地球には花見という習慣がある。
それを聴いて楽しみにしていたのは神威だ。
互いの艦を行き来することにすっかり慣れた神威である。高杉の傍付きの男とも会話するようになってその中で花見の話になった。
通常は昼にするものらしいが、夜桜というものもあるらしいと聴いてそれならば是非観たいと思った。
高杉にそれとなく強請れば素気無く却下されたので仕方無い。ならば外堀を埋めるかと、鬼兵隊と第七師団で掛け合った。
テロリストと海賊が花見なんてそんな莫迦な話があるかと思うが、それがあるのである。此処に。
結局、折れたのは高杉だ。テロリストに身を窶していつ狙われるとも知れぬ身の者たちばかりである。望郷への想いもあって、侍は皆花見を懐かしんだ。近頃は宇宙にあがることも多い鬼兵隊の労いも兼ねて慰労会として催されることに成り、それに便乗する形で第七師団も参加と相成った。場所は地球と云っても田舎であったし、安全確認は怠っていない。近隣の土地の豪商は鬼兵隊の息がかかっていたので問題も無かった。事前に豪勢な食事と振る舞い酒を用意し桜という花が咲くのを神威はこの一月それは楽しみにしていたのだ。しかし、残念なことに地球に降りて見れば天候が芳しくない。
「嵐?」
「稀にな」
嵐が訪れているのだという。
花も満開の季節に嵐とはつれねェ、と窓の外を眺めながら洩らす高杉に神威は折角の楽しみを奪われたようで酷くつまらない気分になった。
「この分じゃあ、明日には散るだろうよ」
桜の花が全て散って仕舞うのだと高杉は云う。
「花見は?」
「無理だろ」
高杉の表情を伺うが高杉は煙管を吹かすばかりで表情が伺いしれない。其処に見える僅かな高杉に不機嫌を感じ取って神威は「やれやれ」と息を吐いた。
豪商の避暑用の屋敷を借りて花見の予定だったが、このままでは只の食事会であっていつもと変わらない。
おまけに雨戸も閉めきっているのでいつもの薄暗い船内に居るのと大差無かった。
「厚い雲が晴れないんだよね?」
「嵐だっつってンだろ」
「うん、だから」
だから、と神威が笑顔で付け足した。
「ちょっとさ、何本か借りて上でやろうよ」
神威の云っていることの意味がわからないと、高杉が神威を見遣る。
けれどもその頃には神威はさっさと行動に移していた。
何事かと高杉が煙管から煙をあげながら神威を見ていると、酒樽を運んでいた阿伏兎に何事か話して、程無くして屋敷の下男が大きな麻袋を運んでくる。雨戸を開け嵐で揺れる桜の樹を根っこと土ごと神威がひっぱり上げ、驚いたことにその麻袋に詰めはじめたでは無いか。
何をする気だと、高杉が眺めているのを他所に神威は庭にあっためぼしい桜の樹を全て麻袋に詰めて仕舞う。そしてそのまま己の部下に命じて小型艇に運び始めた。
「オイ、何する気だ?」
「うん、嵐って地上で荒れてるンだろ?さっき降りてきた時に見たけどさ、雲の上なら普通だった」
「雲?」
「そう、だから雲の上でやろうよ、俺の艦に桜乗せてさ」
「・・・」
これはたまげた。
まさかそんなことを考えてやってのけるなど正気の沙汰では無い。
高杉は少し驚いた顔で神威を見つめ、そして何かを考えるように目を閉じ、それから笑みを浮かべた。
高杉にしては珍しい笑みだ。

「莫迦だ、莫迦だとは思っちゃいたが、」
「え?駄目?」
神威の言葉に高杉は首を振る。
そして酷く楽しげに口端を挙げてみせた。
「悪くねぇよ、てめぇらしいや」

雲の上には七福神の宝船。
やんややんやと大騒ぎ。
愛でるは桜か、下界の嵐か。

打って変わって祭り騒ぎになる部下を眺めながら高杉は杯を煽る。
下は嵐だというのに、上は満月の静天だ。
多少は散って仕舞ったが、満開の桜がひらひらと高杉の眼を愉しませた。
宴の輪の中で酒樽を飲み干すその餓鬼の姿は正に月の兎か。
桜を丸ごと船に乗せて雲の上で遣って仕舞うなど、馬鹿馬鹿しい。
風情も何もありゃしない。
( まあ、それもあの餓鬼らしいか )
けれども悪くない。悪くないから、珍しく気分が良い。
ならば精々楽しむかと、高杉は笑みを浮かべながら浮世の花見と洒落こんだ。


09:浮世の花見

お題「春嵐」

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