その日の高杉が酷く酔っているのは知っていた。
矢鱈と上機嫌を装って、三味線を弾いて、いつもなら謳わない都々逸まで謳って、神威が宿に着いた時には既にその状態だった。
神威を案内した見知った高杉の護衛の一人が申し訳なさそうに笑みを浮かべたので酔いが酷いことも予想が付いた。
付いたのだが・・・。
「あちゃー・・・」
襖を開ければどんちゃん騒ぎでもしていたのかというほどに荒れている。
滅多にそういった莫迦騒ぎを高杉が好まないのも神威は知っていたが、今日は違うらしい。
畳や座布団の上にはそれこそ酒の銚子から猪口から、魚の骨だけが残った皿までひっくり返っているのだから女中が見れば卒倒できるだろう。襖の一部まで破れて仕舞っている。
高杉の傍付きのものがいくらか相応の金を宿に渡すだろうから心配は無いだろうが、それにしたって今日のは深酔いすぎた。
馴染みの芸妓が座布団を枕代わりに横たわる高杉の過ごしやすいように扇子で仰いでいる。神威の来訪に気付いた芸妓が慣れたように(文字通りこの遣り取りはいつものことなので慣れたのだろう)頷き高杉の枕元から立ち上がりそっと神威に頭を下げて退出した。
高杉と神威のこういった逢瀬では勿論褥の遣り取りが目的ではあったが、密談をすることも多い。それ故の人払いである。
寝そべる高杉を尻目に、神威はさてどうしたものかと頭を捻った。
このまま此処で事に及んでもいいが何分部屋がこの状態では落ち着かない。
奥に布団が敷かれてあったが、酒を置いた膳や衝立も倒れていることから奥も無事ではあるまい。
神威は意識を飛ばしているらしい高杉を抱え人を呼んで他の部屋を用意するように伝えた。

「これで、よしと・・・」
高杉と共に他の部屋に移動する。
部屋に空きが無かったのか、これでも高杉は幕府にとって危険人物なのだからそれを知った上で高杉を匿う攘夷派の宿としては安全を考慮したのか宛がわれたのは離れの部屋だった。広くは無いが先程の部屋よりマシである。最も神威が居ればそもそも高杉の安全を考慮する必要など不要だが。
だらしなく呻き声を上げる高杉のこの様子では明日はさぞかし酷い二日酔いであろう。夜兎は酒精の分解が早いので酔うということを体験することは少ない。酔っても一瞬であるので二日酔いというのがどういうものか神威に理解するのは難しい。宇宙一濃いと云われる酒でも煽れば二日酔いを体験できるのかもしれなかったが、あまり良さそうなものでも無いので遠慮したい。
兎に角、高杉である。神威とて高杉を知ってからのこの逢瀬は任務の合間を縫ってである。高杉に夢中になっている身としては勿論、無粋な云い方であるが、ヤリ目的である。正味、神威だって若いのだから盛りたい。
しかも相手は夜兎では無いし、地球種の雄だ。だから子供が出来る筈も無いので繁殖的には無意味である。
けれどもその無意味な行動に神威は嵌って仕舞った。これがどういうことなのか、或いはこれはどういった種類の感情なのか、神威はそれを知る為に未だ高杉を殺さずに、阿呆提督の際に助けられた借りを返す為などと理由をつけて高杉を求めているのやもしれなかった。
横たわる高杉は酷く陰鬱そうだ。けれどもその濡れ羽の髪が揺れる度に神威のこころも揺れる。
吐息が漏れればそれがどれほど酒臭かろうとも、欲を覚える。
そもそも高杉の着ている衣服はエロいのだ。兎に角薄い。ひらひらとした衣服は動くものについ目線を遣って仕舞う夜兎の本能を限りなく挑発したし、熱いのか寝苦しそうに脚を動かせば内腿まで露わになる。内腿が露わになれば当然高杉の下着・・・つまり高杉が好んで着用している地球種独特の着衣である褌が目に入る。それの解き方を既に知っている神威としてはそのひらひらしたうっすい下着を取り払ってエロい脚を抱えて己を穿ちたくなるのが本能である。
阿伏兎には地球種の男相手に信じられないと性癖さえ疑われているが、阿伏兎だってこれを視たらムラっとするだろう。視せないけど。つか視たら殺すけど。
「もー寝ててもいいかな・・・」
我慢できない。寝てたってヤることは同じである。
同じなのだからヤればいい。それに己は溜まっているし、いつでも若い精は臨戦状態だ。
後で怒られるだろうが知った事か、ヤりたい盛りなのだから仕方ない。
それに高杉とて褥でひと悶着あることは想定済みの筈である。
ヤっていい筈だ。例え高杉が落ちていようとも。
そうしよう、と神威が思い立ちいざ高杉を抱こうとすれば不意に聲が漏れた。

「・・・威」
名前だ。
自分の。
起きたのかとも思ったがどうも違うらしい。
鼻先を近付ければ矢張り高杉は落ちている。
意識が戻る気配はまだ無い。
その高杉が微かな聲でかむい、と呼んだ。
「ずるい・・・」
いつもは餓鬼だのクソガキだの云うくせに・・・。
「こんな時だけ・・・」
名前で呼ぶ。
高杉の聲が、微かに、僅かでも、己の名を紡ぐ。
「俺の名前呼ぶんだからさ・・・」
( 噫、それだけで・・・ )
満たされる。
枯渇していた渇きが一瞬で満たされる。
( 透明なもの、きれいなもの )
俺の知らない、高杉だけが知っている光り輝く何か。
それを知りたくて神威は此処に居る。
いつもは少しも高杉はそういったものを見せないのに、不意に、時折こうして神威の知らない、神威には返せないきっと尊いものを魅せる時がある。
それに手を伸ばそうとしてもその名前が何か神威は知らない。
知る筈も無い。戦場にはそんなもの無かった。あの灰色の街にも無かった。幼いころきっとそれが何か知っていた気もするけれど、それが何なのか神威にはわからない。
わからないから壊せない。
壊したらきっとまた見失う。
だから壊せない。壊さない。
高杉がその答えを知っていると神威は知っている。
神威が問えばこの男はそれに決して応えないのもまた神威は知っていた。
だから探る。
こうして褥の中、或いは夜の中、不意に光るその輝きの名前を知る為に。

神威はそっと高杉の衣服を正した。
酔いで熱いだろうが、地球種の身体は脆弱だ、身体を壊さないように掛布を掛ける。
少しだけ障子を開け風を入れる。
月の光が降り注いで灯りが無くてもぼんやりと部屋の様子が浮かび上がった。
その月を見上げながら神威は傍らの男の傍に座る。
先程部屋を手配した下男が、気を利かせたのか酒と少しの肴が膳に盛って置かれてあった。
神威の為のものだろう。
月の下、涼やかな風の入る部屋で、そっと傍らの男を肴に神威は杯を呷った。
( これは何だろう )
いつもわからない。
ただ欲を抱いているのか、他の何かがあるのか。
( きっとある )
高杉という男を己はどうしたいのか。

欲しい、何処までもこの男が欲しい。
手に入れたい。手に入れられぬ至高の男。
触れればちりちりと身の内から焦げるような、光が爆ぜるような錯覚さえ覚える不思議な男。
殺したい、殺せない、尊い何かを持つ男に抱くこの感情が何かを探りながら杯を呷る。

( 名前は知らない、どれが正解かもわからない、でも多分、 )
きっと、これは、


02:多分愛とかそういうの

お題「酔う」

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