※威高。阿伏兎と万斉の話。 「連絡をつけて」と云われるのはこれで何度目か。 阿伏兎は盛大な溜息を吐いた。 こちとら戦場だ。馴染んだはずの乾いた空気を阿伏兎は吸う。 あちこちから煙が上がり火の手は緩む気配も無い。 上空の雲の様子から直に雨が降るのだろうと予測出来る。 尚も燃え盛る炎に照らされた上司である神威は酷くつまらなさそうに殺戮を終えた。 このところ強い相手には遭うことも無く淡々と与えられた任務をこなすだけだった。いい加減それに飽いてきたのだろう。 師団の他の連中も同じような様子だから限界である。このままでは味方同士で殺り合うような雰囲気だ。 そろそろ一度ガス抜きをと思っていたところで神威の一声があった。 「高杉、何処かな」 「そろそろ来ると思ったぜ・・・」 そう、もう一ヶ月も遭っていないのだ。阿伏兎としては万々歳であったが、当の神威からすれば我慢の限界である。 殺戮でカバーしていたものの、それもこれほど退屈な任務ならば限度がある。 その上情欲というのを知ったばかりの神威は今が盛りというものだ。この一ヶ月、神威にしては相当辛抱強く我慢したのだろう。 阿伏兎は溜息を零しながら撤収命令を出し、それから懐に入れてあったものを取り出した。 壊れてはいけないので慎重に扱わなければならない。 頑丈に改造させてはいたが、それでも夜兎の力では潰すことは簡単だ。 阿伏兎はそっと布に包まれたそれを取り出した。 携帯電話である。 宇宙中の通信を網羅するという優れもののそれはタキオンだか何だか阿伏兎にはわからない超光速の通信速度を誇っている。 「さっすがだねぇ、こんなところでも電波が入らぁ」 画面を起動させて慣れない手つきで阿伏兎はメール画面を起動させた。 どうせなら音声通信の方が良かったが何分相手が忙しい。故にメールである。 いくら超光速の速度で通信できても、こちらは辺境の星に遠征中だ。流石に何万光年も離れていれば時差が生じるのでこれが届くのは明日になる。 用件を手短に入力して阿伏兎はアドレス帳のショートカットに登録している相手へとメールを送信した。 * メールの着信を告げる合図が来て万斉は携帯電話を取り出した。 バイブレーターが告げる着信のアドレスを見て得心する。 「そろそろだとは思っていたが・・・まあちょうど良いのでござる」 返事の代わりに万斉はヘッドフォンを耳から外し電話をかけた。 回線を宇宙船経由にしたのでものの三コールもしないうちに相手が出る。 「こちとら帰りだぜ、どーぞー」 「了解しているでござる、こちらもそろそろ春雨に向かう用があったのでちょうど良かったのでござるよ」 どーぞー、とまるでトランシーバーで遣り取りするような語尾をつけながら互いの位置を確認する。 そう、専らこの二人、万斉は高杉に「おい、あれと連絡をつけろ」と云われては阿伏兎に連絡を取り、阿伏兎は上司である神威に「高杉何処かな?」と問われては都度万斉に連絡を取る羽目に陥っている。 いっそ二人に携帯を持たせようかと協議したのだが、夜兎対応の携帯モデルが無い為に宇宙中で最も頑丈なものを使用しても三回に一回は壊すことになる。神威に持たせれば一度の使用も無理だろう。その上高杉に携帯など持たせたら只でさえふらふら何処かへ行って仕舞うというのに一層探すのが困難になるに違いなかった。それに携帯を持つ高杉というのもどうにも想像しにくく、高杉をプロデュースする身である万斉としては頂けない。代わりに高杉の身の回りの世話をするものに持たせようかとも思ったが内容が内容なだけにそれも憚られた。故に結局互いが連絡役になるに収まっている。言うなれば神威の携帯は阿伏兎であり、高杉の携帯は万斉なのである。 つまり互いに仕事の関係上、阿伏兎と万斉はメル友のような状態に陥っているのが現状だった。 「では三日後にそちらに到着するでござる、どーぞー」 「了解だぁ、どーぞー」 はあ、と溜息を洩らす阿伏兎に万斉も同情を禁じ得ない。 思わず「お主も大変でござるな」と云えばこの年上らしい苦労性の副官は「これも仕事だちくしょー」と返事を返した。 本来なら夜兎などという種族とは仲良くなる謂れは無い。天人なら尚の事だ。 けれども万斉はこの男に酒の一杯でも奢りたくなった。 どうせあの夜兎の子供は帰還すれば高杉を欲しがるに違いないのだ。そしてそれに満更でも無い高杉に万斉は内心では少し呆れてもいる。 それでもそれ以上に夜兎の持つ力と春雨という巨大な資金源が欲しいから万斉はそれを許容している。 高杉の破壊は全てを壊すまで終わらないだろう。その間にこういった者達と戯れるのもまた仕方あるまい。 今のところこれは必要な事なのだ。 それに部屋の前で互いに仕事をしながらそれぞれの上司を待つことが多い身だ。 万斉は敢えてそれを受け入れているが、阿伏兎は未だに納得がいかないのだろう。それを思えば労いたくもなるというものである。 あの二人の関係について万斉は深く考えるのを止めた。 あまりに深く考えると嫌な予感がする。 高杉は変わらない筈だ。 否、変われないのだ。何と交わろうともあの男は変われない、もはやその地獄は色を変えない。 全てを壊すまであの男は壊れはすまい。 けれども不安がある。 それこそが珊瑚色髪を持つ夜兎の子供。 純粋な力で全てを制する宇宙最強の種である子供。 心配があるとするのならあの子供が己の地獄へと高杉を引き摺りこむことくらいだ。 あの子供の箍が外れて高杉の地獄を全て屠りそして己の地獄へ高杉を攫って仕舞ったら・・・。 嫌な、考えだ。 万に一つも有り得ないが、万一そうなったらそれだけは阻止せねばなるまいな、と思いながら万斉は通信を切った。 そして三日後、それぞれがそれぞれの思惑を持って再会を果たし、久しぶりに機嫌が良い神威に満更でも無いようにそれをあしらう高杉。そしてその部屋の前には万斉と阿伏兎。 万斉は手にした酒瓶を阿伏兎に見せ、「一献どうでござるか?」と声をかけた。 夜は長い。 時間はまだまだあるのだ。 19:地獄で酒盛り |
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