何処が好き、と云われると言葉に詰まる。
逆に嫌いなところはあるかと問われると真っ先に浮かぶことがあった。

「高杉は?」
「外出中です」
言葉少なにいつも高杉の傍に控えている男が答えた。
幹部では無いが高杉の身の回りの世話をしている男だ。
当然神威とは顔見知りである。
既に春雨を掌握した神威は高杉の鬼兵隊の中でも特別な存在として一目置かれていた。
それにいなくなれば腹心の阿伏兎が此処に神威を探しに来る程度には此処に入り浸っているのも周知のことである。
「江戸に?高杉も懲りないね」
自分が居れば、神威率いる第七師団があれば、或いは神威一人でだって高杉の望む地獄を作るのに充分の筈だ。
なのに高杉は神威にはまるで頼ろうとせず自分の力でそれを成そうとする。
それが神威には気に入らない。
腹に何かどす黒いものが溜まる感じ。
そのどろどろとした感情が何か、神威は知らない。
殺すか殺されるかの夜兎の考え方はシンプルだ。不純物が限りなく少ない。
だからこそ強い。
けれども高杉は神威には無い強さがあった。
折れても折れても立ち上がる強かさ、その清廉とした精神に心打たれるものがあるのも事実だ。
侍とは神威が今まで出会った種族の中で異質の輝きがあった。
だからこそ神威はあの白髪の侍に興味を持ったし、そして高杉にもこれ以上ないほどの魅力を覚えたのだ。
故に殺さない。神威は高杉を殺さずに、否、殺せずに、まるで借りてきた猫のように大人しく高杉の前に居るのが常だった。
「江戸・・・」
江戸だ。以前に会ったあの桂とかいう侍か、それともあの白髪の侍か、高杉という男は神威が目を離すと直ぐに何処かに消えて仕舞う。
それが神威には気に入らない。
子供の癇癪のようであったが、神威はこれほど一つの個に固執したことが無いのでその感情が何なのかも知らなかった。
だから苛々する。
「厭だな・・・」
高杉を縛るその過去の亡霊が嫌だ。
高杉を縛るそいつらが神威には我慢ならない。
高杉は弱い人間の癖に、神威が少し力を込めただけで肉体的には潰れてしまうような脆弱な身体の癖に、神威を魅了する。その生き方、決意、そして罪深いほどの傲慢さ、それが神威には堪らなかった。
これほど欲した相手を神威は他に知らない。
なのに高杉は神威の手を取らない。決して神威の手を取っては呉れない。高杉は高杉の地獄でのみで生きていて、神威の地獄で踊っては呉れないのだ。
「つれないよね、本当・・・」
けれども神威は今この場に高杉がいなくて良かったとも思った。
こんなみっともない。自分の思い通りにならないからと駄々を捏ねているようで、今の神威の姿を見たら高杉は一笑するだろう。
それは耐えられない。高杉が欲しい欲しいと我儘ばかり言っているのが自分だけのようで神威には耐え難い。
高杉と同じでは無い、それが厭だ。この関係も何もかも全て、神威は一つも高杉に追いつかない。
力が全ての筈だ。それなのに高杉は神威のものには成っては呉れないのだ。
或いは力づくで高杉をものにすれば良いと以前阿伏兎に進言されたが神威にはそれも出来なかった。
高杉の翅を削げばそれは神威の望む高杉ではなくなる。そのままの高杉を求めるが故に、力で迫ることも神威には出来なかった。
八方塞だ。

「全部壊してやろうかな」
そうすれば、と神威は想う。
そうすれば高杉は堕ちるだろうか。
この神威の描く地獄に堕ちて呉れるだろうか。
血飛沫を上げ、悲鳴と怒号が飛び交う戦場の中で美しく凛と佇んでくれるだろうか。
底に堕として仕舞って、それから神威は哂うのだ。
あの高杉に。
「気に入ってくれた?」と、彼の過去の地獄を葬りながら、葬送のように花を贈ろう。
彼は屹度今度こそ、神威の手に堕ちるに違いない。

「花を贈ろうと思うんだ」
「花・・・ですか」
「うん、花」
高杉の傍仕えの男が驚いたように問い返した。
神威は張り付いたような笑みを浮かべながら、歌うように云った。

「高杉、気に入って呉れるといいな」
贈るなら赤がいい。
真っ赤な血飛沫を滴らせるその花を。

そして想像する。
死体の山に佇むあの男を。
途方も無く遠くまで流された哀れな男。愛でるに値するその姿を。
高杉を縛る全ての過去を葬り、幕府も天道衆もあの白髪の侍も、桂とかいう男さえも高杉の世界の全てを消して仕舞えば、高杉の前に立つのは神威一人だ。神威一人だけ。
「そうすれば、ちゃんと俺と踊ってくれるよね」
共に地獄を巡ると云ったあの男。
それがどれほどの歓びかあの男は知るまい。
永遠に彷徨うことを約束された種族の悲哀をあの男は知るまい。
何処にも交わられず絶滅の危機に瀕する夜兎という種族を神威は哀れだと思ったことは無い。
弱いものは淘汰される。それだけの理屈だ。
けれども、其処に綻びがある。
まるで夜兎が求め続けた果てにある何かのように、それは輝いて止まない。
力だけが全ての種が愚かにも求めた一筋の煌めきを神威は見付けて仕舞った。
高杉という男に遭って仕舞った。
この偶然の出遭いがすべてを変えて仕舞った。
そして神威もまた知らなかった。
それが恋情だとはその時は識らなかった。
その愚かな嫉妬と身を焦がすような情熱の正体を知りもしなかったのだ。


「喜んで、呉れるかな」


02:地獄に花を

お題「好き 嫌い」

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