※本文サンプル。書き下ろし「エロのお題」 ・熱情の先に「酒?」 艦内に戻ってきた神威が手にしたものを目敏く見つけたのは高杉だ。 「あー……うん」 おざなりに酒瓶を床に置いて神威は微妙な表情をしたまま珍しく歯切れの悪い返事を返すので流石に何事かと高杉は寝転んでいた寝台から身を起こした。 神威の艦だ。第七師団の旗艦に高杉は二日程前から滞在している。それもこれも複雑な事情があったのだが、有体に云えば鬼兵隊の艦でエンジントラブルがあり重要な会合があった高杉が近くに寄った神威の艦を呼び寄せ目的地まで送らせているのだ。ほぼタクシー代わりであったので彼の副官の阿伏兎などは良い態度では無いがそれも仕方無い。高杉とて神威に頼ると後が肉体的に面倒なので避けたかったが、超長距離転移タイプのショートカットゲートにアクセスできるエンジンを搭載しているのが神威の艦だったのだから仕方無い。地球から何万光年と離れた距離では地道に帰っては一月以上かかるのがこの機体ならば数日で済むのだ。 見返りは言わずもがな、夜の寝台遊びを覚えたばかりの神威が高杉を強請るばかりだったが、そこそこに自制を覚えさせたので以前よりは格段に高杉の身体は楽になった。非常に不本意だがこれも高杉の躾の賜物ではある。 「どうした?」 枕元に置いた煙草盆を引き寄せ煙管に火を入れながら問う。そういえば先程神威は呼び出しを受けて何処かと通信していたようだ。 また厄介事かと高杉は推測する。夜兎は戦闘には長けているが、頭を使うということが不得手だ。それもわかる。高杉とて夜兎に生まれていれば下手な策略などせずに力で殲滅する道を選ぶ。どれほど小賢しい策を弄しようとも、力で敵を圧倒できるのならばそれに越したことは無い。故に夜兎は同族殺しを繰り返してきて絶滅の危機にあるのだが、強力な種が陥りがちな進化の袋小路に陥ったとも云えた。 数少ない遺された夜兎は生き残れるか、絶滅するかの岐路に立たされているのだ。 故に彼等夜兎は知恵を欲している。阿伏兎も筋は悪く無かったが他人の機微には疎い。妬み誹りを理解しない。だから危うい。高杉が夜兎の手に負えない事案に知恵を貸してやることも多かった。 夜兎は知識を学習しなければ生き残れないところまで来ている。 「厄介事か?」 それも今はいい。身体を強請られるにも少し休憩したい。 厄介事を引き受けてやればそれを理由に一日くらいは神威と寝るのを避けられる。神威の若さはどれほど抑えても高杉の身体を苛んだ。正直子供と云うより若い雄の獣と寝ている気分だ。いくら高杉でも疲れるのである。 「いや、なんか、転送で貰っちゃったんだけど……」 床に置いた酒瓶を指差して神威が云う。物質転移装置経由で送られたものらしい。宇宙と云うのは便利なものだ。最初それを見た時高杉は僅かに驚いた。ただ今現在の技術では大型のものは送れないのと送って再構成できる物質に限りがある点が問題らしい。物質を転送して転送先で再構築させられるのならば高杉であれば軍隊や強力な武器を敵地に送り込むだろう。今の技術ではそれは不可能ということだ。 「それがどうしたァ?」 何かその酒に不味いことでもあるのか?と問いながら、高杉が煙管の煙をゆっくり吸いこみ煙草を燻らせる。 「うん、まあ前にモチロン仕事でだけど、助けてあげたんだけどその御礼?みたいな……」 「それの何が問題でぇ?」 礼ならば問題無いだろう、当たり前だ。それともその酒には毒でも入っているのか、ならば捨てればいい。 神威の微妙な反応は妙である。 「いや、これ飲んでいいのかなって……」 「は?」 云っている意味がわからない。 高杉は煙管の先に落としていた視線を上げ再び神威を見遣った。 宇宙最強と云われる夜兎の子供、春雨第七師団団長である酷く整った顔の男だ。 黙っていれば陰間で稼げそうだと思うほど神威は戦場に場違いな顔の造作をしている。 戦闘中何度、綺麗な殺戮人形だと云う感想を高杉が抱いたことか。 その綺麗な顔を困った様に歪ませ神威は贈答品であったらしい酒瓶を手に取った。 「俺達は丈夫だからいいんだけどサ、でも偶に効くやつがあって、相性には注意してるんだ」 「……」 沈黙で高杉が続きを促してやれば神威は更に細かく説明した。 「人型の種ならいいんだけど、知的生命体って云っても色んなのが居てさ、あー獣人みたいなのとか、あれは一応人型に分類されるんだけど……」 「それで?」 「俺達胃は強いし、戦場なら腐った肉でも、血でも石ころでも食えるし、死ぬことは無いんだけど、前にちょっとの量で全員が酷い二日酔いみたいな症状になった食べ物があって、自然発生した果物とかだと消化が早いんだけど、加工品だったから二日間正に全員でゲロ吐いてたわけ、戦場続きだったからあれは最悪だったなぁ」 「それで夜兎に悪影響な食いモンにその酒が中るってぇことか?」 純粋な興味だ。夜兎に悪影響を及ぼすものというのも興味深い。 「……多分大丈夫なんだけど……それに二度は無いよ、一度そういう症状が出ても二回目にはならない」 流石というべきか、夜兎の遺伝子というのはつくづく強いらしい。病に罹患しても抗体を作る速度の方が速いのだ。体質に合わないものを摂取しても、次の瞬間には対応して仕舞う。他の種には無い驚異的な遺伝子である。 「それが人型でないかそうでないかで何が変わる?」 そう、神威は『人型』だと云った。 人型の種が作ったものなら問題無いと。 つまるところ……。 「うん、こういう軟体の種のやつが寄越したんだけど、故郷の貴重な銘酒だって……でも後で酷い状態になるかもしれないしなぁ、二日酔いとか……これ捨てるか……阿伏兎にでもやるか……」 タブレットを操作して神威が画面に出せば確かに、う、と呻いて仕舞うほどのグロテスクな外見である。 ぬらぬらとした黒い体皮に脊椎が存在しない軟体の状態で複数の顔らしきものが蠢いている。これが知性を宿していると云うのだから宇宙は広い。 「成分分析したらどうだ?」 興味はある。 タブレットに表示された基本データで観る限りは、希少種だ。 今ある転移システムの基礎を最初に作った種なのでかなり高度な知識を持っているらしい。 そういう種が作った酒ならば興味はある。 だからか、珍しく高杉から成分分析を神威に提案した。普段なら捨てろと云うがどんな味なのか、ちゃんと酒なのかそういったことに興味が沸いた。 それに今は細かい内容を分析するならば時間がかかるが、簡単な分析だけなら、専用の端末に数滴垂らして照会すれば成分表が出る。 難しい事では無い。 「シンスケが呑みたいなら調べるけどさ……」 やめた方がいいかも、と珍しく乗り気では無い神威を急かすように高杉は顎をくいと上げ、目線で調べろと促して見せた。 どうせ他にすることも無い、それならば珍しい希少種の造った酒の方がいい。 神威は渋々と云った動作でツールを呼び出し、酒瓶の蓋を空けて其処に垂らした。 ―……そもそもそれが間違いだったのである。 「問題ねぇんじゃねぇか?」 「そうかな?俺そういうのわかんないけど、シンスケが大丈夫っていうなら、まあ……」 成分表を見る限りは問題無い。高杉も知っているような成分名が表示されている。配合が大きく違ったが別に摂取して問題がある風にも見えなかった。 酒自体もちゃんと醸造したものだ。芳醇な香りがたまらない。調べれば好事家の中では幻の銘酒と云われるような逸品らしい。黄金色のとろりとした酒だ。 試しに一口舐めてみたが味も申し分無い。 滅多に手に入らない酒とあっては飲むより他無い。どうせあと最低でも二、三日は神威の艦に留まるのだ。ここらで酒盛りもいい。 「呑むぞ、猪口か升か、何でもいい、淹れるモン持って来い」 「はいはい、俺が取りに行ってる間に空けないでヨ」 ……程無くして酒盛りが始まった。 * 「……」 先程から飲むペースが一気に落ちた。 どうもおかしい。 神威が異変に気付いたのは一升瓶を半分ほど減らしたところだった。 大した量では無い。そもそも夜兎はあまり酔わない。飲んだ先から酒成分を体内で分解して仕舞うからだ。 なのにおかしい。 傍らの高杉と云えば特に気に留めた風も無く杯を重ねているのでどうやらこれは神威の問題らしかった。 つまり夜兎の問題だ。 ……頭が重い。これを頭痛というのか、酩酊したわけでも無いのに頭に血が昇った様に熱い。 熱いのだ。 その上先程からどうにも下肢がおかしかった。 高杉を前に神威が盛るのは常だったが、いくら神威でも寝台にも押し倒していないのに勃起するのはおかしい。 戦場の興奮で勃つのとも違うそれは明らかに欲情している。 ふらふらと高杉に誘われるように今すぐ犯したい。 どうにか自制しているが、限界が近かった。 高杉は銘酒に舌鼓を打つのに夢中で神威の下肢の危機的状況に気付いた風も無い。 いっそ気付いてくれればヤらせてくれるかもしれなかったが、そういう時に限って高杉は神威に見向きもしないのだから堪らない。 このまま押し倒して自身の昂りを根元まで一気に挿入して高杉が泣いて喚いても底の底まで犯し尽くしたかった。 ( あ、駄目だ…… ) くらくらする頭で神威はどうにか思考を巡らせ、それから熱を隠さずに高杉に口を開いた。 「ね、シンスケ俺、ヤりたい」 はあ、と神威が気怠げに吐息を漏らせば高杉は一瞬眉を顰め、それから煩わしそうに鼻を鳴らした。 つまりはノーということだ。 ( わかってたけど……キっついなぁ…… ) 高杉の性格である。この性格にゾッコンであり振り回されているのは己の方だと一応の自覚はあるので神威は内心苦笑する。ちなみに下肢の状態を考えると色んな意味で泣きたい。 ( ソコがいいんだけどさァ…… ) そう其処がいい。だから悲しい。強行手段に出ることも出来たが、そうすればこの危うい関係が終わることを神威は本能的に理解している。高杉と己の力関係は神威が一歩退くからこそ成立しているのだ。神威が力で高杉を奪うのは簡単だ。手足を折って大事に囲えばいい。それこそかつての師であった夜王鳳仙がしたように……夜兎としてはそれが正しい。本能のままに奪う、迷う必要など無い。 本来の神威ならば躊躇いなく欲しいものを手にし、欲するままに壊した。そしていつも無残に塵となったそれを棄てる。 けれども神威はその選択を選ばなかった。何度となく腹心の阿伏兎にも意見具申されたことだが、頑なに頷かなかった。 今の高杉との関係が神威には良い。今のように二人駆け引きすることがいい。そしていつか神威がその駆け引きに勝てば今度こそ本当に高杉晋助という男を自分だけのものにすることができる。 神威は高杉晋助と云う男を真実欲しいのだ。 いつまでも昔の地獄に捕らわれた哀れな男。これほど苛烈で綺麗な炎を持つ男を神威は知らない。 手にすれば屹度壊して仕舞う。自分は夜兎で高杉は脆弱な種だ。壊してはいけないと神威は常に己を律している。 それほどに替えの効かないものがあるとは神威は思いもしなかった。この男に遭うまで。 人の癖に底知れない地獄を往く男は神威が初めて遭遇した種類の男だった。 神威はいつも高杉を手にしたい、或いは殺したい。殺し合いたい。力の限りでぶつかってその全てを征服したい。 それは夜兎の本能だ。 その本能に抗ってでも神威はいつも高杉を壊すことを恐れた。 だから触れない。 無理にしない。 高杉という男の底の底まで知る為に、神威は細心の注意を払っている。 だから無暗矢鱈に効力のわからないものを高杉の前で口にしたくなかったのだ。 効果がわかっていれば喜んで口にしたが、得体のしれないものを高杉の前で口にして醜態を晒すのは嫌だった。 ただの矜持だったが、神威だって年頃の男である。そのぐらいの自尊心はある。 「駄目?」 高杉の片方しか無い眼に訴えかけるように熱を隠さずに甘えた聲で強請るが、高杉はつれない。 手をぶらりと追い払う様に振られては叶わない。 このまま無理に襲うことも考えた。身体は酷く暑く苦しい。汗が滴り落ちる。 息が上がりくらくらする。 それでも神威はどうにか堪えた。 これが戦場なら暴れれば良かったが残念ながらゲートという空間と空間を繋げて航路を短縮する転移空間中だ。しかも数分のドライブでは無く超長距離の巨大な亞空間を数日かけて航行中である。いくら神威でもこの艦から今飛び出せば身体がばらばらに分解され空間に呑みこまれ消滅することぐらいわかる。 ……我慢するしかない。 神威はふて寝を決め込んだ。 寝台に突っ伏し、身体を丸め熱が過ぎるのを待つ。 身体が体内の熱を分解するまで我慢すればいい。凶暴なほど体内の熱があがり、辛い。辛いが耐えるしかない。 高杉をこんなくだらないことで壊すよりいい。そう念じながら神威は身体の熱が過ぎ去るのを只管待った。 一方、急に黙ったかと思えば盛ってきた神威を素気無くいなして、一人酒を愉しんでいた高杉であったが、それも小一時間のことだった。ふて寝した神威を背に杯を重ねるほど美味な酒だ。銘酒と謳われるだけあって味も舌触りも他では得られないようなものだった。 ちびちびと杯を重ね、そろそろあの莫迦餓鬼をあやしてやるか、と思いながら立ち上がろうとしたところでそれは来た。 ( なんだ…… ) ぞくり、とする。 ざわざわとして、先程から息がおかしい。 熱い。心臓がばくばくと音を立て、身体に力が入らない。 この感覚は随分昔攘夷戦争時の末期に隊の中で出回った薬物に似ている。気分が高揚し興奮する感覚を誘発して死の恐怖から解放されるというものだ。その薬物の為に隊内の規律が著しく乱れたので高杉はそれを厳しく禁じた。 その感覚に近い……近いがこれはそれより数倍は上ではないか。身体に力が入らないなど有り得ない。 先程まで心地良く飲んでいた筈だ。 成分的にも問題無かった筈だ。 なのに、思わず身じろぎすれば上擦る聲に自分の身体の状態を察した高杉は舌打ちしたい気分になった。 ( 成分に問題なけりゃ……組み合わせか……! ) 恐らく酒に含まれる成分の分量の問題だ。その組み合わせが人型の種には合わなかった。 害は無いだろうが、ひどくくるしい。 はあ、と息を洩らして高杉は漸く今己が酷く欲情していることを悟って更に顔を顰めた。 「……っ」 待て……人型の種だ……。 ( ってぇこたぁ……あいつもか…… ) 間違いない。神威もだ。先程盛ってきたのはその所為か、遅行性の媚薬に似た興奮効果があるらしいこれは個体差もあるだろうが種族差の方が大きいだろう。代謝の活発な夜兎には早く発現したのだろう。ふて寝かと思っていたが、神威は襲い来る熱に只管耐えていたのだ。 ( このままじゃまずい…… ) 何がまずいのか、朦朧とした頭で考えるが、上手く纏まらない。 手頃な場所に女でも居れば直ぐ様引き寄せて思いのままに抱いたが此処は第七師団の旗艦で望むような相手はいない。 身近にいるのは第七師団団長の神威だけだ。情を交わしたというにはあまりにも遠い。獣の交わりをする相手。高杉からすれば子供だ。恐ろしい力を持つ夜兎の虎児。 「くそ……っ」 もうなんでもいい。 なんでもいいからこの熱をどうにかしたかった。 後のことは後で考えればいい。 感情に身を任せるなど普段の高杉には無い衝動だ。まして身体の衝動に身を任せるなど有り得ない。 けれども今はそうしたかった。 それしか、縋る方法が無いことをまた高杉は識っていたのだ。 ぐい、と背中を押され神威は身を捩った。 どうにかうつ伏せになっていた身体を反転させれば高杉が己に馬乗りになっているではないか。 「……シンスケ?」 熱は先ほどより収まった。夜兎であるのが幸いして、散るのは早いらしい。あと少し我慢すればいつも通りに成る筈なのに、これはまずい。 「退いてよ……」 困る。今だって高杉を犯し尽くしたい。隅々までその魅力的な身体を味わい尽くしたいという激しい欲がある。それはいつものことだったが自制できる自信が無い。 離さないと、と神威が行動に移すより前に高杉が熱の籠った眼で神威に言い放った。 「ヤるぞ」 「へ?」 思わず情けない聲を上げるのは勘弁してほしい。 本当に予想外だからだ。 「さっきヤんないって……」 「いいからヤんぞ」 「でも……」 云い淀む神威に高杉はもう一度云った。 不本意だが仕方無い。目の前で使えそうなのはこの餓鬼だけなのだ。 「ヤんねーのか?」 「……ヤる!」 大人の誘惑には弱い十八歳であった。 ※サンプル此処まで。 |