音がする。
その涼やかな音は透明でとても綺麗で、高杉の耳を心地良く擽った。
「それで、聴いてる?高杉」
「ああ」
嬉しそうに高杉の耳を鳴らすのは神威の聲だ。
春雨第七師団団長。そして今は春雨を掌握し提督の座に就いた子供。
整った顔に、愛らしい唇。白磁の肌に珊瑚色の髪、陽に弱いというのに、目は蒼穹のような青だ。
これで夜兎だと云われなければ彼が春雨の元老に次ぐトップだと誰が信じただろうか。
そのくらいアンバランスな子供だ。高杉は神威を見る度に出来の良い殺戮人形を見ている気分にもなった。
夜兎とは皆こうなのかとも思ったが、彼の副官である阿伏兎などを見ると肌の色は薄かったが容姿が端麗というわけでもないらしいので、この子供が特別なのだろうと高杉は思う。
縁あって彼と共闘することになったが、高杉はこの子供が嫌いでは無かった。
夜兎は良い。単純で明快に出来ている。
力が総てだ。力ある者が全てを手に出来る。
だからこそこの神威という子供が夜兎の中でも特別に際立っているのだ。
まだ子供の神威が頂上に君臨している。つまり神威が一番強い。
その強い男が高杉の前に居る。
高杉を明け透けに欲する神威のそれは高杉が呆れるほど真っ直ぐだった。
初手で抱かせてくれと云われたのは流石の高杉も久しいことだ。
自覚無く高杉に付き纏っては副官の阿伏兎と云ったか、その男に引き摺られていく様を何度か目にした。
それから暫くしてそれが性欲の伴うものだと遅まきながら理解したらしく、行き成り抱かせてくれときたものだ。
高杉は呆れもしたが神威のその真っ直ぐさに目を瞠ったのも確かだ。
近頃ではそんな風に高杉を扱う者もいない。
桂や銀時達でさえ、高杉のそんな内側の部分には触れてこない。
けれども神威は違った。神威は高杉の内側へ高杉の意識していない角度から入ってくる。
真っ直ぐな言葉で残酷に高杉の内側に神威は無遠慮に触れてくる。
けれどもそれを高杉は拒むこともしなかった。
その痛みが心地良いこともある。それに知りたいのだという神威の無邪気さ故に咎めることも憚られた。
神威は攘夷など関係が無い。まして人型とは云え天人であり、敵の筈だ。
けれども、春雨と与することによって高杉は世界を壊すと決めた。故に今は敵では無い。
だからこそ神威の立場は高杉からすると微妙であった。
子供とは云え神威は高杉が与している組織の長だ。
その神威が無邪気に高杉を欲する様は酷く甘さを伴っていて、高杉はそれに眩暈を覚える。
「高杉、俺あんたが欲しいよ」
「欲してどうする」
餓鬼がよ、と高杉が煙管の煙を神威に吹きかける。
けれども神威はそれを気にもせず真っ直ぐに高杉を見た。
「欲しいんだ」
真っ直ぐなそれ、どこか眩しささえ覚えるそれに高杉はぞくりとする。
力だ。
夜兎の純粋な力の論理の世界。
「餓鬼が色気づいてんじゃねぇよ」
「大人になったらいいの?」
「なったらな」
「どうしたらなれるの?」
俺充分大人だよ、と云う神威に高杉は眼を細めた。
「大人って云ってる内は大人じゃねぇよ」
そう高杉が云えば神威は拗ねたように口を尖らせる。
それが案外可愛いものだから高杉もつい絆されそうになる。
その程度にはこの子供に思うところはあるのだ。
「俺が大人になってもっと強くなればアンタは俺のものに?」
「さぁな」
純粋な夜兎。
力が全ての世界で生きる者のルール。
夜兎の力で制する世界ならば或いは力で劣ればいつか自分はこの夜兎のものになるのかだろうかとさえ思う。
莫迦莫迦しい、と高杉は頭を振った。
今更だ。何もかも遅い。
遅すぎた。
神威との出遭いは高杉にとって欲したものであったが、それでも高杉は己をこの子供に呉れてやることなど出来ない。
けれども出遭って仕舞った。
まるで決められていたかのように、高杉は神威に出遭って仕舞った。
「アンタを俺だけのものにできたらいいのに」
「してどうする?天下の春雨の提督がそれじゃ情けねぇ」
「そうかな、高杉が女だったらもっと簡単だったのにね」
「何が簡単だ」
「だって俺の子をいっぱい産んでもらうよ、あんたと俺の子供なら凄いのが出来ると思うんだ」
「くだらねぇ、そういうのが餓鬼だってんだ」
「じゃあ何なら高杉は呉れるのさ」

ああ、と思う。
その真っ直ぐな眼に、鮮やかな蒼穹に。
陽の光を浴びられぬというのに、まるで空のような美しさを湛えるその眼に、触れたくなる。
けれども高杉はそれを止めた。
そして煙管の灰を静かに落とす。
「やれるもんなんかねぇよ・・・」
遅すぎた。何もかも遅すぎた。
或いはこれが過去であったらこの子供を受け入れられたのか。
それも否だ。
どう考えても神威と高杉は繋がるべきでは無い縁で結ばれている。
死体ならいい。
いつか全てを果たして何もかも終わって、その抜け殻で良ければ、この餓鬼に呉れてやる。
「俺は貰うよ、いつか」
いつか、というその遠い誘い文句が高杉には眩しく、その強かさに惹かれる。
若く雄々しいそのひたむきさに高杉は覚えがあった。
懐かしいそれ。
それは懐かしい過去に捨ててきたものの残骸だ、
神威はそうして高杉が捨ててきた残骸の中からそれでも高杉に何かを見せようと色んなものを拾ってくる。
失った感情の欠片達を手探りで探し当てるようにその意味を知りたいのだと高杉の前に持ってくるのだ。
高杉はそれを見る度に思い出す。
俺にもそういう時代があった。
何でも無いことで哂ってしまうような、そんな時代。
戦争で、食べ物も、寝る場所もままならなくて、ただ天人との戦いに明け暮れた。
辛い時代だった筈なのに、そこには暖かさがあった。悲惨な筈なのに、常に誰かの手があった。
あの時、確かに高杉は其処で生きていた。ひたむきに、ただひたむきに絶望の中前へ向かおうとしていた。
そして皆死んで仕舞った。
何もかも昔の話。何もかも捨て去ったものの話だ。
だから駄目だ。高杉はこの情緒の欠けた子供の探すものを与えることが出来ない。
全ては遅すぎた。何もかも遅すぎた。
高杉はこの心地良い囀りの正体を知っている。

音がする。
その音があまりにも甘く魅惑的であるので忘れがちだが、高杉は知っている。
その音が何なのか高杉はよく知っていた。
これは破滅の音だ。
破滅へ崩れゆく行進曲だ。

高杉は前を歩く神威の姿を見て眩しそうに目を細めた。
これは失ったなにか、かつてあった過去のもの。
この子供が欲するその絆に、その暖かさに今更手をのばせるはずもない、けれども掴んでやりたいとも思う。
その無様に高杉は笑みを零した。


05:無様に
成り果てた恋

お題「インモラルとテロリスト」

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