※現代パラレル [ 03:鍵の続き ] 「あれ、鍵空いてるぞ、お前・・・」 背後の銀時の言葉に高杉はおざなりに返事をしてドアを開けた。 案の定広い玄関のど真ん中にこの部屋の雰囲気には不相応なスニーカーが脱ぎ捨てられている。 「誰か来てんの?」 恋人とかぁ?と揶揄する銀時に高杉は曖昧な笑みを漏らしながら部屋に上がった。 「スリッパ履けよ」 「えー、裸足でいーじゃん」 「足が臭ぇ」 「酷っ!シンちゃんひどっ!」 既に出来上がっている辰馬が意味不明の歓声を上げ、それを支える桂が迷惑そうに早く上がれと銀時に促した。 時刻は既に深夜も二時過ぎで、バーで解散しても良かったが、話の流れで一番近い高杉の家で飲み直そうということになったのだ。 打ち上げとは云え、三件目にもなると人数も減って落ち着いてくる。それでまだ残っていた面子に帰ると告げ出てきたのだ。 同じ芸能界で仕事をしているとは云え、高杉もこの三人と会うのは久しぶりのことだ。 「遅いよ」 「悪ぃな」 リビングに入れば不貞腐れた珊瑚色の髪が見える。 神威だ。 モデル出身の最近売り出し中の人気の若手俳優。 高杉と音楽ユニットを組んだという話だったが、まさか居るとは思わず銀時は高杉を見た。 高杉は神威の頭に手を遣り、喰い散らかしていたらしい菓子の袋を片付けさせる。 「あれ?お前んとこの後輩だっけ?」 「ああ、神威」 暗に挨拶しろと高杉に云われて神威は立ち上がった。 年功序列、高杉は意外にこうしたことをきちんとする。 神威も莫迦では無い。高杉の望む振る舞いが出来る程度には利口であった。 「神威です。坂田さん、桂さん、坂本さん、宜しくお願いします」 張り付けたような笑顔で云う神威に全員宜しくと返し、それからどこまで突っ込んでいいのか一瞬銀時が思巡している間に、辰馬が「じゃあ飲み直しじゃき」と、てきぱきと用意を始めて仕舞う。 「じゃ、カンパーイ・・・」 もはや何に対して乾杯なのかもわからないし今夜この台詞を何度云ったかもしれないが銀時はこの居心地の悪そうな空間でどうにか飲むことに逃避する策を見出した。 目の前の美少年モデルこと神威少年がにこにことお酌をして回っているのが返って不気味である。 そもそも銀時はこの神威なる少年を仕事で会うまではCMくらいでしか見たことが無かったのだ。 後にあの高杉と事務所が同じで、万斉プロデュースで高杉と音楽ユニットを組むことに成ったと聞いて驚いたのを覚えているが、とにかくその程度の知識しか無い。 勿論ドラマの撮影で一緒になったこともあったが撮影中はとにかく彼は寡黙であったし、人柄を知るほど話したわけでも無い。ただ神威には高杉のオーラとはまた違った別のオーラがあった。周囲に対して絶対の威圧感がある。確かに大物になるとは思っていたが、その神威とこのような形で対峙することになるなど銀時は想像もしていなかった。 「・・・ヅラぁ、飲めよ・・・」 居た堪れなくなって思わず銀時が桂の杯にブランデーを注ぐ。 桂は先ほどから何かを考え込むかのように黙ったままだ。高杉は高杉で子犬のようにじゃれる神威の相手をしながらちびちびと飲んでいる。 ( 確かに予定外だがね・・・ ) 黙るほどのことかよ、と銀時は思う。 昔馴染みの四人だけで気楽に飲もうと思ってはいたが、無理に高杉の家にしようと押しかけたのは銀時達だ。高杉は渋っていたが最終的に折れた。渋っていた理由がこれとは思いもしなかったが他人の領域に入ろうとしたのだから家に上がれただけでも良しとするべきなのである。神威のこの態度からして高杉とは浅からぬ仲ではあるのだろうと簡単に推測できた。 「住んでいるのか?」 なのに、唐突に桂が爆弾を落とした。 それに焦ったのは銀時だ。辰馬は既に酔い潰れている。 「一緒にってこと?」 「そうだ」 神威はそれに対して挑発的な笑みを浮かべながらも、何も答えない。 高杉の前では大人しい良い子なのだというアピールのようでそれも銀時には不気味だった。 「後輩だからな、俺が稽古つけてやったりしてんだよ、なァ、神威」 高杉に云われれば神威はさも当然と云うように頷いた。 これが『良い子』のタマかよ、と銀時は思う。 どうみたってこれは真っ黒な餓鬼だ。 腹黒い肉食獣。今はまだ若いが成長したら化け物になるであろう餓鬼だ。 桂からすればあの高杉がパーソナルスペースに入れたという神威が気になるのだろう。 昔から桂は高杉の身辺が安全で穏やかであることを願っていた節がある。 銀時と高杉が莫迦をやっても銀時に対しては莫迦にするだけだったが、高杉に関しては無茶をすることに関しては本気で怒っていた。 過保護なのだ。高杉晋助という男の脆さを桂は気にしすぎる。 確かに高杉は強くてしなやかだ。けれども時々吃驚するほど脆い何かがある。 そのアンバランスさがこの男の艶気にそのまま直結しているのだが、銀時でさえ同性であるというのに年々増す高杉の色気にくらりとすることがある。 だから桂の心配は分からなくもない。何処かで悪いものに憑かれているんじゃないかとか、何か面倒なことになっていないかと、心配するのは昔馴染みであるが故のものだった。 「・・・そうか、ならば良いが・・・」 言葉を濁すように云う桂に、銀時はもやもやしたものを抱えることになる。 桂は自覚は無いがずっと高杉が好きなのだ。高杉はそれを知っていて尚何も云わないでいる。 その関係がずっと続いているのだ。居心地が悪いったらない。 なんだって自分が他人様の恋路にこんな思いをしなければいけないのか。 そもそも高杉が一見傍から見れば若い燕を囲うみたいなことをしているから悪いのだ。 神威という男がなまじ美少年であるから尚の事性質が悪い。 神威を見れば、高杉の手を引きながら寝室を指差している。 「俺疲れちゃった、眠いから寝よう、明日も早いし・・・ね、晋助」 晋助、と敢えて云う神威に高杉は一瞬目を見開くが結局咎めなかった。 「いい子にしてたでしょ、俺」 褒めてと云わんばかりの後輩についに折れたのか、高杉は立ち上がり、それからあとは好きにやってくれ、と言葉を残して神威と寝室に向かって仕舞う。 ばたん、と締められたドアを見つめながら桂は置かれたブランケットを手に云った。 「本当に先輩後輩の関係なんだろうな・・・」 どう見ても違うだろう、とは銀時は云えなかった。 云わない代わりに脱力しきった身体を起こし、「いいから飲め」と桂に杯を促した。 もう酔い潰れてしまった方がいくらかマシである。 辰馬が羨ましいとさえ思いながら銀時は並々と注いだその杯を勢いよく煽ることにした。 一方その頃寝室では。 「ね、いい子だったでしょ俺」 「気味が悪いくらいな」 ベッドに寝そべり高杉を存分に抱き締めながら神威は甘えたように高杉に身を寄せる。 「鍵、返さないよ」 「もう寝ろ・・・」 この子供の体温と、この執着が心地良いとは云わない。 云わない代わりに、高杉はその子供を抱き締め目を閉じた。 04:祝杯後の話 |
お題「祝杯」 |
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