差し出された其れに高杉は一瞬どう反応すべきか迷った。
神威だ。
最近神威はよく高杉の周りを出入りする。妙なものに懐かれたとは思ったがその慕い方が悪い角度では無いので高杉も好きにさせていた。好きにさせていたらそのうち褥にも入ってくるようになったから失敗したとは思っているが、それでも満更でも無いのは高杉がその享楽を好しとしたからに他ならない。
だからこそ万斉などは良い顔はしなかったが神威の背景にある春雨と夜兎で構成される第七師団という強大な武力と資金力の為に渋々神威というその子供を許容するに至った。
高杉は一度筆を持っていた手を止めて、それから傍らにあった煙草盆を引き寄せる。
火入れから火を点け淀みない動作で煙管を吹かした。
一服吸って、それから、高杉は大人しく高杉の前に立つ神威を改めて見遣る。
神威は手にした大量の花束を高杉に差し出した。
「受け取ってくれないの?」
「そもそも何で花だ?」
「健全なお付き合いっていうのをしようと思って、花束を渡すところからやろうかな、って思ったんだけど」
「俺ぁ女じゃねぇよ」
花など贈られる謂れも無い。ぴしゃりと高杉は神威に言い放った。けれども神威も神威でそれは予測済みなのか笑みを絶やさないまま高杉の前に花束を差し出す。見ている周りはひやりとする瞬間だ。
この二人は一見穏やかだがいつ殺し合いになるかわからないような殺気を孕んでいる。
一触即発のその様子に傍らの万斉が見兼ねて口を開く前に高杉が息を吐いた。
「花は別にかまわねぇ、だがなんでそれなんだ?」
「それって?」
神威の手に握られているのは桜の枝に向日葵、そして桔梗に椿ときたものだ。
枝付きのものから草花まで抱えられているが、その取り合わせに高杉は軽い眩暈を覚えた。
「こういうの風情っていうんでしょ?」
小首を傾げる様は美少年かさながら美少女か、悪くは無いが何せ中身が最悪だ。
莫迦丸出しのその問いに高杉は今度こそ重い息を吐いた。
「これは風情とは云わねぇよ、無粋ってんだ」
「無粋・・・」
矢張り首を傾げる神威は少し思巡した後、それが間違いであると理解したらしく、高杉に対してむくれて見せた。
「そうなの?難しいね、高杉が喜ぶと思ったんだけど、ちゃんと侍の星にある花を用意させたのに・・・」
「確かにそれは間違っちゃいねぇがな、季節感がなさすぎる」
「季節感?」
そう、と高杉は頷いて見せた。
面倒だがこれは云って聞かせて納得するまでは神威も引かないのだろう。
何せ喜んでもらえるものと思っていたらしく、神威は納得がいかない様子だ。
「桜は春、向日葵は夏、桔梗は秋、椿は冬だ。普通は季節に合わせるもんだ、そもそもどうやってこんなばらばらの季節のものを持ってこれたんだか・・・」
「ああ、四季っていうんだっけ?色々あるんだね」
「それに枝ものをそんなに持ってきても仕方あるめぇ、だからてめぇは無粋だってんだ」
おい、と高杉は近くに控えていた男に声をかけた。
男はその一言だけで心得たように下がる。
程無くして男が花瓶をいくつも持ってきたのだから神威は驚いた。
夜兎とは違い、侍のことはよくわからないが、高杉の下に居る者達は皆躾が行き届いている。
高杉が一言発するだけでだいたいの内容を察知できるのだ。
これがどういう魔法なのか未だに神威にはわからないが、高杉を観察していれば彼が特定の動作をしているときにそういうことが多い気がする。だから高杉の周りに居る部下達はそれで高杉が何を欲しているのか察せられるのだろう。
こうして怒られる神威とは大違いだ。
それを思うと神威は少し不機嫌になった。
「喜ぶと思ったのに・・・」
「悪いとはいわねぇよ、飾れば雰囲気も出るだろ」
どうでもよい様に高杉が言い放つが、こう見えて高杉は育ちが良い為かそれなりにきちんとする性質のようで、その満更でも無い様子に神威は溜飲を下げた。
「でも無粋なんでショ」
「無粋だがな、こういうのは遣り様だ」
高杉はそれぞれの花を小分けにして、別々の部屋に配置させた。春の物は春が合うように、それぞれの季節を彩ったものを配置させて、あっという間に高杉の旗艦中に花は飾られた。
「この部屋にはそれでいいの?」
高杉の部屋に飾られたのは椿という花が一輪だ。
あんなに沢山あって華やかだったのに、勿体無いと神威は思って仕舞う。
けれども高杉はその一輪を竹の花瓶に挿して置いた。
「今は冬だからな」
「江戸が?」
そうだ、と高杉は返事の代わりに煙管を吹かした。
成程、派手な方が良いと神威は思ったが、こうして高杉と椿を見ると風景に上手く溶けているようにも見える。
こうなるとどちらが華なのか、神威にとってはそれは言わずもがな高杉であったのだが、高杉を上手く引き立てるその花の置き方にそういう使い方もあるのだと神威は学習した。
けれどもあの花々を手に入れた苦労を想えば少し勿体無いと思うのは人情だ。
尚の事、神威は高杉に食い下がる。

「でもいっぱいあったら風情じゃなくてもさ、ほら、侘びとか寂びとか云わない?」
「侘びってもねぇし、寂びってもねぇよ」


12:華と風情と侘びと寂び

お題「花束」

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