※現代パラレル。従兄弟設定。


「神威ってさー、現国の授業だけはちゃんと受けてるよなー」
唐突に云われた言葉に神威はぱちくりと目を開けた。
目の前にはクラスメイトの一人だ。
ぼんやりと意外そうに云われたその一言に神威は何でもないように作ったような笑みを浮かべながら「そうかい?」と返事をした。
その手にあるのは二時限目と書かれた弁当箱だ。
「いっつも他の授業は寝てるかいないかの癖にさぁ、現国だけは真面目に受けてるから不思議でさ」
好きなの?と冗談めかしに問われ、神威は返答に少しだけ悩んだ。
「それって先生が?授業が?」
アスパラの肉巻きを頬張りながら、問い返せば、クラスメイトが驚いたように目を見開いて、それから、「どっちも聴きたい」と云われた。

「好きというか・・・まあ義務かな、義理の方が近いかも」
「義理?」
「高杉先生さ、あれ俺の従兄なんだよね」
一気にご飯をかきこんで神威は立ち上がった。呆気に取られているクラスメイトを置いて、教室を出る。勿論サボる為だ。
神威はそのまま資料室に向かった。屋上に行っても良かったが今日は上にあがる気分では無い。
資料室の鍵は高杉に貰っていたので部屋の出入りは自由だ。
「この不良生徒」
神威が資料室に入るなり、ぽすん、と教材で叩かれた。
勿論相手はこの部屋の主である高杉晋助である。
「酷いなぁ、授業出たじゃん」
「俺のだけだろ」
「そういう晋助は授業サボり?」
「違ぇよ、空き時間だから次のプリントの作成とかあんだよ」
「ふぅん」とおざなりの返事をしながら神威は慣れた様子で部屋に添え付けられている古びたソファへ身体を落とした。
古いソファの据えた匂いに神威は思わず顔を顰める。顰めながら目の前の高杉を見上げ、口を開いた。
「だぁってさ、お腹空いたし」
「二限目用の弁当やっただろ」
「あれじゃ足りない」
「昼用やるから食え」
高杉に差し出された昼用の重箱を受け取り神威は蓋を開けた。
毎日割烹に用意させているそれは見た目も味も悪くは無い。
悪くは無いが成長期で大飯食らいの神威にとっては少し物足りなかった。
「朝も早くに起こされて眠いし・・・」
そう眠いのだ。
高杉は大抵夜遅くまで仕事の用意をしているし、朝も早い。
今日だって朝ネクタイを締めながら家を出ようとする高杉に足で蹴られて車に乗せられたのだ。
朝に弱い神威には辛いことだった。
「そもそもさ、晋助が組を継がないなんて云いだすから俺が香港から戻されたんだよ」
つい、神威は高杉に不満を口にして仕舞う。
そもそもこれは神威にとって予定外のことなのだ。
この春いきなり日本に行けと父に云われた神威としては理不尽に思うのも仕方ない。
しかもその理由が組を継ぐ筈だった高杉が継がないと云ったからだというのだから腹が立つのも当然だった。

高杉家は代々極道の家系だ。
勿論極道と云っても昨今は生き辛い身の上ではあるし、その形態も徐々に変わってきて今はいわゆるインテリヤクザ、つまりフロント企業の経営などで凌いでいるのが現状である。
高杉はその手腕に長けていたし、組を継ぐものだと誰もが思っていた。早くに父を亡くした高杉を養育したのは高杉の伯父で、それはつまり神威の父である。或る意味高杉と神威は兄弟のような関係に近い、だからこそ兄とも云える高杉が組を継ぐことを神威は疑っていなかったし、香港系マフィアと繋がりのある神威の母方の家系を背景に今後の拠点を香港に移そうと神威の父が高杉に組を任せ、五年ほど前に日本を後にして香港を根城にしたのは当然の流れだった。
その高杉が突然教員免許を取り教師として生活し始めたのだから、事態は複雑になった。
高杉の伯父にあたる神威の父とどういう話をしたのか神威にはわからなかったが、とにかく急遽神威を高杉組の頭にする為に神威は数名の部下を連れ日本に戻ってきたのだ。勿論日本に戻ってきたからにはまだ十七にしかならない神威は情勢を知る為にも勉強をし直さねばならず、神威はこうして高杉が教師をする高校に入る羽目になっている。
「面倒事を押し付けて悪かったとは思ってる」
「おや、殊勝」
この年上の従兄が神威は嫌いでは無い。年に二度も会えば良い方であったが、それでも神威はこの従兄を気に入ってもいたし、将来的には自分は香港で、高杉は日本で、より良い関係が築けるものと思っていただけに神威としてはこの不測の事態に納得がいかないのも確かであった。
「悪ぃが組を継ぐ気は無ぇ、伯父貴にも話は通してるからな」
高杉が慣れた手付きで煙草に火を点けた。
その一連の動作が鮮やかで、全く以って教師という職業がこの男に向かなさ過ぎて神威は哂って仕舞う。
心底獣のくせに、と内心神威は思った。
この男がこんな普通の教師で収まるタマか。
莫迦莫迦しくて哂って仕舞う。
なのに高杉は毎日毎日真面目に神威を叩き起こして学校へ連れていって退屈な授業をする。
それが少し神威にはつまらない。
昔は親族の集まりで高杉に会う度、神威は幼いなりにも心躍ったものだが最近では失望感の方が大きかった。
高杉はこんなものじゃない筈だ。あの高杉晋助がこんなところで燻っていることが神威には許せない。
自分達に似合うのはもっと殺伐とした世界の筈だ。生きるか死ぬかのそんな世界の筈だった。
「なんで教師になんかなったのさ、晋助らしくない」
神威が不満を露わにして高杉の机の上に置かれた煙草の箱に手を伸ばす。
高杉と同じく慣れた手付きで神威が火を点けようとするとその手を高杉にはたかれる。
「尊敬している先生が居たんでな、おい、神威、学校では吸うなよ」
「えー・・・」
「えーもクソもねぇよ、火遊びは他所でやれ」
「ケチ」
「ケチで結構。俺ぁ、一応教師なんでね」
神威は不貞腐れたままソファに寝そべった。

「じゃあ、キスしてよ、そしたら大人しくしているさ」
口を尖らせて云う神威に今度こそ高杉の笑い聲が部屋に響いた。
全く莫迦にされているようで神威には納得がいかない。この現状にも、高杉にも。
「高杉センセイ、俺いい子にしてるじゃん」
「調子のいいガキが、するかよ」
するかよ、と云いながら笑みを含ませた高杉の唇が下りてくる。
それに機嫌良く喉を慣らしながら、神威は従兄と口付けた。
( これは、悪くない・・・ )
以前なら絶対触らせてくれなかった。
一度神威が十三の誕生日に高杉に身体をせがんだら問答無用で煙草を押し付けられたのは良い思い出である。
けれども今は違う。高杉はこうして彼なりに詫びを入れているつもりなのか神威が身体に触れても怒らなかった。
本来なら神威だって女がいい。自分は男なのだから当然だ。けれども高杉は特別だった。
幼い頃から会う度に目を惹かれたその存在。美しい獣のような男。触れて壊したいとさえ思うその美貌に飲まれた。
これほど艶のある存在を神威は高杉以外で知らない。
だからこれは悪くない。悪くないと思う。
その似合わない教師風のネクタイを解きながら、神威は想う。
どうせ焦がすならこの火遊びで身を焦がせたらいい。
この傲慢で獣のような男が、自分の機嫌取りの為だとわかっていてもこの男にあやされるのは酷く心地良かった。
「これは火遊び?」
神威が悪戯に高杉に問えば、高杉は眼を細めて、そして何も云わずに舌を絡めてきた。


01:従兄弟と踊る

お題「従兄弟」

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