「これもおいしーよ」
もぐもぐと神威が差し出したイカ焼きに高杉は呆れたように手を振って歩き出す。
高杉は煙管に火を点け、のんびりとした動作で神威の前を歩いた。
「話があるってぇから来たが、買い食いなら付き合わねぇぞ」
「もー高杉はわかってないなぁ、これがいいんじゃない」
神威は次々と換金した金銭を取り出しては屋台で買い物をする。
見れば全て土産物の類で、ほとんどが食べ物であったが土地の名産品なども交じっている様だった。
「いつもこうか?」
「まぁね、時間がある時はこうして買い物をしたり遊んだりすることもあるよ」
今日は高杉も居るから尚の事楽しいや、と云われては高杉は閉口するしかない。
そういう風に素直に感情を表現されると高杉は弱かった。
子供の論理だが、高杉はそういった純粋さが嫌いでは無い。
気が向いた。それだけだ。
深く、考えてはいけない。
こうして神威に付き合うことに対して高杉は思考を放棄する。
深く考えれば屹度面倒なことになると高杉自身わかっているからだ。
この欲しがる子供に高杉が返せるものなどもう何も無いのだから。
疾うに失ったものの欠片をこの子供は高杉に思い出させる。
それが、高杉をより寡黙にさせた。
「よくやる、どうせ滅ぼすんだったらいらねぇだろう」
そう、此処は任務先だ。あと数時間もすれば部隊が突入してこの星は滅ぶ。
春雨の元老の命令だった。今回は共同での任務だ。余程重要度が高いのか陽動に第七師団を投入して、高杉達鬼兵隊はその間に必要なデータを回収する。この星が頑なに秘匿している技術を奪うのが任務だった。
「この平和な時間がいいんじゃないか、どうせもう終わる星なんだ。最期くらい楽しませてあげないと」
張り付けた笑みを浮かべながら神威が云う。
高杉はその悪趣味に息を吐いた。
「はっ、ならこれは最期の祭りみてぇなもんか」
「そう、もう無くなるんだ。跡形も無く消えて仕舞う。だからこそ楽しい、俺はそれを味わいたい」
新たな土産物に手を出して神威は会計を済ませる。
どうせ壊すなら会計をする必要も無いのだろうが、神威にとってはそうでも無いらしい。
彼なりの美学があるようだった。其処に口を出すのも野暮な気がして高杉はただそれを眺める。
夜兎のこうした直線的な思考や楽しみ方は高杉達には理解できないものだ。
けれども、見た目こそ大差無いが実際には身体のつくりから思考まで違うものが宇宙にはあるのだということは理解した。
夜兎は殺すことも、自身が殺されることにも躊躇というものが無い。
恐怖心が無いのかどうなのかそのあたりは己が夜兎でないので高杉にはわからなかった。
ただの莫迦の集まりかとも思ったがなかなかどうして、夜兎も力だけの莫迦では無いらしく、少しは頭の使える連中もいるようで、何が己達の利益になるのかをきちんと理解もしていた。自分たちの種族が抱えるリスクも承知している。
神威とてそうだ。莫迦な子供だと思っていたが案外そうでも無い。
高杉を欲するとき神威は慎重に高杉に触れる。
夜兎の力は強い。阿呆元提督を殺した時に目の当たりにしたが助走をつけて奔っただけで戦艦の装甲を破壊できるような怖ろしい威力がある。神威一人を得ただけで戦艦を何隻か手にしたような気分だった。
だからこそ神威は高杉に触れる時どの程度の力を加えたら高杉が傷つくのかを測るように、慎重だった。
最初はその測るような仕草に驚き苛つきもしたが、最近では加減がわかったのか、高杉へ触れても問題無い。
宇宙最強だという戦闘種族らしくもっと野蛮に振る舞うのかと思っていたものだが、神威はそうはしなかった。
最も聴いた話では神威は高杉に遭う前は加減できずに次々と褥で相手を殺していたというのだから高杉だけが特別なのかもしれない。
( やめた )
褥でのことを思い出すなど自分らしくもない様に高杉は薄ら笑いを浮かべ神威に続く。
神威はまるで旅行にでも来たかのようにはしゃぎながら人混みを潜っていく。
無邪気で、純粋。

故に残酷。

高杉は、はっとあたりを見回した。
神威だ。
必要なデータを回収して幾人かの技術者を捕獲して、それから、外に出た。
既にあの歓楽街は無い。
わずかな間に風景は様変わりして仕舞った。
つい先ほどまであったような屋台は無く、夥しい量の瓦礫と死体が積み上げられ、濃厚な血の香りが辺りに充満している。
既に周囲はサイレンの音と、悲鳴が響くばかりだ。神威はそれを躊躇いなく殺す。
あれほど楽しそうにしていたのに、其処には何の未練も無い。
それが高杉には眩しい。
これこそが己の欲していたものの筈だ。
これが真実の筈だ。
「簡単に壊れるよね」
慣れた様子で神威は瓦礫の上に立つ。
逆光で、包帯に巻かれた姿と夜兎の象徴であるマントをたなびかせ、神威は傘を掲げる。


「ねえ、高杉、あんたは自分の星をこうしたいんだろう?」


哂うそれに高杉は背筋を震わせた。
「は、はははっ」
笑みが零れた。
そう、その通りだ。自分の全てを奪った世界を高杉は壊す。
あの平和な風景を高杉はこうして瓦礫に変えて仕舞いたい。
全てはあの人を失ったその日から。
高杉の郷愁は記憶の中に留まり、最早永遠に取り戻すことは叶わない。だからこそ世界を破壊しようと決意した。
目の前の餓鬼が立つ風景こそ、高杉の望むものだ。
高杉は自身の手でそれを成したい。
それがどれほどの業でもかまわない。どれほどの憎しみと恨みの業火に苛まれようとも高杉の苦しみは悲哀はそれを遥かに凌ぐ。
「たまんねぇな」
神威が瓦礫から降りて、そして高杉に顔を近付けた。
此処に罪がある。罪深い種と、罪に身を投じる愚かな自身。
降る口付けに、高杉は躊躇いなく舌を絡ませながら、その煉獄に身を焦がした。


10:いつか罰が下ると本当は知っていた

お題「旅行」

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