高杉晋助という男は非常に金のかかる男である。
と、云うのもテロリストだからである。攘夷時代こそ鬼兵隊総督という身分にあったが今は追われる側だ。勝てば官軍、負ければ賊軍である。けれども高杉を慕うものは多い。止むを得ずこの世界に入ってくる者にとって生きた伝説である高杉晋助と云うのは非常に魅力的な広告塔であった。穏健派に転じた桂と違い高杉は未だ過激派に属している。
彼の中で戦争は終わっていないのだ。誰の中にもあった過去の燻りが攘夷へと駆り立てている。
そもそも攘夷時代に戦争を支えた財源を高杉は未だに持っている。
彼の金では無いが彼に金を投資する者が多いのだ。
戦は金である。未だテロリストに身を窶してもやっていける程の男だ。
一方で河上万斉の表の仕事による資金も膨大であったが、高杉自身も未だに資金となるパイプをいくつか所持している。
未だ西では攘夷を支持するものも多い。表向きは開国となったが、火種は多く、幕府も一枚岩では無い。
だからこそ高杉はあらゆる場所に己の潜伏場所を持っていたし、表だって出歩け無い身の上だがあらゆることが出来た。
一筋縄ではいかぬ男である。
そしてこの度その高杉と手を組むことになった夜兎である春雨第七師団団長である神威は、と云うと金など奪うものだと思っている。
そもそも海賊なのだ。奪う事が仕事である。殺すことと奪う事、壊すことが仕事だ。
敵などいない。あるとすれば全てが敵である。
無くなれば奪えばいい、その考えを当然としているのだ。
そんな二人が揃えば・・・。

「おい、あれぇどうなってる?」
「晋助、あれは先日頭金が足りぬと破談になったであろう」
「チッ」
不機嫌そうに舌を打つ高杉に万斉は「やれやれ」と内心息を吐いた。
その様子を見て聲をかけたのは神威だ。
「どうしたの?」
「晋助が新型の艦載機が欲しいと申すのだ」
「最新型って単体で惑星間航行が可能な奴だっけ?たしか・・・」
「然様、しかし値が張るでござる」
「じゃあ獲ってくればいい」
さらっと云う神威に、万斉は口を噤んだ。余計な事を高杉に吹き込んで欲しくない。
そもそも維持費はどうするというのだ。燃料の食いだって半端無いのだ。単体で惑星間を短次転移できるだけの機能があるということはそれだけ燃費も高い。けれどもこの夜兎はあっさり奪えばいいのだと云う。堪ったものでは無い。確かに鬼兵隊はテロリストであるが、仁義はある。海賊と同じでは無い。
「俺が獲ってこようか?」
不意に神威が云えば高杉が不機嫌そうな顔を上げた。
煙管の煙を吹かしながら御免だ、と言葉を紡ぐ。
「てめぇの世話にゃならねぇよ」
「そうそう、やめとけ団長」
見兼ねた阿伏兎が会話に割って入る。
このままだと高杉に神威は融通して仕舞いそうだから止む無くだ。
神威とて先日旗艦のメインエンジンを限界まで使って仕舞い、現在旗艦エンジンを丸ごと取り替えたので財布がすっからかんなのである。
補助エンジンの起動で手一杯なのだ。
なのに神威は「ちょっと、獲ってくる」とさっさと獲物を捜して出て行って仕舞った。

そして神威が高杉に戦利品を貢ぐという構図が出来上がった。
高杉も高杉で神威に奢ったり第七師団に何かにつけて礼に倣った物の遣り取りはあったが、貢がせるつもりも無い。
けれども結果的に神威が第七師団の燃料や人員を使って高杉に貢いで仕舞っている状態だ。
最初こそ高杉や鬼兵隊の連中も良い顔はしなかったが、一度フルセットで機体を貰って仕舞えばなんとなく受け取って仕舞った。
結果どうなったかというと、毟れるだけいっそのこと神威から毟ればいいという風に高杉が開き直って仕舞い、第七師団の財政は火の車である。全てを奪えばいいがこちらも春雨に所属している海賊である以上組織を成り立たせる上で支払わなければいけないものもある。常ならば夜兎の所属する第七師団などは食費は莫大であったが、それ以外を他所から獲ってこれるので資金は潤沢な筈だ。しかしこれが阿伏兎にもわかるほど一気に目減りした。旗艦エンジンを変えて仕舞ったのでその支払もままならない。

「おい、団長、これ以上高杉に貢ぎやがったら殺すぞ、ウチは明日から食べるものもねぇんだぞ!」
まるで母親のような物言いであるが事実である。米すら買えないのだ。
奪ってもいいが奪ってばかりいると信用が無くなる。いざという時に手を貸してくれそうな場所へはきちんと金で繋がっておかないと後々困る。これも宇宙最強である夜兎が学んだ処世術である。強大な力を持つ者こそ恐れられるのだ。だからこそ信頼はある程度大切にしなければならない。
「どうすんだよ、これ!」と阿伏兎が畳みかけると空の食糧庫を見て神威が云った。
「じゃあ、暫くは高杉の鬼兵隊でお世話になろう」



「確かにウチに居る間は飯の世話はするっつったけどよ・・・」
眼の前には第七師団全団員である。
神威から毟れるだけ毟った自覚はあるので食事くらいはと時々世話をしていたが、師団員全員に加え夜兎ばかりのこの団体様御一行の食費はえげつない。既に高杉の鬼兵隊の半年で消費する食費を一週間で使って仕舞った。
「晋助、ちょっと話が・・・」
冷やかな万斉の言葉に高杉はやや自省した。
毟ったはいいが、神威の食費を高杉が補填すれば結局共食いでは無いか。
公資と私費の区別をつけない高杉とそもそも公資と私費の区別が無い神威である。
只でさえ高杉の生活には金がかかる。高杉は育ちが良い所為か金など誰かが用立てして湧いてくると思っている始末だ。
そして実際どうにかなって仕舞っているので性質が悪い。
その上神威もそんなもの獲ってくれば良いか、誰かが用立てると思っている。このふたりの金使いの粗さはあまりに酷い。
阿伏兎は支払い明細に頭を抱え、万斉は放り出すわけにもいかない第七師団が破竹の勢いで消費していく食費の計算に頭を抱えた。

「今回は凌ぐでござる、しかし懲りて欲しい」
珍しく万斉から此処最近の支払いリストを提示された上で釘をさされて余程の事態に陥ったのだと高杉は遣り過ぎたことを自覚する。 煙管を吹かし、とりあえず当面はこの餓鬼の面倒を見ながら失った金額分を何処かから再三の合う形で補填しなければならない。その為にどうするか頭を巡らしながら目の前で米を消費する欠食児童に眼を向けた。


16:耳の痛い話

お題「公費と私費」

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