「衣装?」
吉原を訪れた高杉に待っていましたとばかりに神威がにこやかに応対した。
江戸でも高杉の潜伏先はいくつかあったが勿論吉原にもある。しかも今吉原は、表向きは解放されたが実質的には神威が支配権を握っているのだ。この吉原は神威のものである。故に吉原の主である餓鬼がにこやかに高杉に「吉原に来られたし」という伝言を送り、その言伝を受け取って、やぶさかでは無かったからこうして高杉は旗艦に戻る前に訪れたのだが、訪れたことを既に後悔したくなった。
「こすぷれ、って云うらしいよ」
今吉原で流行ってるんだ、とにこにこと云う神威の手には神威の団長服である。
「着ねぇぞ」
何が悲しくて男同士でしかも相手の衣服なんざきて事に及ばなければならないのか。冗談では無い。
「何で?いいじゃん、こう俺色に染まってる感じで・・・」
「殺すぞ」
帰る、と高杉が立ち上がれば神威も諦めた。
高杉の機嫌を損ねると下手すればあと三回はできる機会を失う。
この場から逃がせば機嫌を取るのに苦労するのだ。経験から神威も理解している。
高杉の機嫌を取るのは骨が折れる。一度高杉の機嫌を損ねるとなだめてもすかしても駄目、酷ければ何をしても一切を受け付けない時がある。最悪もう二度と高杉と寝れないなんて事態も有り得るのだ。幾度も味わったあの苦労の再現だけは阻止したい。
止む無く神威は諦めた。厭だというものを無理に進めても仕方あるまい。
「ちぇ・・・」
残念!と己の上着を放り出して、それから不機嫌に煙管に火を入れる高杉に近付いた。
「じゃあ、普通の」
「てめぇのは数が普通じゃねぇよ」
呆れたように息を吐く高杉から煙管を取り上げて神威は近頃夢中になっている男の身体を押し倒した。
甘えるような聲を神威があげれば高杉が目線を動かし、それから仕方無いとばかりに目を閉じる。
どうせ訪れたのは何をするかわかってのことだ。
高杉とてそのつもりで来た。
腹が立てば放り出すことも多い餓鬼だが、それでも己を求めてくる様に思うところが無いわけでも無い。

( 一度でも寝ちまったのがまずかったか・・・ )
一度のつもりで寝てみれば、二度三度と求められ、結局切れどころがわからないまま関係を持っている。
力のままに高杉を抱くかと思えば、この子供は案外慎重に高杉に触れた。
それがこの関係が未だ続いている原因かもしれない。
酷くこの夜兎らしからぬ慎重さで、優しく丁寧に高杉に触れる様は不可解であったが、それが逆に高杉の興味をそそった。
けれども矢張り夜兎の力は強い、夜兎の特性なのか回数が多いのもいけなかった。どうにか神威に我慢を覚えさせ、そうして宥めながら夜を過ごせば、気付けば自身もそれに煽られている。
考えれば癪であるが、必死に己を求める神威に思わぬところが無いわけでも無い。
絆されたと思いたくは無い、しかし、夜毎の逢瀬に応じるのがその証拠ではないか。
( 莫迦莫迦しい・・・ )
考えるな、目を閉じろ、そう高杉は己に念じる。
己の熱を求めて覆い被さってくる子供に悟られまいと目を閉じる。
夜兎が人の機微に鈍くて幸いだった。
悟られたら終わりだ。
( 何が・・・ )
終わるのか、考えてはいけない。
この行為の根底にあるものが何かを知ってはいけない。
知ったら最後引き返せない。
神威の口付けを受け入れながらも高杉は自嘲気味に、吉原の華美な天井を眺めた。

意識を失ったのは一瞬のことだ。
我慢させた神威に煽られた。
「イきたい」と懇願されれば、身体が疼く。
痛みだけの行為の筈が、痛み以外の甘さを伴う。
二度ほどそれに煽られて達してしまった己の身に些か不機嫌になりながらも高杉は肌寒い足元とは裏腹に肩が暖かいことに気付いた。
薄灯りのなか見れば神威の団長服である。
神威の上着が高杉に掛けられているのだ。
布団の上掛けは敷布と化していて、既に汚れているので、当然の処置であったが、居心地が悪い。
これではまるで最初に神威が望んだ「こすぷれ」のようなものでは無いか。
しかし当の神威は高杉の隣で寝入っている。
高杉を壊すまいと高杉を抱く腕を下げて、寝入っている。
暗がりで、その酷く整った顔にかかる前髪を避けてやると神威が寝息をたてた。
( 今だけだ )
今だけ、今夜だけ、朝になったら何もなかったように忘れる。
( 今だけ・・・ )
こうしてこの子供と交わったことなど、忘れてくれよう。
高杉はそっと己の身にかかった衣服を神威にも掛けてやり、そして己を抱き締めることを恐れる餓鬼を抱き締めながら目を閉じた。


19:色に染まる

お題「吉原」

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