※3Z設定。


それを拾ったのは偶然だった。
学生証だ。靴先にあたったそれを神威は徐に拾い上げ中を確認すれば見知った学校のものだった。
妹の通う高校のものだ。
捨て置いても良かったがその日は偶々神威は一人であったし、気が向いたので繁華街に向いていた足を逆の方向に向けた。勿論届けてやる為だ。

「これ、あんたのところの学校のでしょ」
拾ったから、と適当に校舎から出てきた男に渡せば、男は中を確認して有難うございます、と云った。
「わー!これうちの局長のです!落としたって云ってたけど、わざわざ届けて頂いてすみませんねぇ」
山崎退は歓声の聲をあげながら神威に応対した。
しかし次の瞬間固まる。
「って・・・!」
相手はあの夜兎工業高校の神威では無いか。
悪名高いその噂はいくつも聴いているが、まさかそれが目の前に居るとは思わず、山崎はその名の通りやや下がりながら神威に手にしていたものを押し付けた。
「こ、これどーぞ!」
じゃ、と慌てて消える山崎が神威の手に残したのは一つのアンパンであった。
「なんだ、これ・・・」
御礼ってことかなとぼんやり神威は考え、それから、まあいいかとそれを持ちながら歩く。
それから数分もしない内に神威はまた別の事態に遭遇した。

倒れている。
目の前で人が行き倒れている。
無視してやり過ごそうかとも思ったが通り過ぎる瞬間に足を掴まれた。
動体視力に優れている神威の足を掴むとは尋常では無いスピードだ。
その男はううう、と顔を上げ「食べ物を・・・」とあからさまに神威の手にしたアンパンを指さした。
「何、これ欲しいの?」
こくこくと頷く男とアンパンを神威は交互に見据え、まあいいかとそれを手放した。
別に今お腹が空いているわけでもないし、仮にお腹が空いていたとしてもアンパン一つで神威の腹が膨れるわけでも無い。
だからどうでもよくなったというのが本音だ。
神威が投げたそれをすかさずキャッチして食べる男は学生の様だったがよく見れば阿伏兎のようにおっさん臭い。
「まるで駄目なお兄さんって感じだネ、」
「ああ、すまねぇ、助かったもう三日食ってねぇんだ」
「じゃ、俺は行くよ」
立ち上がった神威に男は待て、と聲をかけた。
「貰いっぱなしってのはナンだからこれやるよ」
「何?」
「食べられるものが当たるわけで無し俺のクジ運は最悪なんだ・・・だから持っていても仕方無いからな」
差し出されたものは福引券だ。
近くにある大型電気店のものである。成程一枚きりなら当たるわけも無い。
どうせティッシュが関の山だろう。
まあいいか、と神威はそれを受け取りその場を去った。

寄るつもりも無かったが、大型電気店は近くだ。
福引の期限が本日中というのも神威の気を誘う。
どうせやる事も無いのだ。
今日はやたら誰かから物を貰う日だと思いながらも神威は福引のあるフロアの一角へと向かった。

カラン、カラン、と鐘が鳴る。
「おめでとうございます!」
「何?当たったの?」
「二等、クーラーです!」
一等は大型デジタルテレビだ。どうせならそっちが良かったと思いながらも貰えるものは貰う。
かさ張らない分ティッシュの方が良かったとさえ思いながらも神威はその箱を受け取った。
大きいが持てないほどでは無い。
阿伏兎にでもやるかと思いながら神威はその場を後にした。

けれども電気店を出るなり事態は急変した。
「お、何それ、買ったの?」
「あんた・・・確か・・・」
「銀魂高校の銀八先生だよ、」
「そうそう、前に喧嘩を止められたよね」
以前高杉との決闘に水を差した男だ。
神威はその時の記憶を呼び覚まし少し機嫌が降下した。
だが、その銀八とやらの背後に居る男を見つけて気分が上昇する。
「高杉!」
そう高杉晋助だ。
神威が欲して止まない相手。
既に殺伐とした関係は色々あって形を潜め今では連絡を取り合うような仲になっている。
ただでさえ学校が違うのだからこうして偶然にも会えるのは神威にとって僥倖だった。
「よお」
「何?二人仲良くなっちゃったの?あー・・・それクーラー、いいね俺んとこ扇風機だし・・・」
「当たったんだよ福引で、別にいらないんだけど・・・」
「何それ!くれよ!寧ろ俺が欲しいよ!」
「えー・・・」
別に要らないが欲しがられればちょっと面倒だ。
それにこの白髪の男と神威は相性が悪い。
とにかく高杉とは別の意味でこの男は神威の闘争本能を刺激する。
「これと交換しよう!」
ぐい、と目の前に高杉を出され、神威は思わず目を見開いた。
「高杉を呉れるなら仕方ないなぁ、これあげるよ」
「良かった!じゃ、高杉!これで解散な!」
「ちょ・・・銀八!てめぇ!」
神威が手放したクーラーの入った箱を銀八がいそいそと駆け足で持って行って仕舞う。
それを見届けて高杉は溜息を漏らし、それから煙草を取り出して火を点けた。
「俺にも頂戴」
神威も高杉から一本拝借してその火を分けてもらう。
「で、どうして高杉は此処に?」
「学校の壊したやつの補修用品の買い出し」
ああ、成程。神威もそれをよく学校の教師である星海坊主に命じられるがいつも逃げている。
高杉もそうだろうが今回は逃げられなかったらしい。
「今日はね、面白かった」
「・・・」
高杉がつい、と神威を見た。
この男はいつでも抜身の刃のようだ。
その鋭さを神威は気に入っている。
そのくせ、時折驚くほど甘い何かが高杉にはある。
「学生証がアンパンになってアンパンが福引券になって福引券がクーラーになったんだ」
「それで最後は俺か?まるでわらしべ長者だな」
それを聴いて神威は聲をあげて笑う。
確かに、確かにその通りだ。
でもそれなら悪くない。
拾った物が最終的に高杉に化けたのだから申し分ない出来だろう。

「ちょっと付き合ってよ」
「俺がクーラーと交換されたからか?銀八のやつ・・・」
ちっ、と高杉が舌打ちするが、神威は高杉を逃すつもりなど無い。
「今日は俺のもので居てよね」
その言葉に返事をしない代わりに高杉は煙を燻らせながらゆっくりと神威の後に続いた。


11:わらしべ長者

お題「わらしべ長者」

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