※現代SFパラレル。神威=暗殺者、高杉=テロリスト。 高杉晋助とは名の知れたテロリストである。 鷹派が転じて社会的に追われる立場に成り、そして過激派と呼ばれる部類のテロリストに身を窶した男だ。 生まれる時代を間違えたとも云われるが、それでも彼の政財界に在るパイプは太い。 それで困る連中も多いということだ。夜兎で構成される第七師団に高杉の暗殺の依頼があったのも無理はなかった。 『第七師団』とは暗号名である。 開国されたこの星の利権をめぐって様々な国家、星系、組織が接触してきた。 夜兎と呼ばれる種族は希少種ながらも宇宙最強を謳われる種族である。 その希少性と、種族の特性から夜兎についてわかっていることは少ない。 夜兎は陽を嫌い、夜を渡る。闇の中でしか生きられぬ種がそういったことを生業とするのは必然であった。 過去には多くの大戦にも介入したらしいが、如何せん量が少ない。多くの同胞同士の殺し合いを演じた夜兎が戦争の表舞台から姿を消し社会の暗部に潜んだのも、その種が激減したことが大きかった。 表舞台から姿を消した夜兎の多くが流れたのは暗殺業である。 巨額の報酬と引き換えにいかなる対象をも殺して見せるそのプロフェッショナルとなったのだ。 神威は夜兎である。夜兎だと云ってもその存在の真偽すら眉唾物の種族だ。けれども神威は夜兎だった。 父も母も生粋の夜兎である希少な純血種の夜兎。 幼い頃から殺しの技を学び、多くを殺してきた『第七師団』のトップである。 「タカスギシンスケ、ねぇ」 神威は副団長である阿伏兎が持ってきた見取り図に目を通しながら答えた。 「珍しい、団長が出るのかよ?」 「ま、大物って云うし、警備的にも遣り甲斐ありそうだし、最近あんま身体動かしてなかったからさぁ」 何せ久々に来た大物の依頼だ。どこぞの会長だとか、政治家だとかはもう飽きた。 そんなものは部下に任せればいい。 元鷹派の軍人あがりで、国際指名手配犯のA級テロリストを殺れるなんて機会は滅多にない。 報酬の云々では無い。久々に来た大物の依頼に神威は胸を躍らせた。 「ターゲットの写真がこの遠景ってのがビミョーだけど」 そう、高杉晋助という男は非常に狡猾だ。 過去、軍隊時代の写真はおろかあらゆるデータベースでの画像が全て削除されている。 経歴も全て誰かの手が入って改竄されている。唯一入手できた画像でさえ超望遠で撮影されたものであり解像度限界まで引き延ばしてやっと判別できる程度だ。顔を晒したがらない標的も確かに多い。お蔭で神威は以前どれが標的かわからなくなって、面倒だから全員殺したという事態もあった。高杉もこの手のタイプなのだろうかと邪推しながらも神威は喉を鳴らし、そして高杉が滞在するであろう施設の見取り図を頭に叩き込んだ。 「そういうことだからバックアップ宜しく」 たん、と神威が軽快なステップを踏んで飛び上がる。 時刻は丑の刻、夜陰にまぎれて殺すというのは今時流行らない。古典的な手法である。 けれども相手が一向に移動する気配も無い、どこかに出掛けてくれるのならさっさと移動中を狙うなり、擦れ違いざまに殺すこともできたがこの高杉という男は警戒心が強いらしかった。 滞在五日目にしてそれでも動く気配が無い。警備のデータも通常通り。 神威達『第七師団』の襲撃を警戒しているのかとも疑ったがその線も弱い。 人の出入りすらほぼ無い。けれども高杉晋助と呼ばれる大物テロリストがこれほど長く一所に留まることも無いことから決行することになった。 音も無く神威は地面に降り立つ。見取り図通りなら高杉の居室はこの先の筈だった。 「月が綺麗だねぇ」 その、筈だった。 ざわり、と神威の肌が粟立つ。 本能的に距離を取る。構えを取ったところで神威は眼を見開いた。 和服の、男。 遠景の画像データで見た時は黒のスーツだった。 けれどもこの男、間違いない。 「あんたが高杉晋助?」 「そうだと云ったら?」 にやりと目の前の男が笑みを深くする。 「いいね、凄く、俺好みだ」 味気の無い画像データなんかとは全然違う。 今までの標的でこんな男が居ただろうか? いつから気付いてた?いつだ?最初から?或いは何かきっかけがあったか? こちらに落ち度は無い筈だ。 なのに標的は神威に気付いた。 神威が来ると知っていたように。 黒い濡れ羽の髪に隻眼の男、誘うように目線を絡ませて、これから自分が殺されるなど毛ほども気にしていないような様子で、月光に照らされたその男は神威の目を惹くには充分だった。 「どういうカラクリか知りてぇか?餓鬼?」 挑発するように問うてくる男がたまらない。 酷く興奮する。 この男を殺したい、早く殺したい。 でも殺したら勿体無い。 これほどの男。初手でこの神威を出し抜くような男、他にいない。 たかが地球種の脆弱な存在風情が、ああ、畜生。 「もっとあんたを教えてよ、高杉」 ぞくぞくする、粟立つ肌を抑えながら神威が問えば、男は云った。 「来いよ、餓鬼」 * 「・・・で・・・こらぁ、どういうこった?」 朝方になっても一向に帰って来ない。 インカムに何度問いかけても応答無し。 非常事態である。 まさか失敗したとか、捕まったとか、ウチの団長に限っては有り得ない。 何せ齢十に成る頃にはこの暗殺組織の『第七師団』団長を襲名した子供だ。 餓鬼だ餓鬼だと散々云っているが実力で団長に、神威に敵う者など居る筈も無い。 まして成功率百パーセントを誇る男が暗殺に失敗など有り得ない。 けれども待てども待てども潜入した邸内から争うような音も無い、そして神威からの通信も途絶えている。 ならば妙な気紛れでも起こしたかと嫌な予感がするまま、これ以上陽が昇る前に阿伏兎は邸内に潜入した。 ・・・潜入すればこれだ。 神威が侵入する筈だった経路を使ってターゲットの居室を目指し、其処に降り立てば眼の前には明らかに事後ですよ、という状態の団長こと神威と恐らく標的である男が二人。 神威は高杉の上に全裸で跨っているし、相手は相手でそれを諌めるように今時煙管なんざ加えて火を点けている。 上司は続きを乞うているようだが、完全に高杉にイニシアチブを握られている状態らしい。 犬宜しく他人の云うことなんざ聴く団長を阿伏兎でさえ初めて目の当たりにした。 ( そもそも何が悲しくて男と男の情事なんざ目撃しなきゃねんねぇんだ・・・ ) はあ、と阿伏兎は息を吐く。 これが女だったら阿伏兎だって喜んで覗いたし、あわよくば加わることさえ考えただろうが、相手は男である。しかもいい歳の。阿伏兎と同じくらいか少し下か、神威からすれば随分年上であることには違いない。 そもそも年下の神威が阿伏兎にとって上司であるわけで、この危うい上司の強さに惹かれたからこそこうして全力でサポートしているわけだが、寄りにもよって標的を殺すどころか、寝るとは何事か、何処で教育を間違えたのか、否、そもそも神威は宇宙最強と云われている男の一人である星海坊主の息子であるのだから親が責任を取れ、しかし、実質神威を育てたのは『第七師団』を作ったこれまた宇宙最強の一人である夜王鳳仙であるので鳳仙の責任である。隠居しているとはいえ未だ最強の座に居る夜王鳳仙に文句を云える筈も無く矢張り阿伏兎はその性質の悪そうな、けれども確かに夜兎殺しとも云えるような酷く魅力的な美貌の標的を見遣りながら天井を仰ぐのであった。 「いやー・・・まあ、なんか顔がド好みだったし、ヤったら超ヨかったっていうか・・・」 「で・・・?」 てへ、と神威が笑みを浮かべながら阿伏兎に告げる。 もう知った事か、当たり前のように阿伏兎の分も運ばれてくる朝食に遠慮なく手を付けながら阿伏兎は待機させていた他の部下達も呼び寄せる手配をする。てめぇの云うことなんざもうわかってらぁ。 「俺、寝返ることにしたから、そろそろヤろうか、戦争」 「かー・・・!わかってたよ、クソ団長!」 傍らで煙管を燻らす高杉が絵になるからまた腹立たしい。 今回のことも含めて全部説明させてやる。どうせ夜兎が裏切るなんて思ってなかった表のお偉いさん達がこぞって俺達を潰しに来る。それも承知だ。精々目の前の男から資金でも作戦でも引き出してやろう。 どうせ殺るか殺られるかの世界だ。 表だろうと裏だろうと関係ねぇ。 鳳仙の旦那に云えばさぞ笑い草だろうな、と阿伏兎は納豆を掻き回しながら思う。 そもそも表舞台から消えて久しい絶滅危惧種の夜兎は相変わらずレッドデータだが、それでも前より増えた。 隠れてるのはそもそも柄じゃない。 闘争こそ我が人生。 「じゃ、するか、戦争」 夜兎とは、闘争に身を浸し、命の限り己の限界を求め戦う、そういう種族なのだ。 01:表舞台にリロード |
お題「暗殺者」 |
menu / |