神威と寝るのは宇宙でもあったが地球の地上でも逢瀬はあった。 大抵神威が任務の合間を縫って高杉を訪ねて来るのだ。何処からか高杉の居場所を探し当ててふらりとやって来る。 それは朝方までの数刻であったり、丸一日であったり、或いは三日だったり様々だったが、近頃は寝るだけでも無く、互いに思い思いに過ごすことも多い。そういった距離に互いが漸く慣れた頃合いだった。 ふと神威を見遣れば窓の外を眺めているようだ。 障子を開ければ外が僅かに騒がしい。 その喧噪を無視して高杉は神威を見遣った。 薄い色素の神威は何処でも映える。 手入れをしてやればさらさらとなびく珊瑚色の髪に、白磁の肌。傷一つ無いその整いすぎた端正な顔は人形のようだ。 一度戦闘があれば出来の良い殺戮人形になるそれ。 それを横目で見遣りながら高杉はぼんやりと口にした。 「やけに騒がしいじゃねぇか」 馴染みの宿は高杉を匿って長い。攘夷派の宿だ。 京にはそういう場所が多い。江戸より西へ行けば行くほどには高杉の味方は多かった。 此処はそうした騒がしさとは無縁の宿であった筈だが今日は勝手が違うらしい。 真選組のガサ入れでもあったかと高杉は頭の隅で想うが、それならば今頃既に高杉は逃がされているだろう。 何事かと神威に問えば神威もどうでも良さそうに、のんびり間延びした聲で何が起こっているのかを高杉に伝えた。 「なんかテロリストだってー」 「ほう」 先程から悲鳴が聞こえるのはその所為か。 高杉は煙管を吸いながら新聞から目を離さない。 新聞の見出しには『過激攘夷派を名乗るテロリストによる立て籠り事件が多発』とあった。 「高杉の知り合い?」 「知らねェよ」 知らないから攘夷派御用達の宿で立て籠もりなどするのだ。 高杉のネームバリューはこういった出来事にも引き合いに出されることが多いが、断じていうがこれには関与していない。 攘夷派も様々だったが、この宿を襲撃するなど攘夷派ですらないただのテロリストであろう。 そもそも宿などを襲撃して立て籠もりをするという段階で小物臭がする。金が欲しいだけのゴロツキである。 あんなものと一緒にされては適わない。 此処には攘夷志士の大物、鬼兵隊の高杉晋助と本物の宇宙海賊春雨の第七師団、団長神威が居るのだ。 「あはは、俺達が泊まってるのにね、どうする?」 にこにこと笑みを浮かべるのはその団長様だ。 心底面倒なので高杉は煙管の灰を落としながら肩を竦めた。 「別に放っときゃぁいいだろ」 そのつもりだ。面倒この上ないし、関わって高杉の居所が知れるのも賢い手では無い。 沈黙に限る。何かあれば部下がどうにかする話だ。高杉が動くことでは無い。動けば返ってややこしくなる。 そう腹を決めていたが、その時怒号が響いて、恫喝する聲が聴こえた。 女将が何事か云って、場所が場所な上に高杉が滞在しているので金で済まそうとしたのだろう。それで手を打てば良いものを莫迦なゴロツキは女将を恫喝し「莫迦にするな!」と声高にどうでもよい己の思想を述べる。 高杉はカン、と音を立てて煙管を煙草盆に戻し、神威を見遣った。 「・・・まあ此処は馴染みの宿だ」 神威、と呼べば神威はにこりを笑みを見せた。 己が出るわけにはいかないが、此処には暇を持て余した虎児が居るでは無いか。 神威は準備運動を兼ねて屈伸をしながら高杉に鈴のような聲で問う。 「五回」 高杉は答えない。 仕方ないので屈伸を続けながらも神威が再び問う。 譲歩だ。仕方ない。タダ働きは御免である。 しかも宿を壊してはいけないのだ。 ゴロツキだけを殺さなければならない。 「じゃあ四回!」 何をとは云わないが、察しているだろう高杉が息を吐く。 「・・・三回、だ」 それで手ぇ打ってやる。と云う高杉に頷き神威は凶悪さを隠しもせず笑みを浮かべた。 あの殺しの笑みだ。笑顔で相手を地獄に送る為の笑み。 それだけで室内の空気がびりびりしたように感じるほどの殺気。 殺戮人形のスイッチが入る音。 「じゃあ、行ってきます」 「あんま壊すんじゃねぇぞ」 襖を開けて離れから母屋へ打って出る神威の背に聲をかければ、ひらひらと神威の手が揺れた。 了承ということだろう。 襖の前で待機していた高杉の部下はぎょ、としながらそれを見送る。 その部下に高杉は「おい、」と呼びかけた。 「はい」 「風呂ぉ、用意しとけ」 「は?」 その言葉の真意を測りかねた部下に意味深な笑みを高杉は浮かべる。 「血塗れだろうからな」 煙管に葉を詰め火を灯す。 母屋へ続く階下では既に悲鳴があがっている。 殺戮人形として正しく神威は敵を殺しに回る。 程無くしてあの餓鬼は戻るだろう。 全身を真っ赤に染めて、褒美を呉れと高杉に強請る為に。 あの餓鬼と三度も寝るのは骨が折れるが仕方無い。 馴染みの宿だ。それにこの宿の庭は気に入っている。 相手が悪かった。此処でなければ成功しただろう。 しかし此処には高杉と、神威が居た。 奴等は此処を襲撃してしまったのだから相応の罰は受けるべきだ。 「誤算は俺達が居たこったな、ごくろーサン」 高杉の呟きと共に断末魔の悲鳴が離れにまで響いて幕は閉じた。 11: 殺戮人形に因る 一瞬の幕間 |
お題「ご褒美」 |
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