「侍って面白いよねぇ、あんなので戦ってさ」
遠巻きに神威は戦場を眺めた。
その視線の先に居るものの正体を知って傍らの阿伏兎は思わず顔を顰める。
顰めて当然だ。
視線の先には近頃団長こと目出度く春雨の提督に収まった神威が執心しているあの男が居た。
任務先で補給要請があってたまたま近くを航行していた第七師団がそれを請け負うことになったのだ。
最も補給要請が鬼兵隊でなければ神威自らがこうして戦地に赴くことも無かった。
元より第七師団は白兵戦部隊であり、気風からして補給されることはあっても補給をする側になど回ったことが無い。
けれども団長の命令であるからして従うのが此処のルールである。
寄り道をすると云われて嫌な予感がしたが、もう仕方無いと阿伏兎はやや達観すらしていた。
刀一本でこの戦場を駆ける侍という生き物は確かに興味深い。
弱い筈なのに、其処には別種の強さがあった。神威の面倒を思えば関わりたくないのが阿伏兎としての本音であったが、その侍の有様には吉原で目にした時から興味は惹かれた。
辺境の蛮族の一集団にしか過ぎないそれは夜兎が遭遇したことが無い種類の強さがある。
「刀一本でこんなことするなんざ狂気の沙汰だろうよ」
「それがいいんじゃない、銃で撃たれても向かっていくなんてさ、俺達みたいに直ぐ回復するわけでも無いのに、死にたがりの集団なのかな」
「俺ぁてめぇの趣味にはとやかく云わねぇが、こればっかりは云わせてもらうぞ団長。何度も云うがありゃぁ性質が悪い」
「其処がいいんじゃないか、わかってないなぁ、阿伏兎は」
そう、まさか、なのだ。
あの辺境の侍集団のトップと、ウチのトップがまさかイイ仲になるなんて一体誰がどうやって想像できただろう。
そもそもの原因はあの阿呆元提督の一件なのだが、一瞬阿伏兎が目を離した隙に何故こんな事態に陥ったのか、どうしてこうなったのか阿伏兎以下団員としてはさっぱりわからない。
ただわかっているのは団長である神威が相当、あの高杉晋助とかいう男に入れ込んでいるということだけだった。
「高杉は弱くて強いからいいんだ、あれはあれで趣っていうの?そういうのがイイのさ」
「ガキが語ってるんじゃねぇよ、そもそもてめぇは夜兎の貴重な遺伝子をなんだと思ってやがる、無駄撃ちしてないでガキでもこさえてろ」
「阿伏兎お得意の種の保存ってやつ?作らないとは云ってないんだからいいだろ、別に。まあ高杉が女だったら俺頑張っちゃうけどさぁ」
「じゃなきゃさっさと殺っちまえばいい」
神威は一瞬思巡するように阿伏兎を見てから、そしていいや、と首を振った。
「まだ、だよ、勿体無い、高杉はまだまだ俺を楽しませてくれる」
手を出すなよ、阿伏兎、と釘を刺されて阿伏兎は戦慄する。
その眼に宿る狂気交じりの酷い執着に、ぞっとした。
脂汗が噴き出るような感覚に、まったく性質が悪い、と阿伏兎は息を漏らす。
この子供は、阿伏兎の光だ。
夜兎は脆い。陽の光に当たればどんなに最強を誇っても簡単に死に至る。あの夜王鳳仙ですら死んだのだ。
けれども、それを除けば確認されている種の中で最上位に君臨できるだけの力が夜兎にはある。
その戦闘に明け暮れる生から命を落とす同胞が多い為に宇宙を彷徨う夜兎の種の個体数が気づけば随分減って仕舞った。
夜兎の血の本能は純粋に力だ。それ故に同族殺しにさえ高揚を感じる。闘争こそが生の全てであり、我を失って死ぬ者も多い。
だからこそ滅びに瀕している種になって仕舞った。
この子供は、神威は、それを危惧している阿伏兎にとって輝かしい力を持ち得た男だった。
神威にこそ、阿伏兎は夜兎の根源の力があると確信している。
神威の父が夜兎で純粋な種として最強を誇るように、神威もそうなるだろう。否、もうそうなっているのかもしれない。
まだ発展途上の神威の力はそれ以上に伸びる筈だ。
だからこそ、神威に付き従っている。神威の描く地獄が阿伏兎には好ましい。
この子供が、成長して大人になり、夜兎という種の新たな歴史を築くであろうと思うからこそ、阿伏兎は今此処に立っている。
「侍、ねぇ」
蛮族の、個体数こそ多いが武装集団としては時代遅れになって仕舞った者たち。
開国されて、彼らの多くは武器を捨てた。
それを棄てきれなかったかつての文明の残滓が高杉達『侍』だと阿伏兎は思っている。
「なんの、因果か・・・」
放っておけば、そのうちその侍とやらも消えて仕舞うのだろう。
仁義だとか、絆だとかそんな下らないものを後生大事に持っている連中だ。
夜兎が絶滅させた数多の種のようにいずれ消える。あの高杉という美貌の男はその最後の灯のようだ。
だからこそ、目が離せないのかとも、阿伏兎は想う。

そう、どちらも滅びに瀕している。
その中で神威が阿伏兎にとっての光であるように、神威は高杉にその光を見たのだ。
消える直前の最後の光に惹かれて、神威はそれに手を伸ばさずにはいられない。
それがわからなくも無い。
高杉という男はそんな不思議な吸引力があった。
闇に生きる者を引き寄せる。
それだけがたった一つの寄る辺というように、あの男にはそんな光がある。
賽の河原で彼岸を見ているような気分になる。
滅びの中でこそ、それは一層美しい光を放つ。
「さっさと振られちまえよ、団長」
「振られるのはいやだなぁ、俺、高杉が欲しいもの」
惹かれるのはかまわない。阿伏兎でさえあの男には惹かれるものはある。
例えば手足を折って閉じ込めて果てるのを見たいというようなそんな悪趣味な欲が湧く。
けれども、この二人の惹かれ方はまるで純愛だ。
悪党同士、悪党らしく関係を築けばいいのに、神威は高杉に出遭い。初めて恋を識った。
そしてまた高杉も、惑いながらも、神威を拒まない。
拒む筈だと思っていた。あの男はこんな餓鬼を相手にするような男ではなかった筈だ。
けれども、一度繋いでしまえば、もう駄目だ。
神威はおおよそ知ることの無かったいくつもの感情を高杉によって知り、そして高杉は、神威に時折苦しそうに、或いは懐かしいものでも見るかのような視線を向ける。
そう、どこまでもこの二人の恋は純粋なのだ。
悪党が二人、ひたむきに純愛をしているなどと誰が思うだろう。
透明で美しい何かを彼等は育んでいる。
彼等はその点に関してのみ恐ろしく清廉で、誠実だった。
どす黒い執着と殺意、ぞっとするほどの想いを抱えながらも、何処までも相手に誠実なのだ。
純粋に真っ直ぐに向くその想いに、阿伏兎は戦慄が走る。
透明な阿伏兎でさえ知らない何かが彼らの間にはある。
出遭って仕舞った。何かが彼等を引き寄せた。
それはもう取り返しがつかない。
諦めるしかない。けれどもいつかその透明な何かが神威を連れて逝かないことを祈る。
神威がその程度で潰れるとは思わない。けれども万に一つの確率で、そうなったら?
阿伏兎の光があの高杉という男の為に消えることだけが阿伏兎の気掛かりでもあった。

「知るかよ、団長、補給はどうするんで?」
「うーん、勝手にやってもいいけど怒られたら嫌だし、高杉に訊いてこようかな」
じゃあ、行ってくる、とちょっと買い物にでも行くかのように神威は艦橋から飛び降りて仕舞う。
追いかけようかとも思ったがそれも莫迦らしくなって阿伏兎は止めた。
「ったく・・・誰でも捕まえて訊きゃあいい、てめぇが会いたいだけだろうが」
「まあね、でもさ、阿伏兎、俺は悪くないと思ってる」
「何が・・・」
「高杉は死ぬよ、でもできれば俺の手の中で死んでほしい、あの人は俺に何も呉れないだろうから、俺は何もかも終わった抜け殻でもいいから欲しい」
「・・・」
神威は哂う。それが眩しくて阿伏兎は眼を細めた。
「滅びに瀕した者同士、悪くないだろう?それを見届けるのはせめてもの手向け、だよ」
「まだ滅んでねぇよ、てめぇなんざさっさと高杉に見限られりゃいいんだ」
あはは、と神威は哂う。
この腹心の気持ちもわからないでもないし、その危惧も理解しているつもりだ。
神威は莫迦では無い。
だからこそ、想う。
だからこそ惹かれる。

滅びに向かう夜兎という種族と、そして滅び去ろうとしている最後の侍。
滅ぶもの同士、それも悪くないと、刹那に神威は思った。
目の前には地獄。血塗られた地獄の風景がある。
その地獄の中佇む彼岸が其処にある。
神威は眼を細め、そしてひたむきな想いを目線の先の男へ向けた。


09:賽の河原で彼岸を見る

お題「滴るもの」

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