※夜兎に関して模造設定などがあります。 久々に地球に降りて見れば酷く寒い季節だった。 神威は降り立った瞬間、息が白くなるのを確認して、それからそっと息を吐く。 さく、と雪を踏みしめれば一面に白い世界が冬を一層際立たせた。 「冬かぁ・・・」 寒いのはいい。暑いよりずっと。夜兎は寒さには強い。 夜兎は元々人型の種だ。起源は普通の種と大きく変わるということは無い。 ただ長い歴史の中で大きな地殻変動だかなんだかがあって、とてもとても長い冬があった。 何世代にも渡る永遠の冬。 それが夜兎を現在の形にしたのだと云われている。白い肌に驚異的な再生能力、反面陽に弱い種族。他を圧倒し食物連鎖の頂点に君臨しているのに陽の光であっさり死に至る欠陥を抱えた種に。 だから冬はいい。この地球という星にも冬があるのだと感心しながらも、神威は雪の中歩く。 少し歩けば雪が無い部分があって道になっている。 雪道をざくざくと歩けば目的の場所に着いた。 「寒いのに外で風呂とか・・・」 呆れてしまう。 目的の相手は高杉である。 次の任務まで僅かに時間があったので部下に高杉の居所を探させて地上に降りればこれだ。 高杉はよく風呂だとか温泉だとかに入る。 神威には理解できなかったが綺麗好きなのか、傷に良いだとかそういうことを云っていた気がするので高杉の趣味と実益を兼ねているのだろう。 目の前には高杉だ。 かろうじて屋根はあるものの、湯の中から雪景色を見つめている。 「こういうのが乙なンだよ」 「ふうん」 神威には理解し難いことだが、そもそも高杉と神威とでは身体の造りから何から違いすぎるので理解しろという方が難しい。そういうものだと思う方が簡単だ。それに神威が唐突に訪れたことを高杉が咎めもしないことから機嫌は良いのだろう。 酒を傾ける高杉は勿論、裸だ。湯に浸かっているのだから当然である。 神威は俺も、と遠慮無く衣服を脱ぎ捨て湯に入る。 高杉は湯の作法には煩いので最初に身体を洗ってかけ湯もした。 ちゃぷんと湯に浸かれば確かに気持ち良い。 高杉のような長湯は神威には出来ないのでいつも付き合う時は、時折裸で腕立て伏せなどして暇を潰すが、それでも高杉の様子をつぶさに観察できるのだから神威にとっては有意義な時間だった。 「うん、これならいつもより長く入れそう」 高杉が少しだけ神威に目線を寄越して、それから酒を呷る。 それが絵になるのだからつくづくこの男は堪らない。 ごくりと酒を飲み干す度に喉仏が動くそれさえも神威には充分に魅力的だ。 思わず手を伸ばしてその身体を腕に抱き込もうとしたところで、ぷかりと浮いているものに気が付いた。 「蜜柑?」 なんだこれ、と神威が手に取れば果実だ。 柑橘系の香りのするそれ。 思わず高杉を見遣れば「冬至だからな」と答えが投げられる。 しかし答えが投げられても神威にはさっぱりだ。 何故冬至だから蜜柑なのか、それを口にすれば「蜜柑じゃねぇ、柚子だ」と高杉に答えられる。 「柚子・・・」 「これをすると風邪ひかねぇだとか、そういうのがあんだよ」 「ふーん」 まじないの一種だろうか。 矢張りどんなに首を捻っても神威にはわからない。地球人はわからないことばかりだ。 けれどもまあこれで高杉の身体が少しでも丈夫になるなら良い。 脆弱な地球種の身体だ。高杉は強いけれどとても弱い。 いつ死ぬかわからない。 神威がこうして守っていても、病には勝てない。 だからこれで少しでも高杉が守られるのならなんでも良い。 「じゃあ高杉は毎日これに浸かればいいんじゃないの」 思ったことを口にすれば、高杉が莫迦にしたように神威を見遣る。 「うわっぷ・・・!」 ぱしゃりと高杉に湯を掛けられた。 予想してなかったので顔面に湯がかかる。 「ばぁか」と高杉が神威に言葉を投げて行って仕舞う。 神威に柚子を投げるおまけ付きだ。 ごん、と頭に投げられた柚子を受け止めながら神威はぷかり、と湯に浮いた。 ぼう、と天井を見上げる。露天だから屋根はあるものの外は雪だ。 灰色の空からこんこんと降り積もる雪。 高杉のあれは拗ねたのか、はてまた神威との遣り取りに飽いたのか。 ( ・・・難しいんだよね、高杉って ) その塩梅がまだ上手く神威には理解できない。 全く高杉は理解できないことだらけだ。 ならばさっさと殺せばいいのに、神威はそれをしない。 ざぷり、と神威は湯から身を起こし、そして傍らに投げ捨てた己の衣服を拾い高杉の後に続いた。 「ま、いいや」 高杉の気紛れだろうがなんだろうが、多分きっと高杉は神威とのこの遣り取りを嫌っているわけでは無い。 それにまた一つ神威は高杉のことを知った。 冬至とやらには高杉は柚子湯に入る。そういうことだ。 ( さて、どうしょう ) 神威の口端が歪む。 ( 俺は高杉をどうしたいんだろう ) この男が知りたい。 この男が欲しい。 何を考え何に興味を示し、何を礎に生きているのか、己はそれが知りたい。 ( 狩だ ) これは狩りに似ている。 獲物を見定め、距離を測り、隙を見付け、捕えるそれに、酷く似ている。 湧くのは性の入り混じった酷い欲と、とてつもない飢餓感。 そうだ、夜兎と人は最初から違う。 起源こそ似ていても似て異なるそれは決して交わらない。 神威が高杉を理解することは難しい。 そして高杉にもこの神威の抱く感情を、感覚を理解するのは難しいだろう。 けれどもそれがいい。 ( ぞくぞくする ) あの男を手にすることを想えば、この過程も堪らない。 野生の本能が剥き出しになりそうなのをどうにか堪えて神威は哂う。 それは酷く獣染みていた。 それなのに、頼りなげに前を歩くこの男の腕を掴み己の腕に閉じ込めたいと思う。 その感情と逆にこの男のあらゆる障害を取り除いてやりたいとも想う。 ( 俺は、どうしたいのか ) とにもかくにも、この男が、明日も明後日もこのまま在って、生きているのなら・・・ 「それでいいや」 13:前を歩く男からは微かに柚子の香りがした。 |
お題「冬至or湯治」 |
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