※ヤマトルート確定主人公。
※大地の家が極道であるなどの特殊な設定や一部グロテスク、暴力表現などが御座いますのでご注意下さい。
また未成年の喫煙表現がありますが演出上のものであり推奨はしておりません。


「あまり感心しないな」

その時、彼は細い煙を口元から昇らせていた。
峰津院大和がその場所を通った時に不意に前を見れば煙が見えた。廊下の角からあがる煙の主を見ると彼の形の良い唇には煙草が咥えられている。彼の容姿を考えれば大層絵になる風景ではあったが大和は思わず聲をかけずにはおれなかった。今は夜の十二時を過ぎているとはいえジプス内の通路である。誰に見られるとも限らないし、彼を見れば灰皿すら持っていないようで灰を床に散らして仕舞っていた。彼は高校生の筈で、十八歳とはいえ、法的には禁止されている筈だ。法も何も、くだらなくはあったが、健康と成長を考えると大和は良い顔は出来ない。
大和に声をかけられた彼は少し気怠そうに胡乱な目線を大和に流した。整った顔立ちに印象的な青い鋭い眼、一見透明であるのに、意思の強さがはっきりと伺えるほど強烈な個性を帯びた眼を持つその美貌の青年の名を古岡華弥と云った。
「華がいつまでも続くようにで華弥(はなび)か、雅だな」
「カヤかカイヤとも云われるけど」
「普通に読めばそうだろうな」
彼の名はハナビだ。夜空に浮かぶ花火と同じ名前、一瞬で散って仕舞う筈なのに彼に充てられた字は華弥だ。「華」にずっとあるようにの意味を込めて「弥」、その華がいつまでも続くようにと願いを込めてつけられた名前だ。確かに華弥はそう思わせる華やかさがあった。
切れ長の目に整った容姿、すらりと伸びた手足に均整の取れた身体、若さだけでなく、人を惹きつける圧倒的な存在感、美しい名前を持つ華弥には確かにはっとするような存在感がある。
大和は華弥の姿を上から下まで検分するように眺めた後、華弥を促した。
「来い、華弥」
「何?」
「来たまえ、角に私の部屋がある」
直ぐ其処だと大和が伝えれば面倒だという態度ではあったが華弥は黙って着いて来る。それを確認してから大和がキーを通し部屋の扉を開けた。部屋の中は他の局員に割り当てられるよりも広い、如何にもという雰囲気のジプス局長の私室である。
大和はコートを脱ぎながら華弥を部屋に招き入れた。室内は少し冷えていたが空調を入れる程でも無い。最も今この状況下で、空調を調整できて、電気が点いて、まともに食事ができる環境が一体どれ程あるというのか、答えはほぼ皆無に等しいのだとも解っている。峰津院がずっとこれに備え続けていたからこそ可能なことだ。大和は応接用に置いてあるソファの前のローテーブルに装飾品として置かれていた灰皿を指差す。
「今度からは此処で吸うといい、部屋の暗証番号は携帯に転送しておく、悪いが指紋認証もあるので後で入口のパネルに登録してくれ」
「咎めないんだ」
「感心はしないと云ったがね」
大和は脱いだコートを少し乱暴にソファに投げ捨て、手袋を外しジャケットを脱いでから少しだけネクタイを緩めて華弥に座るように手で示した。華弥はそれならと遠慮無く大理石製の凝った細工の灰皿に灰を落とす。
「一本貰おうか」
「吸うんだ?」
「身体に悪いのであまり好きでは無いがこれくらいはいいだろう」
「つまんないの」
華弥は詰まらなさそうに鼻を鳴らし、それから大和に一本差し出した。大和は笑みを浮かべその煙草を受け取る。灰皿に添え付けられているライターで火を灯せば二人分の煙が天井に昇っていく。
向い合う二人の間に少しの沈黙が過ぎ、それから大和が煙草の灰を灰皿に落としてから口を開いた。
「君は来ると思ってた」
「へぇ、」
「実力主義に賛成だろう?」
「お前、吸わないって云ってるわりに様になるね」
時々吸ってるだろ、と華弥が云う。指摘するのが楽しいのか怠そうな表情から一転して楽しそうな雰囲気だ。華が綻ぶような感じの表情の移り変わりに大和は微笑を浮かべながら口に灯火を含んだ。
「時々だ、君ほど常習的では無い」
華弥に視線を戻して大和が云えば、華弥は僅かに眉を持ち上げた。
地味ではあるが上質のソファに埋もれる華弥のそれは実に様になっていた。生まれながらに己を知っている者の眼だと華弥を見て大和は思う。
「何故常習的だと?」
「吸い方がヘビースモーカーのそれだ」
既に華弥は先程吸っていた一本を灰皿に押し付け火を消し、慣れた手付きで新しい煙草を取出しそれを口に含んで火を点けた。華弥の一連の動作には無駄が無く、洗練されている。華弥が他の誰かの前で吸っているところを見たことは無い。けれどもその華弥を見て大和は思う。
「お前といい、志島といい、一般の学生とやらはそんなものか、どうせ志島も吸ってるんだろう?」
華弥は大和の問いに、少しだけ意味深に微笑んでから「まあね」と答えた。
それが大和は気に食わない。志島大地とは主張が違い一度は袂を分かった筈だ。
けれども結局、華弥の説得に応じ矢張り彼は戻った。大和にしてみれば余計なことに尽きる。大和は華弥以外は要らない。特に華弥により近い志島大地には認めたくないが嫉妬もあった。こんな感情が自分にもあると知った事の方が大和は驚きであったが、どう自身を弁護しても全ては言い訳であり建前でしかなく、嫉妬だと認めざる負えないのが現状である。主義主張の違いはあれど彼らは幼馴染であり、互いに思い合う家族のような特別であるのだろう。そう自分を納得させるものの、それが大和には歯痒い。もし大地でなく大和が幼いころから華弥の傍に当たり前のように居れれば、有り得ないが、そうであれば、今頃、その位置は大和のものであるからだ。そして大和は誰にもそれを奪わせはしなかっただろう。そう思う自身を女々しいと思いながらも大和はそう思わずにはおれない。それ程に大和にとって華弥は得難い存在であった。

思考の海に沈んでいる大和に対し我関せずで煙草を吸っていた華弥がさっきの質問だけど、と突然言葉を紡いだ。
僅かの付き合いではあるが華弥は気紛れだ。自分の答えたくないことには答えない。気が向くと少しだけ答えるようだった。
それを窘めることも大和にはできたが華弥という人間を知る為に、敢えて華弥の好きにさせている。
華弥が煙草を燻らせ、ソファに深く沈む様は何かの芸術品を見ている気分だ。外見は美しい癖にその苛烈な眼はぎらぎらとさえしていて大和は息を呑む。
「力があるヤツが世界を取って悪いとは俺は思わない」
「君が私に賛同してくれて何よりだ」
華弥はまた意味深に笑みを浮かべ大和を見た。
こういう時、大和は華弥を深く知りたいと思う。これ程他人を気に懸けたのは初めてだ。今まで大和は他人に関心など持ったことが無かった。けれども華弥は違う。少なくとも根底にあるのが好意である以上、大和は華弥を知りたい。彼は何を好むのか、食が細いようだが何なら食べるのか、或いはどんな環境が好きなのか、何を欲しているのか、大和は常にそれを探っている。華弥を知るのにこの煙草も良い機会だった。
「何か足りない物はあるか?勿論明日の決戦以降でも今用意出来るものでも、叶えられるのなら何でも用意しよう」
勝つつもりだ。峰津院大和に負けるという言葉は無い。まして華弥が今大和に着いている。例えポラリスだろうと何だろうと打ち勝つ自信があった。だからこそ将来の約束なり証を華弥に立てたい。大和が与えられるものなら華弥に全て渡してもいい。
大和にしてみればそれほどの覚悟ああったが返ってきたのは拍子抜けする内容であった。
「別に・・・あー・・・ひとつあるかな」
「何だ?」
あの華弥が望むものだ、興味がある。この得難い男の為にどんな途方も無い願いでも叶えようと善処する覚悟が大和にはある。そう思いながらも同時に設備に何か不足があったのだろうかと落ち度も探して仕舞う。けれども華弥から帰ってきた答えは実に単純で容易いことだった。
「携帯の充電器」
「それは由々しき事態だな、直ぐに用意させよう」
充電器が無いというのならこの六日間一体どうしていたのかの方が不思議である。それとも酷使しすぎて充電器が壊れたのだろうか華弥を見れば察したのか華弥は首を振った。
「俺のじゃない、大地の」
「志島の?」
思わず眉があがりそうになるが大和はどうにか堪えた。こんなことで感情を表に出してはいけない。誇り高き峰津院大和にとって恥に他ならない。だからこそ一瞬、何故君が志島の充電器を?と莫迦な問いをしそうになったがそれも堪えた。
「俺、充電器持ってなかったから大地の借りて交互に充電してたんだけど、壊しちゃってさ」
「わかった、では二人分用意させよう」
理由は訊かない。訊くのも煩わしい。
大和はソファから立ち上がり携帯では無く室内に置かれた電話から手近に指示を出した。
「機種名は?」
「既に君たちの携帯を繋がるように操作しているのでわかっている。問題無い」
「国家機関って便利だな、個人情報ダダ漏れだけど」
「それは申し訳なかった。志島の部屋に充電器を届けさせる、君の分はこちらに届く」
それまで居たまえ、と大和が告げれば華弥は何も云わずに煙草の煙を吐き出した。了承ということなのだろう。
「珈琲でも?」
「貰う」
大和は立ち上がったついでに、カップを取出し、部屋に添え付けられていた珈琲サーバーから珈琲を二人分注いで、机に出せば華弥はそれを手にする。今まで意識したことは無かったが峰津院の家紋が入ったそのカップを華弥が持つことに大和は何処か満足感を覚えた。
「砂糖などもあるが」
「ブラックでいい」
こうしていると大和は華弥の全てを探ってしまう。ほとんど睡眠らしい睡眠は取れてはいないがそれもポラリスに種の意思を示すまでの辛抱だ。それに今は深夜で夜勤の者以外は眠っている筈で、僅かだが大和にとっての休憩時間ではあった。其処に大和の心を捕えてやまない華弥が居たのだ。仕事のことは少し隅に追いやって純粋な興味で大和はこの華弥との時間を楽しんでいる。

大和は彼等に接触した時に可能な限りの華弥とその周辺の人物の詳細な来歴を調査させた。
勿論今世界がこうなって仕舞っては辿れる来歴など限られている。回収できた情報は彼等が高校三年生であること、そして模擬試験の帰りにたまたま居合わせた地下鉄のホームで悪魔召喚プログラムを手にしたこと、また来歴で出てきた彼の友人である志島大地は指定暴力団の本家であること、華弥は事情があって天涯孤独で志島家の後見で生活していることなどの大まかなものだ。霊力などとは無縁の世界に生きてきた一民間人にしか過ぎない。しかし華弥はこの状況下に於いて類稀な才能を発揮した。
勝てないと思われたドゥベを倒し、以降も悪魔はおろかセプテントリオンにも奇跡と云える確率で勝ち続けた。
まるで運命的に、運命としか云い様が無いような奇跡を起こし続けて華弥は今この時この場所にいる。
大和は運命論者では無いが、こればかりは運命や奇跡だと思いたくなった。
突如流星の如く現れたこの不思議な青い眼を持つ美貌の青年が全ての事象の中心にさえ見える。
それはまるで宝石の原石が美しく研磨されていく様を見ているような気分だ。
この機に実力主義を掲げ世界を改変する望みを、大和一人でも成すつもりだった。成し得てみせる。また成さなければならなかった。。峰津院の為に。愚かな民と愚かな国主の為に永らくこの国の為に命を捧げ続けて死んで逝った一族の為にも、或いは大和が幼い頃から感じていた不当の是正の為に立ったのだ。クズばかりの世界、本当に優れている者が潰される世界、真に優れたものが犠牲になり、愚かな生きる価値すら無いクズが力を持つ腐った世界を変えなければいけなかった。大和は大和自身の為にその選択をした筈だ。
しかし大和は華弥に会って仕舞った。目の前のこの男に。一つしか歳が違わない、けれども優れた才能と得難い魅力を持つ華弥に。
華弥に出会った時、大和は確かに全身が慄えた。あの時、あの場所でドゥベを倒し悪魔を従え動揺する他の者とは違った鋭い目を持つ華弥という強者に出会ったのだ。
これは運命だ。
これはまるで運命だと大和は思う。
セプテントリオンが襲来し、世界は崩壊し、大和が実力主義を掲げジプスを動かし、そして其処に華弥が現れた。
あの目線を交わした瞬間に、或いは、最初に迫が華弥を連れてきた時から、大和はその存在に惹かれてやまなかったのかもしれない。

選択の日に華弥は大和の手を取った。
迷いなく、それが当然であるというように、華弥は大和の手を取ったのだ。
それにぞくり、としたのは大和だ。
正直に云って一目見た時から華弥のことが頭から離れなかった。一般の民間人でありながら、何の特殊な訓練も受けていない彼らが死を覆し此処に居る。その中心に居た古岡華弥という青年が大和の心を奪った。
まるで一目惚れのようだが、大和はそれを否定する気は無い。勿論これに妙な意味は無い。少なくとも現段階では無かった。
華弥を見たときに大和はどうしてもこの男が欲しいと思ったのは事実だ。
この何事にも動じない美貌の男が、どうしても欲しい。たまらなく欲しい。
そして迷うことなく華弥が大和の手を取ったことに今満足を覚えている。

「君と飲む珈琲は美味いな」
大和が云えば、華弥は「そう?」と僅かに目線を動かし、そして煙草を燻らせた。


01:まるで運命
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