その日、高杉と公式の場で会うのは三度目のことだった。
公式の場というからには神威は第七師団団長服であったし、高杉はいつも通りのラフな服装とはいえ、矢張り値の張りそうな衣服であり、そんな様がこの男には似合うのだから堪らない。逸る気持ちを抑えて神威は「やあ」と片手を上げた。
互いに腹心も一緒だ。こちらは副団長の阿伏兎、そしてあちらは河上万斉と云う男。
そして他の春雨の幹部と当たり障りのない会話をしながらも互いの腹を探る。
公式の集まりなので文句は言えないが、身分が上がるとこういった場への出入りも必要だから面倒である。
面倒だったが高杉に会えるのなら神威には文句は無かった。
寧ろ今まで退屈だったが、高杉が居るのなら神威は愉しい。それだけで全ての世界に色が付くようだ。戦場のグレーと赤しか神威には連想できる色がなかったが近頃は高杉が居ると色んなものを認識できる気がして神威は酷く愉快な気持ちになって媚へつらう他の幹部のことなど気にもならなくなった。
寝ているのなら尚の事。この後どう高杉を持ち帰ろうかという算段まで考えたところで高杉が他の幹部と移動する。
咄嗟に「俺もご一緒していいかな」と笑顔で混ざり込むことに成功した。

「おい・・・団長・・・」
「知ってる」
高杉を密談にと誘った男はそもそも阿呆元提督派かと疑われた相手だ。
高杉に限ってそれは承知のことと思うが、何故そんな胡散臭い奴に付き合うのか。
神威や阿伏兎ですら把握している事実だ。
けれども高杉は相手に悠然と笑みを見せて、相手との席に応じた。
眼の前には高杉と胡散臭い男。その背後に河上万斉と男の部下が控えている。
神威と阿伏兎は招かれざる客ということなのか、言葉遣いこそは丁寧であったが慇懃に多量の食事を盛られた卓へと移動させられた。
高杉の様子を伺うように神威はそれらを頬張る。
相手の男は白か黒かと云われたらグレーだ。そもそも自分の旗色が悪くなったら寝返る様な類の男である。
神威は歯牙にもかけていなかったが高杉はどうなのか。
この男に限ってなんの思惑も無しにこんな会談に応じることは無い。
高杉がどういう腹積もりなのか、それに興味があったので会話には一切口を挟まずに神威はそれを見守った。
そもそも神威にとって春雨とはより強い相手を提供して貰うための場所にしか過ぎない。相手の思惑など気にもしない。ただ向かわれれば壊すだけ、そういうものだ。けれども高杉は違う、高杉の鬼兵隊の立ち位置や春雨に近付いたその真意については神威も或る程度理解しているつもりだ。それが天導衆やウチの元老と殺ろうというのなら神威は手を貸すつもりであったし、そろそろ春雨にも飽きてきた頃合いだから丁度良かった。高杉に己の手綱を預けてもきっと面白い方向に動かしてくれるだろうという期待もある。
だからこそ高杉晋助という存在を今、神威は失うわけにはいかないし、高杉に害を成す者を排除する心積もりではある。
先程からぴりぴりと口の端と舌先が痺れるので阿伏兎をちらり、と神威が見遣れば阿伏兎も頷いた。
毒だ。
大抵のものは神威達夜兎にとっては害にならない。腐ったものも、通常なら口に出来ない物でも夜兎は食せる。体内の分解機能が非常に高い夜兎だからこそ耐えれるのだ。元々悪環境に居た夜兎だからこそ多少の毒なら平気だ。致死量を盛られても平気である。一時的に動けなくなることはあっても直ぐに代謝が上がり、時間が経てば回復する。阿呆元提督の打った毒もそうだった。
だからぴりぴりする物は食べても平気だが、毒なのであまり食べすぎない方がいい、というのは幼いころから師であった鳳仙にも叩き込まれた。それでも腹が減ったら食べたけど。故に神威は夜兎の中でも悪食であり、胃が丈夫だ。
ご馳走に盛られた毒を咀嚼しながら神威は高杉を見遣る。
相手に酒を勧められているので思わず止めようと立ち上がった。

「悪いね、それ俺が受ける」
高杉の手にある杯を神威が取り上げようとする。
「いやいや、神威殿にはとっておきの馳走を手配しております故」
「気にしないでよ、ちょっと刺激的な酒も欲しい気分なんだ」
神威は平気だが高杉は死んで仕舞う。此処で相手を殺しても良かったが、一瞬高杉を神威が見遣れば笑みを浮かべた。
「別にどうってことねぇよ、勧められた酒だ、飲まなきゃ失礼だろう」
ぐい、と神威が止める間も無く高杉が毒杯を呷って仕舞った。
飲み終わって、唖然と辺りが静まり返る中、神威が目の前の男を殺すか高杉を抱えるかどちらにするか一瞬悩んだところで高杉が動いた。
「美味い酒だ、返杯を」
高杉が口にした杯を返された方は堪らない。
自分の杯で結構だとなんとか取り繕う。
そして明らかに毒が入っているだろう杯を高杉は再び手酌で酒を注ぎ呷った。
相手はもうひれ伏す勢いで、高杉にしどろもどろ何事か言い訳じみたことを云って、それから高杉がそれに応じ、気付けば多額の金が高杉の手元に残った。
「自分を殺そうとしてる相手を脅すなんてさ・・・」
呆気にとられたのは神威である。
旗艦に戻る道中でゆるりと歩く高杉は一向に毒など堪えていないようで、ひょっとしてあれには毒は入ってなかったのだろうかとさえ思う。
「俺が飲むって云ったのに高杉が飲むからさ、吃驚した」
「そうかい」
夜兎なら平気だ。現に先程の毒入り晩餐も多少の胃の凭れはあるが、神威も阿伏兎も平気である。既に毒は体内で分解して仕舞った。
けれども高杉は地球種の普通の人間の筈だ。神威達でぴりぴりする程度の毒ということは、高杉にとっては口にした瞬間、血を吐いてのた打ち回る様な毒の筈なのだ。
「見ているこっちはひやひやしたんだけど、毒、入ってなかったの?」
「ああ、あれか、万斉」
背後を歩く腹心の男に高杉が言葉を投げると、万斉は懐から小さな小瓶を取り出した。
「これでござる」
「これ?何?」
出されてもわからない。何か難しい言葉のラベルが貼られた液体だ。
「最初から解毒剤飲んで行ったンだよ」
絶句する。
毒酒を出す相手も相手だが、行く前に解毒剤を飲んで行く高杉も高杉である。
( この男・・・! )
( やっぱり堪らない・・・ )
その出来の良い頭も、見遣ればはぐらかす様に色気のある目線を動かす様も、そして何より、あの場でああする度胸も、何もかもが堪らない。神威の周りにはなかったものだ。そして何よりこれこそが己の求めるものだと、神威は確信した。
( 高杉、晋助・・・! )
目を見開く、ぞくぞくする。
隣で息を零す阿伏兎など気にならない。
ああ、舌がぴりぴりする。
食べてみたい。
毒杯を呷るこの男を食したい。
( こいつは毒だ )
毒杯を平気で呷る美貌の男。
眼の前で悠然と笑みを浮かべるこの男。
食してはいけないとかつての師は云ったが、食べればさぞ美味だろう。
神威は舌先を転がす、ぴりぴりと舌が震える。
そしてそいつを食べることを想像する。
今はしない、今は駄目、ではいつならいいのか?
( もっと知ってから・・・ )
もっと機が熟してから、そしたら必ずこの男の全てを食らおう。
毒を食らわばなんとやら、その身にあらゆる闇と憎悪を抱く魅力的な毒を孕む男が堪らない。
( この男こそ、俺にとって最高の毒だ )
( この毒は俺を殺すか、それとも俺が勝つか )
( 暫く付き合うも一興 )
目の前を歩く男を今すぐ食らいたい欲を抑えながらも神威は酷く上機嫌でその男の後ろへと続いた。


04:毒杯を呷る

お題「酒」

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