※桂高で威高。


諦めきれないものというのがある。
それが桂にとっての高杉だ。
様々な動乱があって、あらゆる悲しみと絶望の坩堝の中で高杉は左目を失った。
その時に高杉は本当に最後の最後まで持っていた大切な何かを失ってしまったのだと桂は思っている。
鬼兵隊を失い、そして共に江戸を離れ、それぞれが別々に行動をするようになった。
先生が死んでから何もかもが一瞬のことだったように思う。
それほど数えきれない程のあらゆる出来事が自分たちの間を過ぎて逝った。
失って仕舞った。高杉の中に在るのはそういった絶望の残滓であり、今となってはそればかりがあの男の周りに集まり更なる絶望を産む。それが物悲しくて桂はいつも悔やむばかりだ。
そうでは無かった。高杉はそんな男では無かった。
昔は銀時と莫迦をやって大笑いしたり、無茶なことをしては勝気に笑ったものだ。
あんな哂い方をするような男では無かった。
そして己は無様にもそんな高杉を幼い頃から一心に想っている。
男が男に、とその違和感に気付くより前に幼心にも高杉に惹かれて仕舞った。
何処が好きと云われたら困る。けれども気付けばその存在から目を離せなかった。
子供だったのだ。高杉は先生しかみていなかった。桂も先生を敬愛しているが高杉のそれは一種の信仰に近い。
先生を失ったことにより高杉は神様を失ったのだと桂は思っている。
そして遂に高杉はその絶望のままに今度は堕ちた高杉を神のように崇める闇の中へと身を落として仕舞った。
神を失いその者が新たに異貌の神になって仕舞ったような心地に桂は眉を顰める。
あれは人間だ。残された数少ない侍の生き残り。
それだけだ。
高杉は高杉でしかない筈だ。
お前はただ人なのだと桂は云いたい。
高杉とて己が神だとは思ってはいまい。傲慢な男であったが其処まででは無い。
けれども少なくとも其処に寄せられる信仰のような想いを高杉は何の情も無く受け入れている。
そして高杉に魅せられたものたちがまた死ぬのだ。
まるで幼馴染が死神にでもなったような心地に桂は息を吐いた。

それでもまだ高杉に人間らしさを感じることがある。
こうして宿にまだ顔を出してくれる時は特に。
桂は高杉を腕に抱いて安堵する。
毎月決まった日に決まった宿で逢う決まりだった。
いなければその日は逢わない。そういう暗黙の了解が成されていて、桂とていつも顔を出せる筈もないし、高杉に至っては気紛れだった。毎月とは云っても年にそう何度もあるわけでは無い。
けれどもその日高杉は珍しく顔を出した。
ふらりと猫が立ち寄るように顔を出す。
桂は心得たように何も云わずに酒と肴を用意させ、高杉を部屋に受け入れた。
闘争の話はしない。
現在の話もしない。
時折思い出したように、遥か過去の話をして、高杉を抱く。
それだけだった。
けれどもその行為が高杉をどうにか繋ぎ止めているような気がして桂は高杉を労わるように抱くことしか出来ない。
好きなのだ。愛しているのだ。
その言葉はいつも通じない。
高杉は桂のその想いをいつも理解しない。
何かが壊れてしまった男に最早桂の言葉は通じなかった。
諭せば高杉は桂を斬るのだろう。
己も次に会えば斬ると云った癖に結局此処で逢瀬を重ねて、高杉を斬ることも出来ないのだからお笑い種だ。
時折、この逢瀬で己が高杉を斬って心中でもすればいいのかとさえ思う事がある。
しかしそれも詮無いことだった。
「俺はお前が・・・」
続きは云えない。どうしても云えない。
高杉は事を終えれば用済みだと云わんばかりに桂に背を向けて仕舞った。
間違えたのだ。
己は間違えた。
こうして高杉との惰性的な関係を続けることに縋るあまり桂は間違えて仕舞った。
本当に高杉を人に戻したければ殺すか奪うかしかないのだ。
今更話して解決などする筈も無く、成す術も無く、それでもお前の居場所はこんな場所では無いと桂は叫びたかった。
お前が昔に戻れるのなら今度は俺がその修羅に身を窶しても構わない。
その慟哭は届かず、全ては過ぎ去った過去でしかなく、それでも桂は諦めきれずこの場に在る無様に己を哂うしか無い。
「いや、いい・・・」
桂はそっとその髪に触れる。
包帯を外し失くした眼の窪みを指で撫ぞる。
その失った眼は屹度桂が探し求めているものなのだろう。
この男を人に戻す為に探し続けている情なのだ。

けれども朝が来る。
非情にも朝陽は昇っていく。
朝方の霧の中で徐々にその男は人から獣の神に身を堕として逝って仕舞う。
その霧の中、桂は振り返った。
振り返った先に寂しげな背ともう一つ、見知った少女が使うような傘を見た気がして、桂はまた後悔する。

何故あの時その手を離したのか。

優しい男だった。
とても優しかった。優しすぎるくらい脆くて柔らかいそんな存在だった。
桂はその男が笑う様が好きだった。
ころころと表情を変え、楽しそうに笑うその風景が好きだった。
何よりも守りたかったのはそれだったのだ。
そして漸く桂は気付く。
彼にとって先生が神様であったように自分にとっての神とも云える寄る辺はその初恋であったのだと。


17:望んだのはひとつだった。

お題「非情のライセンス」

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