※連作の方の設定に乗っているので神威が童貞だった設定です。 神威は高杉と夜を共にするまで何も知らなかった。否、知ってはいたし、戦場ではままあることだ。かくいう神威とて修行時代にはそんな目に合いそうになったこともある。勿論、そういう相手を端から沈めてきたので、実際の処、神威は『知っていた』が『経験したことは無い』のであった。 だからこそ高杉だ。今まで閨の相手を殺すばかりの神威が初めて衝動を覚えた相手。 普通は女に感じるものだ。けれども高杉が良かった。 こればかりは神威にもどうしようもない。 どうしようもなかった。その感情を制御しようと神威も随分試みたが、結果を見れば明らかだろう。 神威は経緯はどうであれ高杉を欲したし、壊さぬように殊更丁寧に高杉を扱ったが、結局のところ高杉との夜に神威の方が溺れてしまった。高杉こそ神威に呆れているのだという自覚もある。 それでもこれほど焦がれたことも神威にとって初めてである。 一度寝れば尚の事。 高杉との夜を知って仕舞えばもう駄目だった。 あれから女はどうだ?と阿伏兎にも問われたが、駄目だ。高杉を知れば高杉以外いらない。他に何をどうしろというのか。 戦い以外でこれほど熱をあげたのもまた初めてだった。 それが何なのかわからないまま神威は高杉との関係を続けている。 己が高杉に対して抱くものが何なのか、自覚も無いまま、ただ手放したくないと神威は揺れる。 故に高杉と離れていても神威は誰とも関係を持つことも無い。 同じ師団の相手を処理に使うなど想像しただけでぞっとする。他の部下のように待機中に遊興に時間を使うことがあっても褥のこととなるとまた別だ。 神威は自身のものさえ自分では抜いたことが無いのだ。 信じられないことだが、今までそういった衝動の全てを戦いと殺しの中で発散させていた所為か自分で触り自身を慰めるということも神威には経験が無かった。 そもそも神威にしてみれば高杉が居るのに他で抜くということが想像し難い。 何せ神威には高杉が初めての相手だ。高杉と離れて一月、鬱憤が溜まってきたらしい神威を見兼ねて、阿伏兎がならば離れている間は高杉の閨の様子でも思い出して抜けばいいと進言したが、これも御免だった。 そういうことに高杉を遣うのも嫌なのだ。 これを阿伏兎が訊けば神威の想像を超えた潔癖、或いは高杉への想いに眩暈を起こすだろう。流石に阿伏兎には云わなかったが、兎に角、夜を知って仕舞った神威が高杉と離れている間の処理には苦労した。 今まで全く無かった衝動なのに訳も無く苛々する。敵を殺しても満足出来ない。 その上最悪なことに、心地の良い夢・・・恐らく高杉の夢だ。高杉の煙草の匂いを思い出して煙管を吹かした後の朝なんて起きたら暴発しているのだ。此処数日そんなことが続いて流石に神威の不機嫌が氷点下にまでなった。 これに慌てたのは阿伏兎だ。 漸く性に目覚めたらしい我らが虎児は明後日の方向に性が向いて仕舞った。 阿伏兎にしてみれば相手はあの『高杉晋助』だ。性質の悪い、強いが危険な地獄を内包した魔性の男だ。 よりによって、だ。せめて高杉が女であればまた違ったが相手は男であるどうしようもない。 しかし神威がこれほど固執している相手だ。しかも初めての相手。 なんだって団長の初めての相手まで知っていて、その上自分が繋ぎとして連絡を取るのかと、溜息を吐きながら阿伏兎は高杉に渡りをつけた。これ以上神威に溜め込ませると仕事に支障が出る。 「奴さんも朝までしか空いてねぇからな!」 いいな、団長、と念を押せば神威は不機嫌が嘘のように「お前にしてはよくやった」なんて滅多にない言葉まで出る始末だ。 神威は阿伏兎が神威の為に何かしても基本的に感謝するようなタマでは無い。なのに閨の話になるとこれである。 何が悲しくて上司の夜の世話の手配までしなければならないのか。相手が女ならいくらでも餓鬼をこさえて来いと送り出すが、男である。いいのか悪いのか、微妙な親心もあって阿伏兎は矢張り溜息を吐いた。 「あがるよ」 高杉の旗艦がエンジンの整備としてドックに入渠している間だけ、と云われて久しぶりに高杉の艦に神威は訪れた。 「久しぶり」 にこにこと神威が高杉に呼びかければ高杉は神威を一瞥した後いつものように煙管に火を入れた。 壁に凭れ掛かって外で整備する様子を眺めている。其処からちらちらと見える足がいけなかった。 思わず高杉を引き寄せて押し倒せば高杉は「早ぇよ」と神威を叱る。 ( ああ、これだ ) この匂い、この眼差し、この聲、高杉の静かな聲が神威の鼓膜を震わせる。 すん、と匂いを嗅ぎながら神威は高杉を弄り始めた。 「我慢、出来ない」 「他所で発散すりゃぁいい」 つれない高杉の態度に神威は息を吐く。 「それができればこうしてないよ」 神威が高杉を見下ろしながら云えば、高杉は一瞬目をまあるく見開いて、それから驚くほど優しく眼を細めた。 「そりゃ、そうか」 口先は、つれない。 いつも高杉はつれない。 なのに、神威に触れる指はやさしい。 その眼がこれほど穏やかなのにこの男は気付いているだろうか? 神威が欲しいのはこれなのだ。 商売女はこんな顔をしない、無理矢理奪ったらこんな風にはしてくれない。 力で押さえればこれは手に入らない。 神威は高杉の額に己の額を優しく当てて、それから祈るように口付ける。 ( ねぇ、俺はあんたが欲しい ) きっと、この男はそれを望まない。 ( いつか、終わる ) 終わりをきっとこの男は知っている。 終わることをずっと望んでいると神威は知っている。 ( それでも ) 今この夜をこの男が開け放して呉れることこそ、神威の欲するものの、答えなのだ。 ( それを留める術を俺は、探している ) 15:名も知らぬ夜の中で |
お題「××したけど失敗」 |
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