確かにその日はいつもと違った。
身体が怠くて、風邪かと思ったほどだ。
だから早々に寝ると云って高杉は寝入った筈だった。
( ・・・どういうことだ・・・ )
朝方に気付けばなんだか違う。
妙に身体が軽くてふわふわしてる。
試しに己の手を見てみれば見覚えの無い黒い毛に覆われた肉球が其処にはあった。
「・・・」
言葉を口に出そうとも、なーと猫っぽい聲になるだけだ。
それに焦りを覚えて自分の状態を確認した時、既に遅く、己の姿を確認すべく姿見を確認したところでそれははっきりとした。
( 猫だ・・・猫になってやがる・・・! )
混乱する頭でどうにか考える。何がどうなってこうなったのか。
確か風邪っぽくて多分熱が出ていて、馴染みの遊女を早々に退出させて、それから・・・。
( こらぁどういうこった・・・! )
此処にいるわけにはいかない。あと数刻もすれば誰かが気付くだろう。
一瞬の迷いの末に、高杉はそっと窓から部屋を抜け出た。
( とりあえずどうにかしねぇと・・・ )
その日、遊郭から衣服と刀を遺して消えた攘夷志士高杉晋助の行方は何処かと光の速さで裏の界隈に伝わった。

猫だ。
どう見ても己の姿は猫である。
黒い隻眼の猫。
此処は吉原であるからしててくてくと歩いていれば遊女達が、或いはどこぞの店の主人や客が高杉を持て囃した。
「ほんに、綺麗な猫」
「これは見事な毛並みですなぁ、野良だったらウチで飼うのも・・・」
手を伸ばしてくる男を交わして高杉は路地に入る。
飼われるなど冗談では無い。
そもそもこれは夢か。
一体何の冗談だ。
どうやら高杉は世間では美猫の種類に入るらしい。隻眼というのはマイナスポイントにはならないようだった。
食うには困らないがいつまでもこのままというわけにもいくまい。
途中真選組とも擦れ違ったが面倒見の良さそうな男がアンパンを置いていった。無視した。
ゴリラがバナナを寄越そうとするのでそれも無視した。
屯所で飼うという話も聞こえてきたので真選組に首輪を付けられるなどとんでもない。
高杉はするりとゴリラの手から逃れ、道を歩く。
銀時や桂とも擦れ違うが、矢張り無視だ。今この状況を打破することを考えなければなるまい。
いっそのことこのまま江戸城に入って将軍を殺すということも考えたが止めた。己が猫な段階でどう考えても力不足である。
「異三郎、猫」
「信女さん、猫かドーナツかどちらかになさい」
巡回していた佐々木異三郎の前に座れば、ドーナツが差し出された。
趣味では無いが腹が少し減ったので貰うことにする。
かり、と噛めば甘い砂糖が黒い毛並みに付くのでこのまま此処に居れば白猫に成るだろう。
万斉に連絡が付けばなんとかなるかとも思ったが、口から出るのは、にゃうという聲ばかりで、話すのが莫迦らしくなって止めた。
尚もドーナツを差し出してくる信女の手をすり抜けて高杉は路地に入る。
このままでは埒が明かない。
とりあえず今日の宿を探すかと、もう一度吉原への道を戻ろうとしたところで意外な人物とすれ違った。

「あれ、高杉じゃん」
『んで、わかんだよてめぇ』
傍から見ればにゃーうにゃーうという会話だ。
しかし神威はあっさりと高杉を認識した。
「え?わかるでしょ、どう見たって高杉だし、それに今宇宙で流行しててさー、知らない?さっきニュースで地球でも流行しだしたって・・・それが俺んとこの所為かなって、ちょっと探してたんだよね、そしたら鬼兵隊が不自然なくらいあんたがいないこと隠すからさァ、まさかと思って降りてきたんだけど・・・」
『どういうことだコラ?』
「いやだから、高杉がこの前ウチの艦来たじゃん、あの時さぁ、俺達には効かないんだけどなんか猫型インフルエンザ?っていうののウイルスが艦内にあったらしくて、高杉がかかったら不味いかと思ってワクチン持ってきたんだけどさ、そしたら高杉いないって云うし・・・」
図星だった?
といわれぐうの音もでない。理屈はわからないが夜兎の眼には高杉が認識できるようだった。或いは目で認識するのでは無く嗅覚で認識しているのかもしれない。言葉が通じるのは不明だが。
『ワクチンあるならさっさと寄越せ』
遣り取りこそ真剣であったが傍から見れば、神威が猫とにゃーにゃー会話しているだけである。
たし、と高杉の黒い毛に覆われた肉球がワクチンを指していた。
結局、その場でというわけにもいかず高杉は神威に抱っこされてお持ち帰りされたのであった。



「おい・・・なんで完全じゃねぇんだよ・・・!」
戻った。
・・・確かに戻ったが、納得がいかない。
「ワクチンって云っても不完全だからさ、猫型インフルエンザで二週間猫のままがいいのか、それとも中途半端でも人型がいいのかどっちさ?」
「こっちだけどよ・・・おい、撮るな!」
高杉の今の姿は黒猫の名残で耳と尻尾がある状態だ。冗談では無い。
まるで何かの罰ゲームだ。
話せるだけマシだが、事態を聞きつけた部下達の様子が尋常では無いのにも辟易した。

( やばい・・・かわいい! )
鬼兵隊面子全員カメラ取り出して高杉を撮影している。
ちなみにまた子は携帯で、武市はデジカメだ、そして万斉に至っては一眼レフである。
阿伏兎にレフ板を持たせているあたり万斉の本気具合が伺えてちょっと怖い。
それが嫌で結局、高杉は治るまでの二週間神威の旗艦の部屋から一歩も出ることは無かった。
一日中神威の相手をするのは骨が折れたが写真を激写されるよりマシである。
「まだ猫だから舌がざらざらする」
「じゃあ舐めんなよ」
「高杉が猫なんて貴重だからする」
口付けてくる餓鬼にうんざりしながらも、神威の御猫様よろしく、尻尾をぱたりと動かして、押し入ってくる神威のそれに高杉はにゃーと啼きそうになるのをどうにか堪えたのだった。


19:神威の御猫様

お題「もしも猫になったらにゃー」

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