これは帝王の相を持つ子供だ。
夜兎という種族を目視して、それからこの神威という餓鬼を前に思ったのはそれだった。
阿伏兎というあの腹心が神威に心酔するのもその為だろう。
神威にはそういう輝きがあった。
聴けば神威の父は星海坊主という宇宙最強の賞金稼ぎだと云うし、そして神威の師だという男は、あの夜王と云われた鳳仙だ。
鳳仙は既に鬼籍に入っていたが成程、この餓鬼はサラブレッドということだ。
生まれついて何かの王になることが定められた子供。
帝王の相を持つ男。

その餓鬼と褥で交わるなど想像もしてなかったが、求めたのは神威である。
受け入れたのは高杉自身だ。
その逢瀬に溺れたのは神威であって高杉では無い。
そして夜毎に、時間が出来れば逢瀬を重ねることに心よりも身体の方が先に慣れて仕舞った。

「臭ぇな」
何の連絡も無く褥に赴いた神威に対して高杉は一瞥してから一言感想を述べた。
一月ぶりのことだ。
「酷いな、これでもシャワーくらいは浴びたんだケド・・・」
「臭ぇよ、髪洗ってんのか」
「洗ったよ、高杉が嫌がるから」
おざなりに結んだ毛先を弄ぶように指を通す神威に高杉は顔を顰める。
神威なりに気を使っているのだろうが、夜兎と人では違いすぎる。
下手をすれば戦場で何ヶ月も風呂にも入らないというのだからそれも頷けるが、この子供と寝る度によくこの獣と交わえるものだと己に感心するほどだ。
石鹸に交じって血の匂いが立ち香るそれ。
血と硝煙の匂いが染み着いた身体。
その神威が迷わずに高杉の身体に手を伸ばす。
もう一度風呂に入れてからと思ったが、なんとなくその気が失せた。
神威の身体を受け入れる。
口付けのままに、舌を絡め、熱い血潮を感じたい。

「欲しかった?」
「自惚れんじゃねぇよ、」
口付けの合間に、神威が洩らす。
濡れた目で、欲望を隠しもしない王者の眼で。
高杉が言葉を告げる前に神威が云う。
「俺は欲しかったよ、この一ヶ月高杉が欲しかった」
連れて行けたらいいのに、と洩らすのが如何にも餓鬼っぽくて哂って仕舞う。
「俺はいつでもあんたを・・・」
「もう黙れよ」
今度は高杉から口付ける。
この子供が云う言葉の先を聴きたくなくて、高杉から応じるのが当たり前になって仕舞った。
久しぶりに交わる熱に溺れるように互いを忘れて没頭する。
痛いだけの行為。
痛いだけ、痛いだけなのに痛みの先にある眩しいものが、熱い何かがある気がして、それから眼を逸らす様に高杉は神威を追い上げた。


気付けば、隣で寝入っている餓鬼だ。
普段指通りの良い髪は矢張り手入れ不足でぎしぎしとしていてあまり良い触り心地では無い。
起きたら風呂で洗ってやらねばなるまい。
いつの間にかこれも神威と共にいることで馴染んだ暗黙の了解だ。
いつも神威は寝入る時、己の身体を抱き締めるように丸まって眠る。
普段はそうではないのだと云っていた。
『高杉を殺すかもしれないだろ、眠ってる間に殺したら勿体無い』
そう云って、いつも高杉に伸ばした手を引っ込めて押さえつけるように丸まって眠るのだ。
その餓鬼を暗闇で見つめる。
暗がりの中でのその明るい髪と白い肌ははっきりと視えた。
まるで獣だ。
この餓鬼の在り様は獣のそれだ。
獣が獲物を傷付けまいとして丸まっているようにさえみえるそれ。
その無様に、どうしてかいつもこの餓鬼を抱き締めたくなる。
そっと眠る餓鬼を腕に寄せて抱き締めれば神威の匂いだ。
血の混じった匂い。汗の間に染み着いた血の香り。
獣の精と血が混じった戦場の匂い。
なのに何故かほっとする。
この餓鬼から血の匂いがすることに己は安堵する。
こうしてこの餓鬼を抱き締めて微かに香る血の匂いに、此処は地獄だと再確認できるからだ。

( 噫、お前は・・・ )

それでもこの餓鬼は必死で獣を隠して人の振りをする。
獣の癖に人の振りをする。
一心に己を求める餓鬼を受け入れた振りして騙しているのは高杉だ。
( その筈だ・・・ )

その逢瀬に溺れたのは神威であって高杉では無い筈だ。
その筈なのだ。
なのに離せない。
この餓鬼を腕に抱き締めて、どうしてか、離せなくなった。

( この匂いの所為だ )

屹度そうだ。
でなければこの地獄で、この餓鬼がもたらすものが救いなどと、想う筈が無い。
この餓鬼こそが、失うばかりの己の生の中で唯一得たものなどそんな莫迦な。
手元にある帝王の相を持つ子供。覇王になるべく生まれた男。
その獣を抱き寄せてそっと鼻先を首に寄せる。
( 満たされてなどいない、絆されてなどいるものか・・・ )
いつの間にか馴染んで仕舞ったこの香りが、郷愁が、この夜を待つ己に気付いて高杉はそっとその感情に蓋をした。


16:夜の匂い

お題「におい」

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