※現代パラレル。叔父と甥。


折角の夏休みに突然の帰宅命令だった。
元よりあまり学校には熱心な方では無かったし、気ままな一人暮らしを堪能していた神威としては年末まで実家に帰るつもりなどなかったのだ。けれども父親からの怒号混じりの電話の内容に気を変えた。
「免許は確かに取ったけどさぁ・・・」
これでは体の良い足扱いだ。
いくつもの電車を乗り継いで山間の別荘地の中にある自宅に帰るなり車のキーを投げられ使いに出された。
文句を云いながらも神威は空港まで車を奔らせる。
相手の連絡先など知らないから車の外に出て煙草を燻らせていれば聲をかけられた。
「久しぶりだな、デカくなったか」
「晋助!」
そう、高杉晋助は何の嘘だか間違いだか父親である星海坊主の弟であり神威にとっては叔父にあたる。
歳の離れた兄弟なのでどちらかというと父親が弟である高杉を溺愛している傾向にあったが、神威も不思議とこの叔父が昔から嫌いではなかった。
長らく海外に居た叔父が帰国するというから神威は夏休みを阿伏兎達と莫迦をするのを取りやめてわざわざ帰省したのだ。
普段は接触の少ない妹の神楽でさえ高杉と会うのを楽しみにしているらしく神威が見たこともないような白いスカートを穿いて一丁前に色気づいている。
神威達にとって高杉とはそういう男だった。
父親と同じ遺伝子を引いているとは思えない程綺麗な男だ。何より父親の薄い頭を見る度に心底自分も高杉も、神楽も父に似なくて良かったと思っている。
「お前が出迎えたぁな、兄貴から聴いてはいたが・・・」
「免許くらい取れるよ」
大丈夫なのか、と高杉が云うので神威は少しむくれながらも取り立ての免許証を高杉に見せた。
いつまでも高杉は神威を子供扱いだ。
「今度はどれくらい居るのさ?」
「さぁな、秋ぐれぇまでは居るんじゃねぇの?こっちの大学にも色々用があるしな」
「ふぅん」
高杉は一見マフィアのような裏社会だとかホストだとかが似合う男であったがこう見えて学者である。
大学で考古学を専攻していた高杉はそのまま師に恵まれたのか学者になって仕舞った。
いつも何か小難しい本を手に眼鏡をかけて机に向かっているというイメージの男だ。
その叔父を車に促し、神威は運転席に座って車を発進させる。
高杉と話をしたかったのでラジオは切った。約一時間と少しのドライブだ。
「その車、兄貴のか?」
「知らないけど、そうなんじゃない?」
「何だそりゃ、適当な答えだなァ、おい」
「俺だって今朝新幹線でこっちに着いたんだよ、帰ったら直ぐ様晋助を迎えに行けって車のキー投げられてさぁ」
それを聴いて高杉は聲をあげて笑った。
「兄貴らしいな、免許取ったってこたぁ、車は持ってんのか?」
「まだだよ、欲しいけど」
そう、車は欲しい。免許は取ったもののあの父親では高校を卒業するまで神威が車を持つのを許さないだろう。
散々やんちゃしている自覚はあるので神威はそれを思い眉を顰めた。
「時間あるか?」
「あるよ、充分すぎるほど」
どうせ家に帰ったら煩い父親がこの男を一族きっての秀才だとか、なんとか褒めそやすのだ。
溺愛する気持ちはわからないでも無い。この叔父は不思議なほど人に好かれる性質だ。
確かに脳筋莫迦といわれる家系には珍しく高杉はインテリだったが、それとは別の魅力をこの叔父に神威は感じている。
それが何なのか未だにわからないがいつも高杉のことを考えると嬉しい反面もやもやするのも確かだった。
「海見に行こうぜ」
「いいよ」
ずっと内陸で海を見てねぇんだ。と高杉は云う。
潮の香りが嗅ぎたいのだと。飛行機から海を見てそう思ったのだそうだ。
だから神威は叔父の望みを叶えるべく車を海へと向けた。

煙草を燻らせながら二人で歩く。
潮騒が辺りに響き砂浜を歩く。
人が多いのかとも思ったが、地元の人間しか寄り付かないような場所らしい。まばらにしか居なかった。
その浜を神威は高杉と歩く。
高杉はいつまでも綺麗だ。もう三十も手前だというのに幼い頃から何も変わっていないように見える。
その叔父がスーツのジャケットを脱ぎシャツを捲りながら前を歩く。
その背に神威は追いつきたいと思う。
世界中を転々とする叔父はこうして戻ってきては神威の視線を釘付けにする。
今もこうして神威の目線を奪って止まない。
前を歩く叔父の背を追いながら神威は初めてこの叔父が好きなのだと気が付いた。
「俺、晋助みたいになるよ」
「学者にか?」
「そう、それで晋助と一緒に世界中を旅するのさ」
高杉はけらけらと機嫌が良さそうに笑う。
そうだ、それなら大学も高杉の大学にしよう。
進学する気は正直なかった。親父のやっているヤクザ紛いの仕事を継ごうかと思っていたが、それも止めだ。
進学には些か大変だろうが、まだ間に合う。夏中この叔父に教えて貰えば大丈夫だろう。
そう思うといよいよ神威はそれが良い様に思えて、高杉の後を追った。
「大学も同じところに行く、」
「じゃあ車買ってやるよ、餞別だ」
この叔父は不思議なほど財産を持っていた。神威の家も財産はあるが、この叔父の場合自分で稼いだものだ。
考古学以外に彼は投資も行っている。大学の時にやり始めたらいつの間にか膨れ上がったのだと云っていた。
「その車で行こうよ」
「何処へ行くってぇんだ?」
「地平線」
ホライゾン、と云えば益々高杉は機嫌が良さそうに喉を鳴らした。

「お前は莫迦だが、そういう莫迦は嫌いじゃねぇよ」
神威、と高杉がこちらを向いた。
光の中で、海と空を背景に男が微笑む。
「じゃあ行こうぜ、」
高杉の低い聲が響く、それだけが世界の全てのように、さざ波が寄せては返すように、その聲だけがいつまでも神威の耳に残った。


18:地平線

お題「血縁」

menu /