その日神威が意外な場所に居ると訊いて足を向けたのは高杉だ。
会うつもりは無かったが、話を訊いたら些か興味が湧いた。
確かに必要な機材を手配したのは高杉の鬼兵隊であるので、どうなっているのか確認したくもあった。
それ故、高杉は遊泳場に立っている。
春雨にそんな設備がある筈も無く、神威は近隣にあった運動施設に力を入れている大型船を一週間借りあげているらしく、夜兎には似つかわしくないスポーツ施設でこの四日ほど籠りきりなのだそうだ。
プールである。
今度の任務が水の星になるだとかで、いくら夜兎でも泳げなければ意味が無い。水中戦の模擬戦なども行っているらしい。
来る途中に寄った別の部屋では阿伏兎が指揮を執り夜兎同士での水中戦を行っていた。其処で阿伏兎に話を訊いたのだ。
ばしゃり、と暗い水面に人の影が映る。
奥のプールの明かりは意図的に暗くしているのか、足元を照らす僅かな光の他には窓の外の宇宙の星々以外光るものは無い。
「来てたんだ」
「野暮用でな」
高杉が煙管を取出し慣れた手付きで火を入れれば神威が水からあがってくる。
「こういうことは多いのか?」
「あり?任務の事?あんまりこの手のは無いけど、俺達向きじゃないし、でも相手が強敵っていうなら仕方無いネ、俺も殺るのは愉しみだし、でも水に覆われてて地表が殆ど無いって話だから泳ぐくらいできないといけないし、流石に俺達も何の用意も無しにそんな星に行くほど莫迦じゃぁない」
「てめぇなら何の用意も無しに行きそうだがな」
高杉が云えば神威がタオルで髪を拭いながら笑みを洩らした。
「まあ、俺ならそうするけど、全部壊すとまずいって云うからさぁ」
メンドーだよネ、という神威は一人でも平気だろう。装備があろうがなかろうが、この餓鬼は必ず星を滅ぼす。
けれども制約があるから出来ないと云う。そういう意味でこの純粋な夜兎が春雨という組織に身を置いているのは少し不思議だった。
それに気付いたのか神威は意味深な笑みを浮かべる。
「強い相手を提供してくれるっていうからね、今は此処にいようかな、って」
成程、この餓鬼には餓鬼なりの考えがあるらしい、神威と居て気付いたことだが、夜兎は野蛮では無い。きちんと己達種族の直線的な思考の中にも掟や通すべき筋というものを持っている。或いは圧倒的に他種より強いというその力の差が彼等にとっては最初から己達は他とは違うと身に染みているが故に、他を理解するときに、弱いから違う、己達が強いから違う、という大きな区分でしか物事を理解しない。だからこそ他人が細かいことを注文してくるのにもある程度の理解を示すのかもしれない。同じ力を持つ者同士であれば相手の思惑や互いの利益を考えるが、夜兎は違う。彼等の理解は弱いからそういった工作が必要なのだ、と理解する。利益や采配などは自分達には無関係だと夜兎は考えるのだ。夜兎は嘘も策略もいらない。工作など尚のこと不要だ。力で圧倒する。力で勝てなければそれで終わるだけ。その死を受け入れる。そういった種族なのだ。ただ彼等が利益を求めることがあるとすれば、強い相手を提供してくれるかどうか、より困難な戦場を提供するかどうかに尽きる。
そう思うとまるで夜兎とはそれぞれが己が生の中で最も強い者を探し求めて歩き続ける種族なのかもしれない。
常に何かに飢え、渇いた大地を歩く地獄に生まれた種、戦い続けることしか知らぬ最強の種。
渇きを満たす為に生きている孤独な種だ。
( それは俺も同じか・・・ )
夜兎について考えると高杉はいつも其処に行き着いた。
神威は獣だ。力ある獣の子供。
しかし高杉とて獣なのだ。地獄に立ち咆哮を上げ、更なる血を求め渇く獣。
「なら、俺は」
思わず口にした。
神威と目が合う。其処で高杉は我に返った。
( 何を・・・云おうとしてるのか )
そして黙る。
このまま云っていたら何と云っていた?俺はお前の何なんだ?とでも問うてみるのか?
この戦うことしか知らぬ子供に、欲しがるのは強敵だけの子供に?
俺はお前の何かと問うのか?
( 莫迦らしい・・・ )
どうかしている。
仮に神威から何かを聴いてそれが、どうしようも無いことであったらどうするのか。
訊くべきでは無い。今のは失言だ。
どうかしているのは己の方だ。
神威が己に抱いている感情を紐解くなど、無駄なことだ。
真実など知ってもお互いどうしようもないではないか。
身体を繋ぎ、夜毎に熱を与えあう。けれどもそれは痛みだけの暗闇だ。
それでいい。己はこの夜兎の餓鬼を利用する。それだけだ。
他に必要なものなど無い。
頭を振って部屋を出ようとする高杉に神威は手を伸ばし、掴んだ。
煙管が落ちる。
神威に引き寄せられる。
「・・・おいっ」
ぐい、と寄せられて、あ、と思った頃には水の中だ。
不意の衝撃に高杉は息をするのを忘れる。
水中に沈みかけて、もがくと強い力で水面へと引き上げられた。
「結構泳げるようになったんだけどさ」
先程の高杉の失言をまるで気にした風でも無く餓鬼が云う。
「これはやってなかったな」
口付けが迫る。
しがみ付きながら受け入れれば神威が満足そうに喉を鳴らした。
「水中でなんざ御免だ」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
こちらは着物が濡れて重いのだ。
抵抗もままならない。目の前の神威にしがみ付くのが精一杯で、けれどもこのクソガキはそれが気に入ったのか、酷く嬉しそうに高杉に触れた。
云いたいことは山ほどある。
何故俺を必要とするのか、何故お前は俺にだけ他と違った感情を向けるのか、或いはこれは獣の傷の舐めあいか、きらきらと僅かな光に反射する水面を見ながら想う。
互いの熱を分け合い口付け、溺れるように。
「少しだけ、高杉」

あおい、世界が青に染まる。
いつかの記憶の青のように、引き寄せられる。
神威の眼の青。
夜を渡る癖に、こいつの眼は空の色だ。
( 青いな・・・ )
そして青いのは己もだ。
これを断ち切れないでいる己もまた青い。
この子供が己の青さに溺れ、此処でこうして身体を繋げるように。
( 否、俺も青い、こうして餓鬼にせがまれてやっちまうんじゃ、まだまだか・・・ )
お前の青さを断つことも出来ぬまま、また溺れる。

空の色、海の色、
吸い込まれそうなお前の青に溺れる。
水に溺れるように、高杉は目の前の男に縋りつき、そして今度こそ熱に溺れた。


13:青に溺れる

お題「青」

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