夜兎の食事担当は激務である。 激務であるが仕事としては楽だった。 何せ質より量の種族だ。料理の味なんて殆ど介さない上に生焼けでも気にしない。 毒や劇薬の類も殆ど効かないので何を入れても大抵は問題無い。 現に幾度か神威暗殺の依頼などをこの厨房で阿呆元提督から請け負ったこともあるらしいが成功したという話は聞かなかった。 その都度中の人間が入れ替わっているので真偽のほどは一介の料理人にはわからない。 既に阿呆元提督は失脚し死亡しているし阿呆派の者は全て制裁を受けて宇宙の塵となって仕舞った今では知る由も無かった。 今は新しく提督の位置に収まった若き夜兎の男の胃袋を満たす為にこの厨房は機能している。 星々のあらゆる複雑な料理を要求された腕を持つ料理人としてはこの質より量を取る夜兎の遣り方には些か不満もあったが実際激務であるのでそのうちそれも気にならなくなったのが現実だ。 とりあえず何でも食わせておけばいい、それが先輩の教えであったし、その通りだと料理人自身も思っている。 けれどもその日は勝手が違った。 「オーダー?お偉方でも来るんですか?」 ああ、と先輩がメニューを詳細に確認しながら用意を始める。 二週間も前からオーダーが入るなど提督が代わってからは初めてのことだ。 「一人な、夜兎族ではないのが居るらしい、ほら、新しい提督と一緒に阿呆を討ったっていう・・・」 「辺境の星のなんて云いましたっけ確か侍だとか・・・」 「そう、それだよ、その男も同席するらしい」 へえ、と料理人は頷いた。 あの逸話は有名だ。春雨内で知らないものはいないだろう。 阿呆元提督が第七師団団長の神威を殺そうとして無様に失敗したのはその男の協力があったからだと。 あれから噂などはさっぱり訊かなかったが久しく遣り甲斐のある仕事に料理人は意気込んだ。 偶にはまかない料理のようなものではなくまともなものを作りたい。 その日、高杉は気乗りしない物の、神威の望むように元老への会議に立ち会った。 面倒な話であったが取引としては悪くない。ならず者の集まりなだけに神威の発言権も強いようだった。 それを操るつもりなど高杉には毛頭無いが、取引の代わりに厄介な依頼も受けて仕舞ったので結果は五分五分というところだろう。 その後通されたのは以前阿呆が使っていたダイニングだ。 「今日はゆっくり食べようと思ってさ、」 神威は機嫌が良さそうに高杉を先導する。 他の夜兎達もねぎらいの為に呼んでるけどまあ気にしないで。と言葉を足されて高杉は眉を顰めながらも神威の後に続いた。 「・・・」 高杉の目の前には堆く積み上げられた食事の山だ。 積み上げられすぎていて前も見えない。 「じゃ、食べよっか!」 頂きます、とそれだけは礼儀正しく手を合わせて、神威の合図で一斉に皆が食べ始める。 高杉は神威の直ぐ近くの席にある机の僅かなスペースに一品づつ出されてくる懐石料理らしいものに目を遣った。 「高杉はさぁ、少食だから、ちゃんと用意したんだよ」 そう、神威はこういった気遣いは出来るのだ。 一応そのくらいのことはわかるのか神威は不躾であったが、最低限相手のことを慮ることは出来る。 だから高杉の為にわざわざそれを用意したのだろうということも伺いしれた。 上品に盛られたそれは確かに悪くない。 悪くないものだ。 味もきっと良いのだろう。 高杉とて贅沢ばかりをしているわけでは無いのでそれがどれほど贅を凝らして作られたものかわかる。 神威の指示で厨房の者が頑張ったのだろう。 だが、高杉は一向に箸を動かさない。 否、動かせないのだ。 目の前で繰り広げられる料理の争奪戦に動けない。高杉の食事には誰も手を付けないがそれ以上に物凄い勢いで減っていく皿の数に、高杉は閉口した。 「何?食べないの?」 「見てるだけで腹ぁ一杯になるんだよ・・・」 げんなりとしたまま高杉はどうにか猪口に注がれた酒を煽った。 上質の素材の酒が喉を潤すが、その味さえも霞むのは目の前の光景の所為だ。 そして思い出す。 いつか銀時が腹いっぱい堆く積まれた料理を食べたいと云っていた。それが夢なのだと。 戦場での話だ。その時は莫迦かと哂ったものだが、戦場で何もかも不足していたからその想像に乗ってみたりもした。 けれども高杉は知る。実際それを目の当たりにすると最早食欲が刺激されるどころか、吐きそうになるのだと。 「おっかしーなぁ・・・口に合わなかったか・・・」 折角腕を揮った料理には殆ど箸が付けられなかったそうだ。 勿論残さず全て夜兎が消費したらしいが、料理人としては不満だった。 レシピ通りに作法に倣って作ったつもりだったが余程雅な御仁だったのか、残されたとあっては料理人の不覚である。 「その御仁から詫びにと酒が届けられましたが・・・」 「そうか、味は悪くはなかったんだな・・・じゃあ体調でも悪かったのか・・・」 届けられた酒は美味いものだった。それを見て料理人は想う。 矢張り雅な御仁だったのだと。食べられなかったのは何か深い事情があったのだと。 しかしまさかその理由が夜兎の為に作った食事の量だったとは誰も気付かなかった。 15:うずたかく積まれた夢 |
お題「料理人」 |
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