつけないで揉めて、ソファで大和が不器用に朝まで傍に居た。三度目にはローションなんてもってきてこいつ本当に莫迦なんじゃないかと思ったけれども、結局大和を許したのは稲葉だ。それからも、何故稲葉は大和を許し続けたのだろうと思う。男同士で、本来なら有り得ないし、今大地と寝れるかと問われても無理だと稲葉は答えるだろう。でも大和は違う。許してしまうのはその顔の造作の所為なのかもしれないと一瞬稲葉は思う。けれどもそれだけでは無い。大和に名前を呼ばれると身体の奥から痺れるような心地になる。
口付けて舌を絡ませ、その通りの良い髪に指を入れて、大和の指が稲葉の身体を弄る。
胸を吸われて稲葉の身体が跳ねた。
「・・・っぅ」
「痛いか?」
「痛くない、」
「気持ち良いか?」
「訊くなよ」
「好きだ、稲葉」
いなは、と呼ばれると泣きそうになる。家族のこと、今はもう無い何もかもの郷愁が稲葉を襲って泣き崩れそうになる。けれども今目の前に大和が居る。大和しかいない。大和だけが、最初からいなは、と呼んだ。
これでは親鳥に刷り込まれた雛のようだと稲葉は思うがこれが大和でなければきっとこうはならなかったのだろうとも今確信した。
大和のものを稲葉の指で先ほど浴室でしたのと同じように擦れば直ぐに固くなった。
稲葉はそれに気を良くしたものの、挿れられるのは矢張り痛い。痛いのは嫌だと顔に出せば、大和は心得たように微笑を浮かべた。こういう時の大和は普段仕事の時に時折浮かべるような微笑をみせる。矢張り大和は天然タラシであると稲葉は思った。
「ローションならあるぞ」
「何処から出したんだよ、いちごの香り」
気に入ったのか、一体何処に置いていたのか、稲葉が呆れるように云えば大和はローションを手に出しながら「勿論、稲葉のために用意した」と云ってのけた。
「・・・っ・・・」
「痛みは無いだろう?ゆっくり息を吐け」
ぬるりと大和の指で中を刺激され、稲葉の身体が強張るが、我慢出来ない程ではない。探るような大和の動きに合わせるように呼吸を整えて、じっくりと解してもらう。稲葉が堪えている間も気を散らすように大和は胸や、首や、顔に口付けを落として、そう宥められるとこうされるのも悪く無いと思えるから不思議だった。
「・・・あ、っぅ」
稲葉がくぐもった声を上げれば、大和は目を細めた。
「久しぶりだからな、慎重にしているが、稲葉の好い処は心得ている」
ぐ、と大和に中の一部分を押されれば駄目だった。
「ひ、あっ」
ぞくん、と急に下半身が重くなったような感覚、ぐるりとその辺りを撫ぜられれば、稲葉の聲は抑えられない。
「此処だろう?」
「あっ、う、あっ、、」
いつの間に添えられたのか、少し萎えていた稲葉自身を大和の指が刺激してきて余計に駄目だった。足を広げて、何もかも晒して、これ以上恥ずかしいことなど無いというほどの醜態を晒しているというのに大和は何処までも稲葉を追い詰める。逆に言えば大和も追い詰められているのだが自分のことで手一杯の稲葉にそれが分かる筈も無かった。
「他の者に奉仕など御免だがな、稲葉だとしたくなるのだから不思議だ」
「奉仕とか云うなよ、もう死にたい」
「恥じているのか」
「恥じるというか、もういい、大和にはわからなっ、うあっ、」
言葉の合間に、ぎち、と音がする。大和が指を抜いてローションを足し、稲葉に大和自身を挿入してきたのだ。
「少し我慢しろ」
はあ、はっ、と切れ切れにしか息が出来無い。先端をやり過ごせばあとはどうにかできたがこの瞬間だけはいつも苦しい。
そんな稲葉を宥めるように大和が口付けてきた。稲葉は夢中で大和に舌を絡ませて、息苦しさでどうにかこの苦しさをやり過ごして、五分だか十分だか多分そのくらいの時間、そしてそれはやってきた。
「うあっ、く、っ」
大和が動いたのだ。
ぐ、と大和に腰を進められては浅瀬に抜かれる。
強いような推し進め方では無い。稲葉の様子を見ながらゆっくりやっているといった風だ。それだけの刺激であるのに、もう苦しくてやめて欲しいと懇願しそうになる。抜いて欲しい、早く終わらせて欲しいとも思う、けれども合間に大和の目を見れば何もかも許したくなった。
「大和、大和、っ」
途端に苦しさなのか、他の何かの所為なのか稲葉の眼から熱い涙が溢れた。
目の前に居るのは何も知らなかった男だ。大和は恋も愛も恐らく知らなかった。知りもしなかった。それを稲葉が変えて仕舞った。恐らく、彼なりに精一杯考えたのだ。一緒に生きるということ、好きだということが知りたいと、彼は云ったでは無いか、それがこの行為だと云うのならば稲葉はもう大和を許すしか無いのだ。縋るように大和に手を伸ばせば、大和は掠れる様な聲で「稲葉」と囁いた。
それにぞくり、とする。もう自分がマゾヒストにでもなったような気にすらなる。苦しいのに気持ち好い。莫迦な事をしていると思うのに、稲葉は大和を離せない。必死に口付けて、大和を強請るように稲葉が腰を寄せれば後は流されるだけだった。
「あ、っう、っく、」
じゅくじゅくと水音がして、それが自分の下肢から漏れているのだと思うと稲葉の頭は真っ白になった。
「名前を呼べば中が締まる、知っていたか?稲葉」
意地悪な大和に問われて稲葉は口をぱくぱくと動かしながら耳まで真っ赤に染めたが、それで矢張り「締まった」と大和に云われれば悔しくて稲葉は大和の頬を抓った。稲葉は大和の頬を良く抓る。
「流石に痛い、萎えたらどうする?」
「萎えろもういっそ、早く終わらせて抜けよ」
「素直じゃないな、まあ萎えたらまたすればいい」
「人の話訊けよ、うあっ」
ぐぐ、と中に大和のものを深く押し込まれて、身体が反る。もう駄目だ。気持ちよすぎて駄目になる。
中を擦られて肌を余すことなく触れられて、稲葉のものを大和が指で擦って首筋を甘噛みされれば簡単に達した。
「・・・ひ、あっ、ああっ、、!」
量は出ない。どちらかというと空イキに近い。けれども大和は満足したのか達したばかりの稲葉を容赦無く責めたてた。
「稲葉、っ」
「ちょ、待て、って、うあっ」
ぐぐ、と中を突かれて、再び揺さぶられれば限界だ。
あられもない姿で、大和のものを受け入れて、全てを暴かれて、痛みなのか快楽なのかわからないような涙を流しながら、せめてもの仕返しに、稲葉は大和のものを一層締め付けてやった。
「っ、っく、稲葉、っ」
苦しそうに顔を歪める大和にざまあみろと思いながら、下から見遣れば、大和も限界なのか、汗が頬から落ちていく。
「ざまあ、」
「やったな、稲葉」
ぐ、ともう一度稲葉が腰を動かせば、もう大和の虚勢は無駄らしく、「くっ」と色っぽい聲を出して大和が到達した。
中に出されたのは失敗だと思う。けれども出させて大和を屈させてみたかったのだからこれは仕方無い。
大和はもう少し持ちこたえたかったようだがそれが適わず悔しそうだ。
「悔しいのでもう一度だ、稲葉」
「莫迦だろ、お前」
そう思いながらも大和を再び受け入れる自分も莫迦だと稲葉は思いながら、再び揺らされた。思いもよらない強い刺激に稲葉が仰け反った。
「あっ、ちょ、お前、ひっ、あっあああッ」
大和は再び自身を稲葉に押し付け、互いのものとローションで泡立っている其処に挿入した。
それだけでぞくぞくとする快感が稲葉の身体を走り、本当に仕返しらしい大和の酷い揺さぶりに、切れなければいいと思いながら稲葉は昇り詰める。到達した瞬間「いなは」と大和に呼ばれてそれさえも刺激でたまらなかった。
「あっ、あああっアッ、、、!」
稲葉はびくびくと身体を反らしながら、達し、そして張り詰めていた己の足の力を抜いた。


終わってから直ぐに意識を失って、そしてどのくらい経ったのか、稲葉が時計を見れば六時で、それが朝なのか夜なのかも稲葉にはわからない。ベッドにこのまま沈んでいたい気分であったが、背後の大和の気配を探ればシャワーを浴びてきたらしく、大和にしては酷くラフなスタイルで髪を拭いていた。
「相変わらずひっでぇの」
「起きたか、稲葉」
「お前あんまりこっちの負担とか考えねぇし」
お陰で稲葉は酷い有様だ。あれから三度、否、四度は交わったか、身体を動かすのが辛い。喉もひりひりとしていた。
「済まない」
「風呂にも入れてくれないし」
「今度は考慮する、勿論今からでも」
稲葉の言葉に、大和はいつもその発想は無かった、と云った風だ。何処まで王様育ちなんだこいつは、と思いながら稲葉は笑った。
「強引だし、くそ真面目だし、俺様だし、」
「稲葉・・・・・・」
稲葉の抗議に大和は困ったように眉を顰めた。それがどうにも心地良い。
普段は偉そうに構えているくせして、大和は稲葉のこととなるとまるで子供のようだ。
今稲葉の目の前で困り顔の男は天然で世間知らずな、ただの十七歳だ。
稲葉は大和に手を伸ばし、その整った顔に手を当てた。

多分好きなのだ。

稲葉は今はっきりと確信した。
大和が好きなのだ。恋も愛も何も知らなかったこの男が稲葉は好きだ。
「好きだよ、大和」
だから稲葉は提案した。最大限の提案だ。
本音を云えばこれ以上無いほどに恥ずかしい。明日からどの面を下げて仕事に向かったものか、もどかしいほどに恥ずかしい。
けれどもそれでは駄目だ。稲葉が此処で大和とのことを蔑ろにすればいつか必ず後悔する。
大和が不器用な愛情を稲葉に示してくれるように稲葉も大和に示さなければいけない。
共に生きていくことを、大和に示さなければいけなかった。
「恋愛って俺もあんまり良くわからないけどさ、大和」
「稲葉?」
稲葉は大和の手を掴み指を絡ませる。
できるなら離れることのないようにそう願いながらしっかりとその手を繋いだ。
「どうだろう大和、俺としてみようか」
大和は一瞬酷く驚いたように目を開いて、それから、驚くほど優しい聲で、見たことも無いほど優しい顔で、こう云った。

「悪くない」


10:恋と愛と十七歳

読了有難う御座いました。

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